第19話「束の間の光」
第19話「束の間の光」
KR64年。アルカディアを解放した戦火の余韻が冷めぬまま、レイクスの歩みは一人の聖女、セラ=ミルティアと共にあった。それは五十年の孤独を生きてきた彼にとって、あまりに眩しく、脆い、束の間の「光」の記録である。
四季の巡りと、心の雪解け
春、ザグラムを討った後の拠点。レイクスはセラが負傷した兵士や民衆に寄り添う姿を、少し離れた場所から見守っていた。彼女の清らかな祈りと、小さな香草袋から漂う聖泉の香りが、戦場に沈殿する濁った魔力をわずかに浄化していく。
夏、セラは病に倒れた老人や親を亡くした孤児を癒すため、国境付近の村々を巡る旅に出た。レイクスは当然のようにその背を追う。道中、魔族の残党から民を守り、感謝の言葉を投げかけられた際、レイクスは戸惑いを感じていた。
(……これが「人を守る」という感覚か。ただ掃除するのとは、違う重みがある)
秋、二人は実り豊かな小さな村に滞在した。午後の木漏れ日の中、セラは子供たちに祈りの言葉を教え、レイクスはその傍らで、せがまれるままに木の枝で剣の真似事を教えた。
「お兄ちゃん、強いね!」
無邪気な子供の言葉に、レイクスの口元がわずかに緩む。しかし、その様子を遠巻きに眺める村人たちの瞳には、金髪の聖女と謎の銀髪の少年に対する、不気味なほどの「疑念」が混ざり始めていた。
「……あの娘、魔族の血を引く者と通じているのではないか?」
その囁きは、秋風に乗って静かに、だが着実に根を広げていった。
冬、深い雪に閉ざされた山間の小屋。二人は凍てつく夜を、揺れる焚き火の火影で越えていた。
「春になったら、私の故郷エルディナに一緒に行きましょう。きっと、お花が綺麗ですよ」
セラの言葉に、レイクスは「……そうだな」と、叶うはずのない未来を噛みしめるように答えた。
香草袋に託された誓い
爆ぜる薪の音を合図にするように、セラが問いかけた。
「レイクスさんは……誰かを守るために戦っているの?」
レイクスは、左手の「女神の指輪」をそっとなぞる。
「……守れたことは、ない。俺が振るうのは破壊の黒雷だ。何かを救うためではなく、ただ汚れを消すためだけに生きてきた」
五十年の放浪で初めて、レイクスは己の弱さを、そして取り返しのつかない喪失の記憶を口にした。
だが、セラは静かに笑って言った。
「じゃあ、次は私があなたを守るわ。あなたの心ごと、ね」
レイクスは言葉を失った。最強の「掃除屋」を自認する自分に向かって、か細い手を持つ少女が、あどけないほどの決意を告げたのだ。
セラは首にかけていた香草袋を外し、そっとレイクスの掌に握らせた。
「これ、持っていてください。聖泉の香草を詰めた袋です。……心がざわついた時に、きっと助けてくれますから」
その袋からは、かつて母が愛した聖泉の、清廉で懐かしい香りがした。
翌朝、その静寂は一騎の伝令によって引き裂かれた。
「至急、レイクス殿、ならびにリースバルト卿へ! 各国連合軍の編制が完了した。……作戦名『祈りと焦土の戦い』、総攻撃を開始する!」
緊迫した空気が小屋を包む。解放戦線最大の激戦が始まろうとしていた。
レイクスは無言で立ち上がり、腰の剣を確かめる。その瞳は、もはや傍観者のものではなかった。懐に収めた香草袋の重みを感じながら、彼は胸の内で静かに、だが鉄のごとき誓いを立てた。
(……今度は、守る。この光だけは、絶対に灰にさせない)
外では、冬の終わりを告げる風が吹き荒れていた。
それが彼女と共に過ごした、最後の安寧の時であったことを、レイクスはこの時まだ知らない。




