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レイクス戦記  作者: ゆう
第1章「解放戦線編」

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18/90

第18話「出会い、その名はセラ」

第18話「出会い、その名はセラ」


 四大魔将ザグラムの討伐から数日。解放戦線は「黒砦」の残党を掃討しつつ、疲弊した兵士たちを癒やすため、精霊の残り香が漂う後方拠点へと一時帰還していた。

 勝利の熱狂はひと段落し、野営地には戦いの傷跡を癒やす静かな時間が流れていた。

 レイクスは一人、喧騒を避けて拠点外縁の木陰に身を置いていた。先日手に入れた「雷光の指輪」が、懐の中で時折、彼の魔力に反応して微かな振動を伝えてくる。

「……あ、そこの方」

 ふいに、鈴を転がすような透明感のある声が届いた。

 レイクスが視線を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 風に揺れる柔らかな亜麻色の髪。慈愛を湛えた薄群青色の瞳。纏う純白の法衣は、返り血と泥に汚れたこの拠点において、場違いなほどに清浄な輝きを放っている。

 彼女が天幕の間を歩くたび、周囲に微かな陽だまりのような暖かさが広がっていくようだった。

(……聖女か)

 レイクスは興味なさげに視線を戻した。解放戦線には各地から癒し手たちが集まっている。彼女もその一人だろう。

 だが、少女はレイクスの隣まで歩み寄り、その小さな手を胸の前で合わせた。

「先日の戦いで戦功を上げた『銀髪の少年』……あなたですね」

「……誰に聞いた」

「みんなが噂しています。とても強くて、けれど、とても静かな人がいるって」

 彼女はそう言って、レイクスの顔をじっと覗き込んだ。その瞳には、恐怖も、半魔族である彼への偏見も一切ない。ただ、透き通るような純粋な関心が宿っていた。

「……あなた、どこか傷ついていませんか?」

「……俺は傷など負わない。掃除の最中にゴミを被ることはあってもな」

 レイクスは素っ気なく突き放した。五十年の経験が、自分を守るための拒絶を反射的に選ばせる。

 だが、少女——セラは、困ったように眉を下げて首を振った。

「体の傷の話じゃなくて、心の話。……なんだか、とても古くて深い寂しさが、あなたの周りに漂っている気がして」

「…………っ」

 レイクスは言葉を失った。

 五十年間、誰にも触れさせなかった心の最奥。リランダさえもあえて踏み込まなかった領域を、出会ったばかりの少女が、いとも容易く指差したのだ。

 喉元まで出かかった皮肉が、霧のように消えていく。

「あ……おい、見たか。レイクスの野郎、言葉に詰まってやがるぞ」

 少し離れた配給所で、リースバルトがスープの皿を持ったまま固まっていた。

「あら、本当。あの鉄仮面が、あんなにたじろぐなんて。……あの子、ただの聖女じゃないわね」

 リランダも翡翠色の瞳を面白そうに輝かせ、ニヤニヤと二人の様子を伺っている。

「……余計な世話だ。俺に心などない。あるのは魔王の血と、使い道のなくなった天使の記憶だけだ」

 ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。

 セラはそんなレイクスの反応を責めることもなく、ただ優しく微笑んだ。彼女が祈るように手をかざすと、柔らかな光の粒がレイクスの肩に舞い降りる。

「私の名前は、セラ。……今日はもう行きますね。まだ、治療を待っている人たちがたくさんいるから」

 セラは一礼し、軽やかな足取りで天幕の群れへと戻っていく。

 別れ際、彼女はもう一度だけ振り返った。

「また話しましょう、レイクスさん。あなたの物語、いつか聞かせてくださいね」

 夕闇が迫る拠点。レイクスは、彼女が立ち去った方向をいつまでも見つめていた。

 内面で、五十年間止まっていた時計が、不規則な音を立てて動き始めたような感覚。

 無意識のうちに、彼はセラの柔らかい微笑みを脳裏でなぞっていた。

(……セラ、か。妙な女だ)

 風に乗って届く、セラの聖魔法が放つ温かな精霊の気配。

 孤独な掃除屋の胸に、かつて母の腕の中で感じたような、微かな、けれど確かな光が差し込もうとしていた。


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