第18話「出会い、その名はセラ」
第18話「出会い、その名はセラ」
四大魔将ザグラムの討伐から数日。解放戦線は「黒砦」の残党を掃討しつつ、疲弊した兵士たちを癒やすため、精霊の残り香が漂う後方拠点へと一時帰還していた。
勝利の熱狂はひと段落し、野営地には戦いの傷跡を癒やす静かな時間が流れていた。
レイクスは一人、喧騒を避けて拠点外縁の木陰に身を置いていた。先日手に入れた「雷光の指輪」が、懐の中で時折、彼の魔力に反応して微かな振動を伝えてくる。
「……あ、そこの方」
ふいに、鈴を転がすような透明感のある声が届いた。
レイクスが視線を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
風に揺れる柔らかな亜麻色の髪。慈愛を湛えた薄群青色の瞳。纏う純白の法衣は、返り血と泥に汚れたこの拠点において、場違いなほどに清浄な輝きを放っている。
彼女が天幕の間を歩くたび、周囲に微かな陽だまりのような暖かさが広がっていくようだった。
(……聖女か)
レイクスは興味なさげに視線を戻した。解放戦線には各地から癒し手たちが集まっている。彼女もその一人だろう。
だが、少女はレイクスの隣まで歩み寄り、その小さな手を胸の前で合わせた。
「先日の戦いで戦功を上げた『銀髪の少年』……あなたですね」
「……誰に聞いた」
「みんなが噂しています。とても強くて、けれど、とても静かな人がいるって」
彼女はそう言って、レイクスの顔をじっと覗き込んだ。その瞳には、恐怖も、半魔族である彼への偏見も一切ない。ただ、透き通るような純粋な関心が宿っていた。
「……あなた、どこか傷ついていませんか?」
「……俺は傷など負わない。掃除の最中にゴミを被ることはあってもな」
レイクスは素っ気なく突き放した。五十年の経験が、自分を守るための拒絶を反射的に選ばせる。
だが、少女——セラは、困ったように眉を下げて首を振った。
「体の傷の話じゃなくて、心の話。……なんだか、とても古くて深い寂しさが、あなたの周りに漂っている気がして」
「…………っ」
レイクスは言葉を失った。
五十年間、誰にも触れさせなかった心の最奥。リランダさえもあえて踏み込まなかった領域を、出会ったばかりの少女が、いとも容易く指差したのだ。
喉元まで出かかった皮肉が、霧のように消えていく。
「あ……おい、見たか。レイクスの野郎、言葉に詰まってやがるぞ」
少し離れた配給所で、リースバルトがスープの皿を持ったまま固まっていた。
「あら、本当。あの鉄仮面が、あんなにたじろぐなんて。……あの子、ただの聖女じゃないわね」
リランダも翡翠色の瞳を面白そうに輝かせ、ニヤニヤと二人の様子を伺っている。
「……余計な世話だ。俺に心などない。あるのは魔王の血と、使い道のなくなった天使の記憶だけだ」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
セラはそんなレイクスの反応を責めることもなく、ただ優しく微笑んだ。彼女が祈るように手をかざすと、柔らかな光の粒がレイクスの肩に舞い降りる。
「私の名前は、セラ。……今日はもう行きますね。まだ、治療を待っている人たちがたくさんいるから」
セラは一礼し、軽やかな足取りで天幕の群れへと戻っていく。
別れ際、彼女はもう一度だけ振り返った。
「また話しましょう、レイクスさん。あなたの物語、いつか聞かせてくださいね」
夕闇が迫る拠点。レイクスは、彼女が立ち去った方向をいつまでも見つめていた。
内面で、五十年間止まっていた時計が、不規則な音を立てて動き始めたような感覚。
無意識のうちに、彼はセラの柔らかい微笑みを脳裏でなぞっていた。
(……セラ、か。妙な女だ)
風に乗って届く、セラの聖魔法が放つ温かな精霊の気配。
孤独な掃除屋の胸に、かつて母の腕の中で感じたような、微かな、けれど確かな光が差し込もうとしていた。




