第17話「影の四翼・ザグラム討伐」
第17話「影の四翼・ザグラム討伐」
アルカディアの北、かつて精霊の聖域であった「聖泉」は、今や四大魔将ザグラムの拠点「黒砦」へと変貌していた。空を覆うのは、精霊の嘆きのような毒霧。その中心にそびえる漆黒の石塔は、不気味な心臓のように鼓動し、周囲の大地から生命力を吸い上げ続けていた。
その最深部、氷のような静寂に包まれた玉座。
青白い炎が揺らめく中、四大魔将ザグラムが静かに目を開けた。その姿は他の魔族のような異形ではなく、透き通るような肌を持つ美青年のようであったが、纏う魔力はあまりに冷たく、絶対的な「死」を予感させるものだった。
「騒がしいな。……虫ケラどもが、光を求めて群がってきたか」
ザグラムが嘲笑するように唇を歪めた、その直後だった。
**ドォォォォォォン!!**
天地を揺るがす大爆発が、黒砦の頑丈な外壁を一瞬にして粉砕した。
瓦礫と共に立ち込める爆煙の中から、高らかな笑い声が響く。
「あら、ちょっと火薬を盛りすぎたかしら? でも、派手な方がお掃除のし甲斐があるわよね!」
銀緑色の髪を振り乱し、煤けた顔で杖を掲げるリランダが、呆然とする魔兵たちを尻目に堂々と入城してきた。
「さあ、リースバルト! 穴は開けてあげたわよ、行きなさい!」
「感謝する、リランダ師匠! ……全軍、突撃! 義により在る者の力を見せろ!」
リースバルトが魔剣スターレットを抜き放つ。白銀の星光が黒砦の淀んだ空気を切り裂き、騎士たちが咆哮と共に雪崩れ込んだ。リースバルトの剣はもはや迷いなく、魔兵の鎧を紙のように切り伏せ、一本の光の道を作っていく。
その光の背後、影のように音もなく進む存在があった。
レイクスは、混乱する戦場に目もくれず、ただ一直線に玉座の間を目指した。
重厚な扉を「黒雷」で焼き切り、レイクスが玉座の間へ足を踏み入れた。
ザグラムは椅子から立ち上がり、ゆっくりとレイクスを見下ろした。だが、その嘲笑はすぐに凍りついた驚愕へと変わる。
「……貴様。その魔力の波長、そしてその容貌。まさか……魔王様の血か?」
レイクスは無言で剣を抜き、低く構えた。左手の「女神の指輪」が、主の激しい昂ぶりに呼応して白く発光する。
「貴様のような忌むべき混血が、なぜ我ら『影の四翼』の前に立つ。魔王様の道具として、その力を振るうべきではないのか!」
「……一つ、勘違いをしているな」
レイクスの声が、氷の床を伝う。
「俺は魔王の子だが、魔王の道具ではない。……この汚れきった血は、お前たちを掃除するために、俺の中に流れているのだ」
「おのれ……不遜な!」
ザグラムの手から放たれた極寒の魔弾を、レイクスはわずかな首の動きで回避する。
次の瞬間、レイクスの内なる力が臨界点を超えた。
**「解放」**
レイクスの右目が天使の血を象徴する**金色**に、左目が魔王の血を宿す**赤色**に、それぞれ不気味なほど鮮やかに輝き出す。二つの相反する力が混ざり合い、彼の周囲の空間が、漆黒の稲妻——「黒雷」によって爆ぜた。
黒雷と魔将の氷の魔力が激突し、玉座の間が震動する。
ザグラムの神速の刺突を、レイクスは五十年で培った「死線の記憶」のみで受け流し、最短の軌道で魔将の胸元を貫いた。
「が……はっ……なぜだ……人間の歴史などは、一瞬の……徒花に過ぎぬというのに……」
「……その一瞬を生きるために、五十年を費やしてきた者がいることを忘れるな」
レイクスが剣を引き抜くと同時に、黒雷がザグラムの肉体を内側から焼き尽くした。
霧散する魔将の残骸の中に、一つだけ、激しい魔力の残光を放つ指輪が転がる。
レイクスはそれを拾い上げた。四大魔将の証であり、大気中の魔力を雷へと変える秘宝**「雷光の指輪」**。
指輪の冷たさが、自らの掌に伝わる。
これは父への、明確な反逆の証だ。
(……これで一人。あと三人か)
レイクスの表情は、勝利の喜びに染まることはない。
ただ、内面で渦巻く父・ザガル=モルドへの憎悪と、自分自身の存在への不確かさが、より深く、静かに沈殿していくだけだった。
砦が崩壊を始める中、駆け寄ってきたリースバルトとリランダが、レイクスの無事を確認して安堵の息を漏らす。
「やったな、レイクス! 魔将を討ったぞ!」
「……ああ。だが、騒ぐのはまだ早い」
レイクスは「雷光の指輪」を懐に収め、未だ晴れぬ北の空を見据えた。
解放の戦いは激化し、いよいよレイクスの運命を決定づける「あの地」へと、物語は進もうとしていた。




