第14話「黒雷の解放者」
第14話「黒雷の解放者」
KR60年、冬。地平線が白み始めた瞬間、アルカディアの静寂は数千の咆哮によって破られた。
「アルカディア奪還作戦」の開始である。
アルカディア北門前。そこは、死が濃密に沈殿する最前線だった。
レイクスは、押し寄せる数百の魔兵を前に、ただ一人で立っていた。
「……数だけは揃えたようだな」
レイクスが左手をかざすと、指先から漆黒の稲妻が爆ぜた。
**「黒雷」**。
それは魔王の血がもたらす破壊と、天使の因子がもたらす純粋な魔力が混ざり合った、この世ならぬ力。一閃ごとに、魔兵の列が消滅し、焦土と化す。五十年の放浪で磨き上げた「掃除」の技術は、もはや一つの天災に近い。
「化物め! 総員、あの銀髪を囲め!」
魔族の指揮官が叫ぶ。四方八方から槍が突き出され、レイクスの退路が絶たれたかに見えた。だが、レイクスの瞳には動揺すらない。
(……囲まれたか。五十年前、王都で見た絶望に比べれば、この程度、包囲ですらない)
レイクスは剣を逆手に持ち替え、一気に魔力を解放した。
「薙げ、黒雷の円陣」
爆発的な漆黒の衝撃波が、周囲の魔兵を文字通り塵へと変えた。反撃のカタルシスに戦場が凍りつく中、レイクスは返り血すら浴びていない無機質な姿で、次の標的を見据えた。
同時刻、アルカディア中央大通り。
リースバルトは、主力部隊の先頭に立ち、魔剣スターレットを高く掲げていた。
「皆、続け! 故郷を取り戻すのは、今だ!」
スターレットが放つ白銀の星光は、暗雲を貫き、絶望に沈んでいた戦士たちの心を叩き起こした。
城門を突破し、城内へと駆け込むリースバルトの前に、巨躯を誇る四大魔将の下級将が立ち塞がる。
「小癪な人間め。その光、ここで消してくれよう!」
「消えるのはお前の方だ! この剣は、義を貫く者のためにある!」
火花が散る。リースバルトの剣筋は、特訓を経て、迷いを捨てた強さを宿していた。スターレットの光が魔族の瘴気を焼き払い、一歩、また一歩と敵を追い詰めていく。
北門から城内へ強行突破したレイクスと、中央広場を駆け抜けるリースバルト。
激闘の最中、崩れた城壁越しに、二人の視線がわずか一瞬だけ交差した。
言葉はない。だが、レイクスはリースバルトの瞳に宿る不退転の決意を、リースバルトはレイクスの背中に漂う孤独な信頼を感じ取っていた。
(行け、リースバルト。お前が光を灯せば、俺が影を掃除してやる)
レイクスが再び黒雷を放ち、敵の増援を遮断する。
その直後、リースバルトのスターレットが下級将の胸を貫いた。
「うおおぉぉぉっ!」
巨体が崩れ落ち、同時にアルカディアの空を覆っていた瘴気が霧散していく。
沈黙の後、街のいたるところから声が上がった。
「勝った……? 本当に、勝ったのか……?」
「アルカディアが……俺たちの街が帰ってきたんだ!」
それは、六十年の長きにわたる支配からの解放を告げる、魂の叫びだった。
民衆の歓喜の声が戦場に響き渡り、朝日が石畳を黄金色に照らし出す。
血と泥にまみれたリースバルトが、勝利を確信して天を仰ぐ。一方、レイクスはその喧騒から離れた日陰に佇み、静かに剣を鞘に収めた。
「……掃除完了だ」
人々の歓喜の輪に加わることなく、レイクスは左手の指輪を見つめた。
解放されたアルカディア。だが、レイクスは知っていた。これが本当の「戦火の連鎖」の始まりに過ぎないことを。




