第1話「大陸が揺れる」
第1話「大陸が揺れる」
KR250年の末 。窓の外では、エルディナの穏やかな冬の陽光が庭園を照らしている 。だが、室内を満たす空気は、凍てつく冬の風よりもなお冷たく鋭い。
「……報告を続けろ、ゼフィール 」
俺の言葉に、影の中から現れた黒影頭領ゼフィールが、感情を排した声で大陸の惨状を告げる 。
「バラルカ帝国、東壁が突破されました。……そして、エルディナの北に隣接するアルディア王国。盟友**リストール卿**が治める**アルカディア領**へ、ゴブリンの大規模侵攻が開始されました。現在、マルターレス家の軍勢が防戦に当たっていますが、状況は芳しくありません」
「リストールの爺さんが……。あそこを抜かれれば、魔王軍の刃は直接エルディナに届くことになるな」
「左様です。リオネル公国、セレーネ魔導王国もそれぞれ包囲下にあり、他国からの支援は期待できません」
俺は深く椅子に背を預けた。魔王復活という巨大な歯車が、周囲の小石をすべて粉砕しながら回り始めた証だ。
「……ゼフィール。エルディナ本土、あるいはこのヴァルトニアの領地へ直接の脅威はあるか」
「現時点では……ありません。奴らの主力は依然としてアルカディアの攻略に集中しています 」
「そうか。ならば方針は変わらん。俺が動くのはエルディナが危機に瀕した時のみだ。他国への積極的な出兵はしない」
控えていた執事、セバス=グレイウィンドが静かに一歩前へ出た。
「しかし、リストール卿を黙って見捨てるわけにも参りますまい。あそこはエルディナの『盾』でもありますからな」
「わかっている。……セバス、ヴァルトニア騎士団よりレオニス率いる飛竜隊を出せ。アルカディアへ急行し、空からの奇襲でリストール卿の軍勢を支援しろとな 。アルトミュラーには、国境付近の警戒を強化させろ」
盟友を助けるために機動力の高い飛竜隊を送りつつ、最強の盾であるアルトミュラーはエルディナ本土の守備に留める 。これが今の俺にできる、境界線を越えない最大限の「守護」だ。
「かしこまりました。レオニス殿なら、竜との語らいをもって鮮やかに魔軍を散らしてくれるでしょう」
セバスが深々と頭を下げ、ゼフィールが影に消えた時、部屋の扉が開いた 。深紅のドレスに身を包んだセリスが、不安げな瞳でこちらを見つめている。
「……レイクスさん。アルカディアへ、援軍を送ってくださるのですね?」
「ああ。レオニスの飛竜隊ならすぐに着く 。盟友の盾を壊させるわけにはいかないからな」
セリスは安堵したように胸をなでおろし、静かに微笑んだ 。
「うわぁっ、速い! エリカ、右から来てるよ!」
馬を駆りながら私が叫ぶと、後ろで必死に手綱を握るエリカが声を上げた。
「わ、わかってるわよ! でも、ゴブリンの足が速すぎるのよ!」
エルディナ北部の国境街道。冬の澄んだ空気の中を、私のパーティーメンバーたちが駆け抜けていた。
「お父さんは『エルディナは安全だ』なんて言ってるけど、全然そんなことないじゃん! リストールおじいちゃんのアルカディアがあんなに大変なのに!」
「仕方ないわよ、ヴィーナ。北のアルカディア戦線から溢れた斥候が、国境を越えてすぐそこまで入り込んでるんだわ 」
ナツキが剣を引き抜き、街道沿いの村を襲おうとしている緑色の集団へ突っ込む。
「行くよ、みんな! 『聖光の鼓舞』 !」
私の光が、レナさんやナツキたちの武器に宿る。三十歳のベテラン、レナさんが巨大な盾を構えて笑った。
「いい加減ね、ヴィーナ! これならゴブリンなんて敵じゃないわ!」
戦闘はあっという間だった。村人たちを助け、「また来るから!」と約束して回る。
「だって守るって言っちゃったんだもん! お父さんなら『勝手にしろ』って言うかもしれないけど、私は黙って見てられないもん!」
お父さんは強いくせに、自分から動こうとしない。
世界がこんなに大変なのに、ヴァルトニアの屋敷でじっとしているなんて、私には信じられないよ。
そんな時、エルディナ王国の紋章をつけた伝令兵が、私に一通の封書を差し出した。
「ヴァルトニア家の令嬢、ヴィーナ殿! 女帝セレーナ陛下より、至急の召集状です! 直ちに宮殿へ出向かれたし!」
「ええっ、女帝陛下が!? わ、私なんかに何の用!?」
宮殿。女帝陛下。お父さんの知り合いだとは聞いていたけれど、まさか私個人に呼び出しがかかるなんて。
「……何か、大変なことが始まる予感がする……」
ナツキやレナさんと顔を見合わせる。
大陸の激動は、ついに私の平穏な冒険者生活をも飲み込もうとしていた。




