第8話:パーティーの反応
第8話:パーティーの反応
アルカディアの朝、マルターレス家邸の食堂。
豪勢な銀食器と、焼きたてのパンの香りが漂う優雅な空間の中で、私――ドラグーンのレナは、手つかずのまま冷めかけたハーブティーを前に深く息を吐き出した。
「……改めて考えると、とんでもない子を護衛していたんだな、私たちは」
私の呟きに、向かい側でトーストを齧っていたナツキが、大袈裟に肩をすくめて応じる。
「いや本当に。まさか『ヴァルトニア家』だなんてね。吟遊詩人が三日三晩歌い続けても足りないような、雲の上の英雄一家じゃない」
「私たち……最初に出会った時は、ただの『お上りさんの新人冒険者パーティー』だって思ってましたよね」
クロエが犬耳を少ししょんぼりと垂らしながら、スープの皿を見つめる。
「フォルネリアから出てきた、ちょっと魔法が使える世間知らずなお嬢様……。その正体が、大陸最高の血筋だなんて、誰が想像できるっていうのよ」
「私……実はまだ、少しパニックになってます」
末っ子のエリカは、いつにも増して顔を青くしてスプーンを震わせていた。昨夜、リストール卿が見せたあの畏まった態度と、語られた歴史の重みが、彼女の華奢な肩にはまだ重すぎるのだろう。
「でもさ」
ナツキがジャムのついた指を舐めながら、窓の外へ視線を向けた。
「ヴィーナってば、全然変わらないじゃん。あんな大騒ぎになって、門番たちが土下座までしたっていうのに……当の本人は、今朝も普通に『なんでみんな謝ってるの?』って顔して庭を散歩してるし。あれこそがヴィーナだな、って思ったよ」
「……そうだな。その揺らぎのなさが、彼女の最大の強さかもしれない」
私は、庭園でゼム・バルゼノアと話し込んでいる白いローブの背中を遠目に見る。自分を取り巻く状況がどれほど劇的に変化しても、彼女の芯にある純粋さは一向に摩耗しない。
「あの……」
エリカが小さな声で口を開いた。
「実は、最初から少しだけ気になっていたんです。ヴィーナちゃんの聖魔法……使い方が、どこか普通じゃないなって。教科書通りじゃないのに、すごく温かくて、深いところから溢れてくるような感じがして……。だから昨日、ヴァルトニア家のお嬢様だって知った時、驚きよりも先に『やっぱり』って思っちゃったんです」
「エリカ、気づいてたなら言ってよ!」
クロエが身を乗り出すと、エリカはブンブンと首を振って否定した。
「言えるわけないですよ! あ、あなたもしかして、あの伝説の伯爵家の娘さんですか? ……なんて、そんなの失礼すぎるじゃないですか!」
その必死な様子に、テーブルにはわずかな笑いがこぼれた。
だが、その後の静寂は少し重い。
「これから、どうなるんだろうな。ヴィーナが自分の家の真実を知り、エルディナで本当の『立場』に戻った時……彼女の中で変わってしまうこともあるかもしれない」
私は年長者として、避けて通れない懸念を口にした。
貴族としての義務、血脈の重圧。それらが彼女の自由な翼を折ってしまわないか。
「大丈夫だよ、レナさん」
ナツキが力強く断言する。
「ヴィーナは変わらないって。家がどうとか、お父さんが伝説の人だとか、きっと最後には笑って吹き飛ばしちゃうよ」
「そうですね。変わらないことが、ヴィーナ様の強さであり、私たちが惹かれたところですから」
クロエも同意するように頷く。
その時、食堂の扉が勢いよく開いた。
「みんな! ゼムさんが一緒にエルディナまで来てくれるって!」
当のヴィーナが、朝の光を背負って飛び込んできた。その後ろには、巌のような表情を崩さないものの、どこか敬意を孕んだ眼差しのゼムが控えている。
「えぇっ!? あの老兵ゼムさんが護衛に!?」
ナツキが口を開けて驚く。
「……ますます、一介の冒険者パーティーとは思えない布陣になりますね」
クロエが苦笑いする。
「ひ、一気に目的地までの緊張感が……」
エリカは再び椅子の上で小さくなった。
私は立ち上がり、ヴィーナの元気な顔を見て、ようやく自分も笑みを浮かべることができた。
「そうか。それは頼もしいな。……よし、それじゃあ出発の準備をしよう。お父さんの待つ、エルディナへ」
「うん! 出発だよ!」
ヴィーナの無邪気な声が、朝の食堂に響く。
彼女の旅は、まだ「何も知らない」まま続けられている。
けれど、その隣を歩く私たちの決意は、昨日までとは比べ物にならないほど、強固なものへと変わっていた。




