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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章 幕間:黒銀のローブと誓いの短剣

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第7話:スターレットの光

第7話:スターレットの光


 アルカディアの朝は、清冽な空気と共に訪れた。

 マルターレス家が誇る広大な庭園には、朝露に濡れた花々が瑞々しい香りを漂わせている。ヴィーナは一人、手入れの行き届いた石畳の小道を歩いていた。

「おとうさんって……二百五十年もの間、ずっとああやって誰かを守ってきたんだ」

 昨夜、現当主リストールから聞かされた「歴史」の断片を反芻する。

 フォルネリアの静かな村で、不器用に料理を作り、洗濯物の干し方に文句を言っていた、あのおとうさん。どこにでもいる「普通のお父さん」だと思っていた姿と、大陸の守護者としての姿が、ヴィーナの頭の中でまだ上手く結びつかない。

「全然わからなかった。……ただのおとうさんだったのに」

 けれど、フォルネリアでの軍勢の平伏、そしてこのアルカディアでの騎士たちの敬礼。それらすべてが、現実だと突きつけてくる。

 ヴィーナは腰に帯びた短剣をそっと手に取った。リストールに見せた際、彼が涙を浮かべて「対の剣」と呼んだ代物だ。

「この短剣……ヴァルトニア家の証の剣だったんだね。おとうさん、なんで私に持たせてたんだろう。『リースバルト一族に会ったら渡せ』って……それだけしか言ってくれなかったのに」

 おとうさんは、大事なことを言葉にしない。

 もしかしたら、言葉で説明するよりも、この「物」そのものに込められた縁や重みを感じてほしかったのだろうか。

「……眠れなかったか」

 不意に背後から、低く、しかし穏やかな声が響いた。

 振り返ると、そこには朝稽古を終えたばかりなのだろう、薄く汗を浮かべたゼム・バルゼノアが立っていた。

「あ、ゼムさん。おはようございます。眠れました! ただ……ちょっと考えてて」

「何をだ」

「おとうさんのことです。あの人、私に何も言わなかったんですよね。ヴァルトニア家の歴史も、この短剣がどれだけ大切なものかも」

 ヴィーナは一呼吸置き、少し寂しそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。

「……知ってるんです。私とおとうさん、**本当の親子じゃない**から。血がつながってないから、私には教える必要がないって思ってたのかなって」

「……」

「でも、おとうさんは私を育ててくれた。私にこの服をくれて、この剣を持たせてくれた。血がつながってなくても、私はおとうさんの娘になりたいって思ってるんです」

 ゼムはしばらく黙っていたが、やがて自嘲気味に、しかし清々しく鼻を鳴らした。

「……血のつながりなど、あの方にとっては瑣末なことなのだろう。言葉は時に真実を矮小化させる。だが、その短剣や、あなたが纏うローブ……物と行動が、すべてを語っている。それが何よりの証拠だ」

「……昨日の道中で聞いた話、まだ頭の中でぐるぐるしてるんです」

「試験の話か」

 ヴィーナは頷いた。

「はい。ゼムさんがセバスさんに負けて、プライドを折られて……。でも、そこから立ち直ってここで剣を振るってる。それって、私にはすごく尊いことに思えるんです」

「負けたことを誇りに思えるようになるまで、俺も長い時間がかかった。だが……今はあの試験があって良かったと思っている。本物を知ったからこそ、俺は己を過信せず、偽物にならずに済んだ」

「本物……」

「ヴァルトニア家は本物だ。そして、血がどうあれ、あの方の背を見て育ったあなたも……間違いなく本物だ」

「……私、まだ自分が何者か、よくわからないです。でも、おとうさんの娘として、恥ずかしくないようにしたいとは思います」

 ゼムは短く、しかし確信を込めて頷いた。

「……それで十分だ」

「ヴィーナ殿、こちらにおられたか」

 庭園の東屋あずまやに、リストールが姿を現した。その手には、マルターレス家の家宝であり、昨夜もその神秘を見せた魔剣『スターレット』が握られていた。

「もう一度……持ってみるか。朝の光の下でなら、また違った表情を見せるかもしれん」

「えっ、いいんですか?」

 ヴィーナはおそるおそる手を伸ばし、スターレットの柄を握った。

 その瞬間。

 ――キィィィィィン……

 澄んだ、心地よい共鳴音が空気を震わせた。

 刀身から、真珠のような柔らかく、それでいて力強い光が溢れ出す。それはヴィーナの指先から腕へと伝わり、全身を温かな高揚感で包み込んだ。

「……やはりか。血のつながりなど関係ない。ヴァルトニアの『魂』が、スターレットの光に呼応している」

 リストールは驚きと、どこか深い納得が混じった表情でその光景を見守っていた。

「あなたの力は、今はまだ眠っている。しかし、そこには確かに継承された『源流』がある。その清らかな光……」

「私……小さい頃から、聖魔法の素質があるって言われてて。おとうさんも旅に出る時、『お前ならできる』って、独り言みたいに言ってた気がします」

「ならばいずれ、その力は大きな力になるだろう。……あの方が見込んだ通りにな」

 光はゆっくりと収まり、ヴィーナはスターレットをリストールに返した。自分の内側で、何かが静かに脈打っているような感覚が残る。

「さて。そろそろ出発の時間だな」

 ゼムが革手袋をはめ直し、城門の方向を見据えた。

「エルディナまで……俺たちが送ろう」

「え!? いいんですか?」

「当然だ。ヴァルトニア家のご令嬢を、丸腰に近い状態で一人で行かせるわけにはいかない。マルターレスの騎士としての誇りにかけてな」

 ゼムの言葉に、邸から出てきたレナやナツキ、クロエたちも顔を合わせ、心強そうに微笑んだ。

「お父さんに会うまで、あともう少しだね」

 ナツキがヴィーナの肩を叩く。

 ヴィーナは、胸元の秘紋と、腰の短剣を確かめるように触れた。

 

 知らないことはまだたくさんある。けれど、このアルカディアで触れた歴史の重みと、魔剣が放った温かな光は、彼女の背中を確かに押していた。

「うん! みんな、行こう! エルディナへ!」

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