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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章 幕間:黒銀のローブと誓いの短剣

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第5話:リストールとの謁見

第5話:リストールとの謁見


 謁見の間の重厚な扉が開くと、そこには想像していたよりもずっと「現実的」な空気が流れていた。

 部屋の奥から歩み寄ってきたのは、五十代半ばほどの男性だ。仕立ての良い上着を纏い、その眼光には理知的な光が宿っている。伝説の騎士というよりは、国を動かす優秀な実務家——商工の民と騎士たちの間を取り持ち、領地を豊かにする統治者としての風格を感じさせた。

 彼こそが、マルターレス家六代目当主、リストール。

「ヴィーナ・エルディナ伯・ヴァルトニアと申します。アルカディアを通行中のところ、ご謁見の機会をいただきありがとうございます」

 私は、おとうさんに教えられた通り、完璧な角度で頭を下げた。指先を揃え、膝をわずかに折り、気品を保ちながら。

 リストール様は足を止め、私をじっと見つめた。その沈黙が、なんだかとても長く感じられる。

「……上手い礼だ。誰に習った?」

 ふ、と彼の唇がわずかに綻んだ。

「おとうさんです!」

 私が顔を上げて答えると、リストール様は小さく声を立てて笑った。

「……そうか。あの人らしい。身なりには無頓着なくせに、そういう『筋』だけは、恐ろしいほど厳格に教え込む」

 彼は私の側まで歩み寄ると、改めて私のローブと髪飾りに視線を走らせた。

「そのローブ……間違いなく我が家の秘紋だ。『誓いの短剣』と『風花の髪飾り』。そして髪飾りの中央に刻まれた『黒雷』の文様……。ああ、間違いない。あのお方が育てた子だ」

「リストール様も、おとうさんのことを知ってるんですか?」

「知っているどころではない。このマルターレス家にとって、最も大切で、最も敬意を払うべきお方だ。我が初代当主・リースバルト様と、生死を共にした戦友であらせられたのだから」

 リストール様の言葉には、深い信頼が滲んでいた。

「あの……実は、おとうさんから頼まれていたことがあって」

 私は少し緊張しながら、腰に下げていた短剣に手をかけた。

「『リースバルト一族に会ったら渡せ』と言われていた短剣があるんです」

 その言葉が出た瞬間、部屋の空気が一変した。

 リストール様の表情から笑みが消え、代わりに強烈な緊張感が走る。背後に控えていたゼムさんも、ゴクリと唾を呑み込む音が聞こえた。

「……見せてもらえるか」

 私は頷き、鞘に入ったままの短剣を両手で差し出した。

 リストール様は、まるで壊れ物を扱うような手つきでそれを慎重に受け取った。無言のまま、しばらくその刀身を見つめる。

「……やはり。これは『対の剣』だ」

「対……?」

 私が首を傾げると、リストール様はそのまま執務室の奥へと向かった。

 厳重に鍵がかけられた古い木箱を取り出し、彼はその中から、もう一本の短剣を取り出した。

「見てくれ」

 二本の短剣が、大理石のテーブルの上に並べられた。

 

 驚いた。二つの刀身に刻まれた紋章が、まるで鏡合わせのように一対の形を成していたのだ。

 一本には、ヴァルトニア家の紋章——『雷・翼・指輪』。

 そして私が持ってきたもう一本には、マルターレス家の紋章——『剣と星』。

「KR61年。初代当主リースバルト様の婚礼の儀において、レイクス=ヴァルトニア閣下が贈られたのが、この一本だ。そしてあなたが持ってきたのが……その対になるもう一本だ」

 リストール様は、静かに二本の剣の柄を寄せた。

「一本はマルターレス家に。もう一本はヴァルトニア家に。二本が揃って初めて、両家の縁が完成する。……この剣は、いつかヴァルトニアの主が我が家を必要とした時に届けられるはずの『信牌』だったのだ」

「……だから『対の』と言いかけたんだ」

 ゼムさんが静かに口を開いた。

「あの剣を見た瞬間に、確信した。……俺も、昔セバス様から聞いたことがあった。『いつかこの剣が戻る日が来る』と。……ヴァルトニア騎士団の試験に落ちた俺が、今この瞬間を目の当たりにするとはな」

「えっ? ゼムさん、本当に試験を受けたことがあるんですか?」

 私が思わず聞き返すと、ゼムさんは少し苦い顔をして「……落ちたがな」と短く答えた。

「……レイクス様は、あえてあなたにこの剣を持たせた」

 リストール様は、感極まった様子を見せないように努めながら、静かに続けた。

「それはすなわち、この縁をあなたに繋がせようとしたということだ。……言葉で説明せず、物が語るようにされた。実に、あの方らしいやり方だ」

 二本の剣が、窓から差し込む夕日に照らされて黒銀の輝きを放っている。

 おとうさんは、私がここに来ることをわかっていたんだろうか。

「二本の剣が揃った。それだけで十分だ。……ヴァルトニア家の娘として、我がマルターレス家はあなたを心より歓迎する」

 リストール様は真っ直ぐに私を見て、告げた。

「ヴィーナ殿。今夜はここに泊まっていけ。ゆっくりと、マルターレスの歴史……そしてヴァルトニアとの絆について、話をさせてほしい」

 私は、テーブルの上の短剣を見つめた。

 おとうさんが託した想いが、少しずつ、けれど確実に形を成していくのを感じていた。


次話予告

 マルターレス家の晩餐会。

 豪華な食事を前にテンションが上がるナツキたちだったが、リストールが語り始めたのは、平和な今の世からは想像もできない凄惨な歴史だった。

 「魔王軍との戦いの中で、ヴァルトニアが何を守ったのか。それを知ってほしい」

 次回、第6話「歴史を綴る晩餐」。

 語られる真実が、ヴィーナの「日常」を塗り替えていく。


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