第4話:マルターレス家の門
第4話:マルターレス家の門
ゼム・バルゼノアの案内に従い、私たちが辿り着いたのは、アルカディアの中心に鎮座する巨大な石造りの館だった。
高くそびえる外壁には、年月の重みを感じさせる蔦が這い、重厚な門柱には「鋭い剣」と「輝く星」を組み合わせた精緻な紋章が彫り込まれている。
「大きい……! お城みたい……!」
思わず口をあんぐりと開けて見上げると、ゼムさんは振り返らずに言った。
「マルターレス家は建国以来、このアルカディアの守護を任されている。……さあ、入れ」
ゼムさんが門番に目配せすると、巨大な鉄の門が重々しい音を立てて開いた。
ところが、一歩足を踏み入れた瞬間だった。
館の庭園に控えていた数人の騎士たちが、私の姿——正確には、私が羽織っている白銀のローブ——を見た途端、弾かれたようにその場に直立不動の姿勢をとったのだ。
「「「…………ッ!!」」」
そして、流れるような動作で一斉に片膝をつき、深く頭を垂れる。
「またぁぁぁーーーーーーっ!!」
私は思わず頭を抱えて叫んでしまった。街道の入り口でも同じことがあったけれど、慣れるどころか心臓に悪い。
「な、なんで!? もういいよ、みんな立って! 忘れ物探してるの!?」
「……ヴィーナ、無理があるだろ、その誤魔化し」
ナツキが肩を震わせて笑いをこらえている。その隣で、クロエは半ば悟りを開いたような目で頷いた。
「慣れなよ、ヴィーナ……。その格好をしてる限り、きっとエルディナに着くまでずっとこうだよ」
「そんなぁ……。エリカ、なんとか言ってよ!」
「…………(ガタガタガタ)」
エリカはといえば、完全にキャパシティを超えたらしく、置物のように固まって震えていた。
見かねたゼムさんが、野太い声を上げる。
「礼をやめろ! お嬢様が困惑しておられる。当主閣下の命があるまでは、通常の対応にしろ」
「「「はっ!」」」
騎士たちが一斉に立ち直り、規律正しく持ち場へ戻っていく。私はホッと胸を撫で下ろし、ゼムさんを見上げた。
「助かりました、ゼムさん……! あんな風にされると、どうしていいかわかんなくて」
「……少しずつでいい、慣れてくれ。ヴァルトニアの名を背負うということは、本来そういうことなのだ」
ゼムさんの言葉は静かだったけれど、そこには否定しようのない「現実」が込められていた。
私たちは、館の二階にある重厚な応接室へと通された。
磨き抜かれた黒檀のテーブルに、柔らかな絨毯。壁には歴代当主と思われる肖像画が並んでいる。
ソファーに腰を下ろすと、レナが改めて私たち全員に釘を刺した。
「いいか、みんな。これからお会いするのは、このアルカディアの最高責任者であり、由緒あるマルターレス家の現当主だ。失礼のないよう、礼儀はきちんとするんだぞ。特にヴィーナ」
「わかってるってば! おとうさんに貴族の礼儀はみっちり仕込まれたんだから。……結構厳しかったんだよ?」
「……ヴィーナ。今回の騒ぎの半分くらいは、その『完璧すぎる貴族の所作』が原因だって自覚ある?」
ナツキにジト目で指摘され、私は「うっ……」と言葉に詰まった。
確かにおとうさんは、料理の火加減は間違えるくせに、お辞儀の角度や歩き方にはものすごくうるさかった気がする。
「おとうさん……。なんで私に、この短剣を『渡せ』って言ったんだろう」
私は腰に下げた短剣をそっと手に取り、膝の上に置いた。
装飾も派手ではなく、どこか古びた印象を与える剣。けれど、おとうさんは旅に出る時、何よりも先にこれを私に持たせたのだ。
「ずっと大切に持ってたけど……正直、護身用にしては短いし、意味がわかんなかったんだよね」
「ゼムさんが言ってたわね。『当主から聞け』って。……ただの贈り物じゃないことは確かよ」
クロエが真剣な顔で短剣を見つめる。すると、隣にいたエリカが、震える指先で短剣の鞘の付け根を指差した。
「あの……よく見ると、刃の近くに小さな紋章が刻まれてます……。これ、マルターレス家の紋章に似てるけど……少し、違うような……」
「え? あ、本当だ」
言われて気づいた。そこにはゼムさんの言っていた「剣と星」に似ているけれど、二つの翼がそれを包み込むような、より複雑な意匠が刻まれていた。
この紋章の意味がわかれば、おとうさんの言いたかったことがわかるんだろうか。
その時。
応接室の大きな扉が、外側から二人の騎士によって開かれた。
「当主、リストール様がお見えになります」
ゼムさんの声が響く。
私たちは弾かれたように立ち上がり、一列に整列した。
レナの合図を待つまでもなく、私はおとうさんに教えられた通り、背筋を伸ばし、指先まで神経を尖らせて、完璧な「ヴァルトニアの礼」の姿勢をとる。
心臓の鼓動が早くなる。
開かれた扉の向こうから、重厚な威厳を纏った足音が近づいてきた。
おとうさんが私に託した、この短剣。
それを手渡すべき「一族」が、今、目の前に現れようとしていた。
【次話予告】
現れたのは、鋭い眼光を持つ五十代の男——リストール・マルターレス。
彼がヴィーナの差し出した短剣を手にした瞬間、館の奥深くに眠る「家宝」が呼び応える。
「これは……対の黒銀。百五十年の眠りを経て、主の下へ戻ったか」
語られるヴァルトニア家との真の繋がり。そしてヴィーナは、自らの髪飾りに秘められた「黒雷」の真実を垣間見る。
次回、第5話「魔剣と短剣、共鳴する誇り」。
運命は、少女の知らぬところで加速する。




