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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章 幕間:黒銀のローブと誓いの短剣

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第4話:マルターレス家の門

第4話:マルターレス家の門


 ゼム・バルゼノアの案内に従い、私たちが辿り着いたのは、アルカディアの中心に鎮座する巨大な石造りの館だった。

 高くそびえる外壁には、年月の重みを感じさせる蔦が這い、重厚な門柱には「鋭い剣」と「輝く星」を組み合わせた精緻な紋章が彫り込まれている。

「大きい……! お城みたい……!」

 思わず口をあんぐりと開けて見上げると、ゼムさんは振り返らずに言った。

「マルターレス家は建国以来、このアルカディアの守護を任されている。……さあ、入れ」

 ゼムさんが門番に目配せすると、巨大な鉄の門が重々しい音を立てて開いた。

 ところが、一歩足を踏み入れた瞬間だった。

 館の庭園に控えていた数人の騎士たちが、私の姿——正確には、私が羽織っている白銀のローブ——を見た途端、弾かれたようにその場に直立不動の姿勢をとったのだ。

「「「…………ッ!!」」」

 そして、流れるような動作で一斉に片膝をつき、深く頭を垂れる。

「またぁぁぁーーーーーーっ!!」

 私は思わず頭を抱えて叫んでしまった。街道の入り口でも同じことがあったけれど、慣れるどころか心臓に悪い。

「な、なんで!? もういいよ、みんな立って! 忘れ物探してるの!?」

「……ヴィーナ、無理があるだろ、その誤魔化し」

 ナツキが肩を震わせて笑いをこらえている。その隣で、クロエは半ば悟りを開いたような目で頷いた。

「慣れなよ、ヴィーナ……。その格好をしてる限り、きっとエルディナに着くまでずっとこうだよ」

「そんなぁ……。エリカ、なんとか言ってよ!」

「…………(ガタガタガタ)」

 エリカはといえば、完全にキャパシティを超えたらしく、置物のように固まって震えていた。

 見かねたゼムさんが、野太い声を上げる。

「礼をやめろ! お嬢様が困惑しておられる。当主閣下の命があるまでは、通常の対応にしろ」

「「「はっ!」」」

 騎士たちが一斉に立ち直り、規律正しく持ち場へ戻っていく。私はホッと胸を撫で下ろし、ゼムさんを見上げた。

「助かりました、ゼムさん……! あんな風にされると、どうしていいかわかんなくて」

「……少しずつでいい、慣れてくれ。ヴァルトニアの名を背負うということは、本来そういうことなのだ」

 ゼムさんの言葉は静かだったけれど、そこには否定しようのない「現実」が込められていた。

 私たちは、館の二階にある重厚な応接室へと通された。

 磨き抜かれた黒檀のテーブルに、柔らかな絨毯。壁には歴代当主と思われる肖像画が並んでいる。

 ソファーに腰を下ろすと、レナが改めて私たち全員に釘を刺した。

「いいか、みんな。これからお会いするのは、このアルカディアの最高責任者であり、由緒あるマルターレス家の現当主だ。失礼のないよう、礼儀はきちんとするんだぞ。特にヴィーナ」

「わかってるってば! おとうさんに貴族の礼儀はみっちり仕込まれたんだから。……結構厳しかったんだよ?」

「……ヴィーナ。今回の騒ぎの半分くらいは、その『完璧すぎる貴族の所作』が原因だって自覚ある?」

 ナツキにジト目で指摘され、私は「うっ……」と言葉に詰まった。

 確かにおとうさんは、料理の火加減は間違えるくせに、お辞儀の角度や歩き方にはものすごくうるさかった気がする。

「おとうさん……。なんで私に、この短剣を『渡せ』って言ったんだろう」

 私は腰に下げた短剣をそっと手に取り、膝の上に置いた。

 装飾も派手ではなく、どこか古びた印象を与える剣。けれど、おとうさんは旅に出る時、何よりも先にこれを私に持たせたのだ。

「ずっと大切に持ってたけど……正直、護身用にしては短いし、意味がわかんなかったんだよね」

「ゼムさんが言ってたわね。『当主から聞け』って。……ただの贈り物じゃないことは確かよ」

 クロエが真剣な顔で短剣を見つめる。すると、隣にいたエリカが、震える指先で短剣の鞘の付け根を指差した。

「あの……よく見ると、刃の近くに小さな紋章が刻まれてます……。これ、マルターレス家の紋章に似てるけど……少し、違うような……」

「え? あ、本当だ」

 言われて気づいた。そこにはゼムさんの言っていた「剣と星」に似ているけれど、二つの翼がそれを包み込むような、より複雑な意匠が刻まれていた。

 この紋章の意味がわかれば、おとうさんの言いたかったことがわかるんだろうか。

 その時。

 応接室の大きな扉が、外側から二人の騎士によって開かれた。

「当主、リストール様がお見えになります」

 ゼムさんの声が響く。

 私たちは弾かれたように立ち上がり、一列に整列した。

 レナの合図を待つまでもなく、私はおとうさんに教えられた通り、背筋を伸ばし、指先まで神経を尖らせて、完璧な「ヴァルトニアの礼」の姿勢をとる。

 心臓の鼓動が早くなる。

 開かれた扉の向こうから、重厚な威厳を纏った足音が近づいてきた。

 おとうさんが私に託した、この短剣。

 それを手渡すべき「一族」が、今、目の前に現れようとしていた。

【次話予告】

 現れたのは、鋭い眼光を持つ五十代の男——リストール・マルターレス。

 彼がヴィーナの差し出した短剣を手にした瞬間、館の奥深くに眠る「家宝」が呼び応える。

 「これは……対の黒銀。百五十年の眠りを経て、主の下へ戻ったか」

 語られるヴァルトニア家との真の繋がり。そしてヴィーナは、自らの髪飾りに秘められた「黒雷」の真実を垣間見る。

 次回、第5話「魔剣と短剣、共鳴する誇り」。

 運命は、少女の知らぬところで加速する。


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