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レイクス戦記  作者: ゆう
第5章 幕間:黒銀のローブと誓いの短剣

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第2話:門前の平伏

第2話:門前の平伏


「あ、暑い……。レナ、まだかなぁ?」

アルディア王国の要衝、城塞都市アルカディアの巨大な城門前。

ヴィーナは額の汗を拭いながら、長い行列の先にある検問所を恨めしげに見つめた。

石造りの高い壁が熱を溜め込み、周囲の空気はサウナのようにどんよりと淀んでいる。

「仕方ないだろう、ヴィーナ。ここは王国の喉元だ。密輸人や魔族の潜入を警戒して、冒険者の身分照会には時間がかかるんだよ」

レナが手甲を外して風を送りながら答える。彼女のドラグーン・アーマーも、この炎天下では鉄板焼きの道具のようになっているに違いない。

「もう……限界! ちょっと外衣だけ脱ぐね!」

「あ、ヴィーナ、待——」

レナが制止の声をかけるより早く、ヴィーナは首元の留め具を外した。

バサリ、と厚手の旅用外衣オーバーコートが地面に落ちる。

その瞬間。

「…………っ!?」

周囲の空気が、凍りついたように静止した。

外衣の下に隠されていたのは、白地に銀糸で星・蔦・光を織り込んだ美しいローブ。

陽光がその銀糸に反射し、まるでヴィーナ自身が発光しているかのような神々しさを放つ。

特に胸元——そこには、「誓いの短剣」と「風花の髪飾り」を組み合わせた、複雑で緻密な紋様が浮かび上がっていた。

さらに、ヴィーナが首を振った拍子に、普段使いの小花を模した髪飾りが揺れる。その中央部に刻まれた、一筋の「黒雷」を象った微細な文様が、チカリと紫電のような輝きを放った。

「おい……あの意匠……」

槍を携えていた門番の騎士の一人が、息を呑む音が聞こえた。

彼は吸い寄せられるように列へ近づき、じっとヴィーナの胸元を凝視する。次に、その視線は髪飾りの「黒雷」へと移った。

「……まさか。あり得るのか……?」

「あの、何か……? 通行許可の申請なら、レナが今……」

ヴィーナが戸惑いながら一歩下がると、その動きに合わせて騎士の表情が劇的に変わった。彼は戦慄したように目を見開き、ガシャリ、と音を立ててその場に崩れ落ちる。

いや、倒れたのではない。

「……ッ!!」

騎士は深く、重々しく、石畳に膝をついた。

それを合図にしたかのように、城門を守っていた十数名の騎士たちが、一糸乱れぬ動作で武器を置き、一斉に片膝をついて頭を垂れたのである。

「「「…………っ!!」」」

「え??? えええーーーーーっ?!!」

ヴィーナの絶叫が、静まり返った広場に響き渡った。

周囲の通行人たちも足を止め、何事かとこちらを凝視している。

「な、何!? なんでみんな座っちゃうの? 忘れ物!?」

混乱して手をバタつかせるヴィーナに対し、先頭の騎士が震える声で口を開いた。

「……ヴァルトニア家の……ご令嬢でいらっしゃいますか」

「……え? ヴァルトニア……あ、うん。そうだけど。ヴィーナ・エルディナ伯・ヴァルトニアです」

肯定の言葉が漏れた瞬間、騎士たちの頭がさらに深く下がった。

その光景を見て、レナは深いため息をつきながら天を仰いだ。

「……やはりそうなったか。隠しておけるものではなかったな」

「また?! またなの?! フォルネリアだけじゃなかったの?!」

ナツキが頭を抱えて叫び、クロエは半ば諦めたような目でヴィーナを見つめる。

「ヴィーナ……あなた、本当は何者なの。そのローブ、ただのオシャレじゃなかったのね……」

「わ、わわわ、私……教科書でしか見たことないです……マルターレスの騎士がここまで敬意を払うなんて……」

エリカにいたっては、顔を真っ青にしてガタガタと震え始めていた。

「何の騒ぎだ」

その時。城門の奥から、地を這うような低い声が響いた。

重厚な鎧の擦れる音と共に現れたのは、四十代半ばほどの男だった。

顔にはいくつもの鋭い傷跡があり、歴戦の猛者であることを物語っている。その眼光は、ただ立っているだけで周囲を威圧するほどに鋭い。

「ゼム様! ヴァルトニア家のご令嬢が……こちらに!」

騎士の報告に、男——ゼム・バルゼノアは足を止めた。

彼は無言のまま、射抜くような視線をヴィーナに注ぐ。

その視線はヴィーナのローブの秘紋をなぞり、髪飾りの「黒雷」で止まり……そして、腰に下げられた由来不明の短剣を捉えた。

長い、沈黙。

ゼムの喉が、一度だけ大きく動いた。

「……本物か」

「あの! 私、ヴィーナです! ちゃんと通行許可が欲しくて並んでたんです!」

ヴィーナが精一杯の声を出すと、ゼムはわずかに目を細めた。

それは、厳しい武人が不意に見せた、懐かしむような、あるいは慈しむような光だった。

「……案内しよう。当主、リストール様がお会いになる」

「当主? 当主って、一番偉い人……?」

ヴィーナが首を傾げると、背後から小声の三重奏が聞こえてきた。

「ヴィーナ……これ、断れないやつだ(ナツキ)」

「絶対、断れないやつです(クロエ)」

「マルターレス家の……現当主……リストール様……(エリカ)」

ヴィーナは冷や汗を流しながら、目の前の渋いおじ様を見上げた。

「俺はゼム・バルゼノア。マルターレス家の騎士だ」

男は短く名乗ると、背を向けて歩き出した。

「……ついてこい」

有無を言わせぬその背中に、ヴィーナたちは顔を見合わせ、おそるおそる足を踏み出すしかなかった。

おとうさんに持たされた「普通の短剣」と、おとうさんに着せられた「綺麗なローブ」。

その重みが、アルカディアの乾いた風の中で、急激に増していくのをヴィーナは感じていた。


【次話予告】

マルターレス家当主、リストール。

歴史の重みを体現する男を前に、ヴィーナは一本の短剣を差し出す。

「おとうさんに……リースバルト一族に会ったら渡せって言われて」

その短剣の正体が明かされる時、冷徹な当主の頬を熱いものが伝う。

次回、第3話「六代目当主リストールの落涙」。

大陸の歴史が、今、少女の手の中で動き出す。


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