第15話「シャーラの接触・再び」
第15話「シャーラの接触・再び」
エルディナ近郊、夕闇が木々の影を長く伸ばす森の開けた場所で、俺は足を止めた。
空気の密度が変わった。甘ったるい、それでいて五感を麻痺させるような不気味な魔力が、霧のように辺りに漂い始める。
「……また来たか。隠れていないで出てきたらどうだ」
俺が虚空へ向かって声をかけると、空間が陽炎のように揺らぎ、一人の女が姿を現した。
四大魔将の一人、シャーラ=ルシフェイン。
かつて、四半世紀前に対峙して以来の再会だ。その美貌は、人ならざる半魔族として二百五十年という永い時を歩み続けてきた俺と同じく、二十五年の歳月など誤差に過ぎないとでも言うかのように、一刻の衰えも見せていない。
「ご無沙汰しております、レイクス様。……相変わらず、お若いお顔で。その若さを保つ秘訣、いつか教えていただきたいものですわ」
「用件を言え。お前の無駄話に付き合っている暇はない」
俺が冷たく突き放すと、シャーラは扇で口元を隠し、妖艶な笑みを浮かべた。だが、その瞳の奥には冷徹な光が宿っている。
「相変わらずですわね。……では、単刀直入に。聖泉領の巫女見習い……セリス=アルフェリアのことです」
セリスの名が出た瞬間、俺の周囲の空気がパチリと爆ぜた。無意識に黒雷が漏れそうになるのを抑える。
「あの子は危険です。我々魔族にとっても……そして、あなたにとっても。女神に選ばれた聖女の資質を持つ者は、魔王様の計画を根本から崩す力を持っています。ゆえに魔王様は、あの子が完全に覚醒する前に、この世界から消そうとしています」
「……あの子を狙うというのか」
「私はそれを……止めようとしているのです。あの子が失われるのは、私の目算にとっても都合が悪いものですから」
シャーラはそこで一度言葉を切り、今度は俺の反応を楽しむように、さらに追い打ちをかけた。
「それと……もう一つ。ヴァルトニアの養女の名前が大陸に広まりましたわね。ヴィーナといったかしら? あの子もまた、狙われる可能性があります」
心臓の鼓動が早まる。ヴィーナ。俺がフォルネリアで拾い、十六年間育ててきた、あの騒がしい娘。
「ヴァルトニアの名は強力な盾にもなりますが、同時に格好の標的にもなりえます。……伝説の英雄を揺さぶるための『鍵』としてね」
「……わかっている」
俺は低い声で答えた。彼女の言うことは、ゼフィールの報告とも一致している。だが、この女の言葉をそのまま鵜呑みにするほど、俺は甘くない。
「お前が止めようとしている本当の理由は何だ。魔王に反旗を翻すつもりでもあるまい」
「さあ? 私には別の目算がある……とだけ申し上げておきましょうか」
「信用できないな」
俺は一歩、彼女へ踏み出した。
「だが、セリスとヴィーナを守ることは、俺自身がする。お前に頼まれる前から、そのつもりだった」
シャーラは満足そうに微笑み、優雅に一礼した。
「それで十分です。……では、また。次に会う時まで、大切に守り抜くことですわ」
彼女の姿が霧に溶けるように消えると、影の中からゼフィールが静かに現れた。
「……シャーラの言ったことは、半分は本当かと。魔王の力が増している今、奴らは自らの脅威を徹底的に排除しようとしています」
「……やはりか」
俺は夜空を見上げた。
二百五十年前、名もなき少年だった俺はセラと出会い、そして十五年前、彼女を喪った。あの時は、何も守れなかった。
「セリスを……守る。ヴィーナも。……今度は、絶対に奪わせない」
それは、二百五十年という果てしない月日を生き抜いてきた俺が、今度こそ果たさねばならない唯一の誓いだった。




