肆拾六つ目の記録 復活 ⑤
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
ミューレンは自分の服に火が燃え移るよりも先に、地面にルーン文字を刻んだ。
そのルーン文字はイス、氷を表す文字。
そのままミューレンがルーン文字を手で抑えると、ケファを守る愛の炎の動きは凍り付いた様に静止した。
「ᛁ」
その言葉の瞬間、突如冷気が吹き上げ、決して消えるはずの無い愛の炎は鎮火された。
彼女にそこまでの愛は無いはず、ケファはそう思っていた。しかし、理由は単純だ。
ミューレンの言葉は、人が作った魔術よりも前から存在する、最も神秘に近い力。最も根源に近く、それでいて人類の技術の最果ての一つ。
所詮人を超えた程度のケファでは、ミューレンの言葉を無視することも出来ないのだ。
その姿を見た黒恵と昴は自然と笑みが溢れていた。その感情が溢れてしまったのか、黒恵はミューレンに向かって叫んだ。
「ミューレーン! 最高よ貴方! さっすがぁ!!」
しかし昴はミューレンの顔を素直に真っ直ぐ見れず、目を逸らしていた。寧ろ昴の視線は突撃して来たトラックの運転手に向けられていた。
そんな昴の視線の先を見て、黒恵は昴に聞いた。
「そう言えば、誰が運転してるのかしら」
「こう言う時に迷わず炎の中に突っ込むイカレ野郎。数えるくらしか俺は知らない」
「私の知ってる人?」
「見たことはあるかもな」
昴が煙草を咥えたと同時に、トラックの運転席から旧型の狙撃銃の銃口が伸び、それがケファに向けられ、銃弾が発射された。
ケファは銃弾に視線を向け、それを止めた。そして三つの左手を全てトラックに向けると、トラックの一つのタイヤが地面から離れた。
まるで象にでも体当たりをされたのかと思ってしまう程トラックが激しく揺れたかと思えば、その勢いのままトラックは横転してしまった。
運転席に乗っていた彼はすぐにそこから飛び出した。
初老と思われる男性の正体を、黒恵は何処か見覚えがあった。その年齢にしては機敏に動き、すぐにその場から一歩引く判断力の高さ。昴は誰か分かっていた。
「あー! 思い出した!」
黒恵はその老人を指差して叫んだ。
「バーテンダーのお爺さん!」
前に依頼執行人と共に、ひょんなことから怪談を金持ちの前で疲労することになった隠れた酒場で出会った老人。確かに昴の言う通り、見たことはある人だった。
「允さんだ」
「允さん?」
「そう、允さん。五常家お抱えの……何だろ。執事? 使用人? 俺と夏日の育て親?」
「……つまり?」
「有能」
允は脇に抱えたボストンバッグを地面に降ろすと、その中に片手を入れ、一つの手榴弾を器用に片手でピンを抜きケファに投げ付けた。
老人の体とは思えない強靭な肩で投げ付けた手榴弾は、しかしケファの寸前で爆破した。その手榴弾から発せられた爆炎から生まれた黒煙は、通常のそれの三倍の量はあろうか。光の技術力程では無いが、それでも驚異的な技術で改造された兵器だ。
だがその一瞬、その煙に紛れて真一が小さな体を潜り込ませ、真一がケファとの距離を詰めていた。
允は、正確にはこの状況が分かっていなかった。真二の連絡で援護に来て、同じ場所に向かっていたミューレンと共に乗り捨てられていたトラックで炎の中に突っ込んだだけで、詳しい事情も聞かなかった。
彼は、五常家に仕える人物。仕えるが故に、詳しい事情は決して聞かない。勝手に喋るなら別だが。
だが、それでも彼は、疑問を口にせざるを得なかった。
「何故、貴方が」
その言葉は、真一に向けられていた。勿論、何故裸なのかも含めての、疑問の言葉だった。
だが、それ以上無駄な言葉を発することも無く、彼は五常の人物のサポートに回った。
真一の拳がケファに迫ったと同時に、更に真二が走り出した。
「おせぇじゃねぇかよ允のおっさん! 何時も通り頼む!」
本来なら、彼はこんな危険な仕事を允に頼むことはしなかった。真二もまた、允には大きな恩があるからだ。そんな恩人を、わざわざこんな所に連れて来ることは不本意だった。
それでも、もう、手段を選ばずにはいられなかった。
ケファはすぐに反撃の力を込めた。しかし、何故だろうか。彼の力は発揮されない。いや、正確には自分の中の虫が、戦闘に対して強い拒否感を表している。
虫にとって、敵意、殺意すら向けるのが恐ろしい何かが、この場に現れた。唯一、それらしい人物が一人いた。
ミューレンの渾身の拳が、ケファの顔面に入った。認識が出来なかった、いや、それよりももっと、異常なことが起こっていた。
目に見えていた、にも関わらずミューレンの拳を安全だと思い、防御する気も起こらなかった。この感情の理由を、この内から溢れる異常の訳を、ケファは探していた。
だが、結局分からない。今のケファは、根源、そして果てを見て、知らぬことを全て知り、知り得ることを全て忘却の底へと投げ捨てたはず。
にも関わらず、それでも、未知。ミューレンは、存在自体が未知なのだ。そしてその未知は、ケファの脅威となった。
「流石、俺を倒した拳だ」
昴は、"扉"を潜りケファの上に現れた。そのまま体を捻り、ケファの頭の頂点に踵落としを炸裂させた。
ミューレンを傷付けない程度の爆破が、昴の踵で爆発し、ケファの頭をまた吹っ飛ばした。
その一瞬で、真一と真二の両拳がケファの胴体に激突した。
その両拳は蚯蚓の様な黒い呪いが纏わり付いており、それが拳の直撃と同時にケファの肉の中に入り込んだ。
呪いの塊である蚯蚓は、ケファの肉を食い破りながらも命を貪ろうとしていた。しかしケファの命は既に永遠で、一瞬でその呪いを自らの体に巣食う虫が食い破った。
だが、またミューレンの拳がケファの顔面に当たった。ミューレンが顔面に拳を叩き込む度に、ケファの中の虫の動きが、統率が乱される。
「ごめんなさい、覚えてないの。けど、貴方が大切な人なのは、覚えてる。小学生の頃、会ったことが、あるわよね」
ミューレンは昴に向けてそう言った。
虫の統率が崩されたケファの中に、真一と真二の黒い蚯蚓の一片が動きを再開し、ケファの肉を貪り始めた。
命にまで届く訳では無いが、それでもこのまま対処をしなければ戦闘継続が不可能になる程の重症は負ってしまうだろう。
故に、ケファは虫の意思通りに逃亡を図った。ケファの体は目にも止まらぬ速さで宙に浮き、下にいる敵を一瞥した。
その表情は切羽詰まった物では無い物の、先程まであったはずの絶対感と万能感は消え去り、疑問ばかりを浮かべていた。
「……確かに貴方は、命すら手中に収める人。ですが……これは、何だ。何故、何故、何故、貴方からも、母の気配を……?」
ケファの疑問は最もだ。ミューレンの力強い気配からは、モシュネすら超える母の愛を感じていた。自らのでは無く、虫、赤子の母。
しかし、そんなはずは無い。彼女は精々二十歳。そんなはずは無いのだ。
その間に黒恵とミューレン、そして昴は三人だけで集まり作戦を立てていた。
「どうする気よ、あれ」
ミューレンが怪訝そうにそう聞いた。
「恐らく死なない。一応殺す為に色々用意したが、その全部がもう効かなそうだ」
「一応私も色々やってみたんだけど、まあ仕方無いわ。ケファが攻撃してこないことを良いことに、さっさと作戦決めちゃいましょう」
昴と黒恵がそう言っている間に、ケファは三つの両腕を天に向けた。明らかに、それは下方にいる敵に落ちて来る殺意だ。
すぐにその敵意が肌に突き刺さり、昴は人生で初めて、弱者の気分を味わった。自分の首を噛み千切れられる牙を見るだけで、彼は恐れ等しない。ただ、その殺意だけで、自分はどれだけちっぽけな存在なのかを思い知らされた。
そう思った直後、彼は跳んでいた。
恐怖に駆られ先走った訳では無い。寧ろその逆、彼はこんな時でも冷静に物事を俯瞰していた。
何故かは分からないが、ケファの警戒は真一から自分と、黒恵、そしてミューレンに変わったことを、その表情で察していた。そしてケファは、幾ら不死身と言えど戦う為の思考を持っていないことを彼は悟っていた。
突然の跳躍、警戒している人物、ケファの注目は昴に集まった。
何をする気かは分からないが、少なくともその何かで、下にいる全員を殺すつもりだったのは、その殺気で分かった。ならするべきことは、自分が囮になることだった。
そして結果は、その通りになった。
不可解なことが連続した所為の焦りか、ケファは咄嗟に三つの両手を昴に向けた。その直後、ケファの三つの両手から雨粒にも似た光の粒子が昴に高速で向かって来た。
何が起こるか分からない。そう焦っていたのは、昴も同じだった。
昴の視界の中は、時間が圧縮されていた。不思議と何時もより時間が遅く感じていた。昴は、噂に聞く、死ぬ前に時間がゆっくりと感じるあれなのだと思った。
放たれた無数の光の粒子は、当たってもいないのに昴が自身の死を直感させた。死が隣にいること、死を思うことは幾らかあった。そんな修羅場は既に何度も潜って来た。そんな昴でも、一目で分かる程の脅威。
彼は、自分の判断ミスを悟った。彼は、自分の愚かさを悟った。彼は、自分の不甲斐無さを悟った。
死を覚悟したその瞬間、昴の目の前に"扉"が開いた。
光の粒子は"扉"を通り、遥か空の彼方へ飛んで行った。
だが、その光の粒子が雲に当たった瞬間、夜空は絵の具でべったりと塗られたかの様な、不自然な白に染まった。
何が起きているのかも理解出来ない。それも当然だ。既にケファは、そんな領域から超越しているのだから。
人が、人を超えた者を理解出来るはずが無い。
すると、その"扉"から亜津美の腕が伸び、昴の首根っこを捕まえて自分の下へ引き寄せた。
そのまま、亜津美はもう片方の手で昴の頬を思い切り叩いた。
「馬鹿?」
亜津美は一言、昴に言い放った。
「……青夜と顔は似てるのに、性格は全然違うわね」
「……まあ、そうだな」
「……死ぬ気だったでしょ」
「……まあ、な」
「前にも……こんな、会話が……あった、様な」
「……ああ、多分な」
亜津美も、混乱している。今まで無かったはずの記憶が、薄っすらと見える、気がするのだ。
そしてそれは、夏日も同じだった。
「多分……前も無茶してたんだよね。うん、思い出せないけど」
昴は夏日の言葉に何も答えない。
「何で、勝手に一人になったの」
彼は答えない。
「相談してよ。きっと私は、そうだったはずでしょ?」
昴は、悲しい目をしていた。
夏日に記憶があるのなら、昴に対して、ここまで残酷な言葉は発さない。何故なら、彼がこうなった理由が自分にもあると知っているからだ。
夏日に非は決して無い。昴にも非は無い。勿論亜津美にも。それ以外の多くが、駄目だった。
「お願い、帰って来て」
「……もう、分かったから」
昴は姿勢を低くしたと思えば、また一気に高く跳躍した。
「黒恵!」
昴が叫んだと同時に、昴の前に黒恵の"扉"が開いた。その"扉"の先は次の攻撃体勢に移ったケファの背後であった。
しかしケファの注目は、昴にでは無く、更に"扉"を潜り自分のすぐ前に現れた黒恵とミューレンに向いてしまった。
黒恵は昴と同じ理由で言わずもがな。ミューレンは自身の未知を更に凌駕する未知。昴の攻撃こそ手痛い物だが、自分の不滅を侵す程では無いと高を括っていた。
だが、予想外の一撃が下から昇って来た。放たれたのは怒りの如く烈火。そして鈍く光を反射する鉄の鋏。それ等が渦となってケファを襲った。
その直後に、紅葉の葉も炎の渦に紛れ、更に炎の勢いを増す燃料となった。
襲い掛かった熱は、どう言う訳か昴の力の一端を感じる。しかし、あくまで一端であり、何処か遠く掛け離れている。
だが、今の昴はケファに匹敵する未知の持ち主。その影響か、ケファの不滅を僅かに傷付けた。だが虫達は既に肉体の回復を始めた。
しかし、昴の力の一端を、ただの怪力に変換して渦に巻き上げられたケファの体を渾身の拳で殴り付けた者がいた。
更に、混乱のまま落下していたケファを、白い蛇にも似た巨大な龍が体当たりをした。
そう、ここまで来れば黒恵も、ミューレンも、昴も、何者なのか分かったのだ。
白龍は、高龗神であった。その背には正鹿火之目一箇日大御神と禍鬼が競う様に走っており、先に高龗神の口先に勢い良く押されているケファに届いたのは、やはり禍鬼であった。
「てめぇか! 敵の親玉! さァ! ヤろうぜ!!」
巨大な拳が更にもう一発、ケファの体に直撃した。一体何故かは分からないが、この一撃にもやはり昴の影響を受けているのか、もう死が無いケファに、それを予感させた。
「貴方のそれは……スバルの……」
「スバルゥ? 知らねぇなァ!! とっとと黙って勝負だ勝負! 最近ずっと暇で暇で、疼いて疼いて、欲求不足だったんでなァ!!」
そのすぐ後に、正鹿火之目一箇日大御神もすぐに追い付き、高龗神の背から飛び降りケファに右手を向けた。
「どうか死んでくれ」
禍鬼と違って冷酷で、何処か非道に見える表情を浮かべ、彼女は烈火を放った。
だが、ケファはその場から姿が消えたかと思えば、高龗神の背に現れ、強力な衝撃が高龗神を襲った。
龍は、地に落ちた。その姿は龍と言うより――。
「蛇め、悪魔の使徒め。ああ、しかし、妙な感覚ですね。さては元々人ですか? 可哀想に」
だが、ケファの背後に突然、飛寧が現れた。ケファに指を向け、それを横に振るとケファの蟀谷からもう一方の蟀谷まで横一文字に切り分けられた。
だが、その程度でケファが止まるはずも無い。ケファの一つの左手は、飛寧の腹に向けられた。
先程昴に向けられた光の粒子が、そこから放たれた。しかしその粒子が飛寧に当たるよりも先に、昴が飛寧の腰に手を回し、背から伸びる白い翼を一度羽撃かせ、一気に上昇し光の粒子を避けた。
「あっぶないことするなぁお前等……。と言うか、お前戦えるのか。何で戦わなかったんだ今まで」
昴は飛寧に、前の様に親しくそう話した。だが、すぐにそれが間違いだったことを気付いた。昴は、少しの後悔を覚えた。
「……今まで? 初めて……会ったんだよ……ね?」
「……いや、ごめん。忘れてくれ。僕は……少し、勘違いしてたらしい」
自分から選んだ道であるにも関わらず、彼は少し、ほんの少しだけ、その選択を後悔しそうになった。
様々なことがこの場で起き、閉ざしていた自身の心が、もう二度と出さないと決めた自分の心を、少々ではあるが見せていた自分を自覚した。
彼はもう一度、昴から、真央になることを決めた。
「昔、貴方みたいな子と出会ったことがあって……。ごめんね。私の……勘違いだった」
真央の心は、また冷たく凍り付いた。もう二度と、自分の本心を出さない様に。その本心は、世界にあってはならないのだ。何より、自分が護りたい何かを、もっと傷付けるなら、こんな物は――。
「もう、全部、捨ててしまおう」
真央は、もう昴になれない。
真央がケファにもう片手を向け、また見知らぬ言葉を呟いた。
「"天頂へと届く光"」
ケファは、その言葉を知っていた。いや、正確に言えば、善意と悪意から賜った言葉の中に、その意味が記されていた。
真央の手から、ケファの光の粒子とも似た輝きが発せられた。
音は無い。音すら消し去る滅却の輝き。秘匿されるべき言語は、この世界にもう一度顕現してしまっていた。
嘗ての戦い、二千年以上も前の、聖地エルサレムにて始まった聖戦は、既にその時では失われてしまった言葉が交わされていた。
これはその一節。何故真央はその言葉を呟けたのか、その理由は分からない。
ケファは、少し大袈裟にも見える程にその発せられた輝きから身を躱した。
その隙に真央は、まず地面に降り立って飛寧を少し乱暴に降ろした。その落ちた時の衝撃で、元々きちんと繋がっていなかった飛寧の首がぽろりと落ちた。
更なる追撃の為、黒恵は"扉"を潜りケファのすぐ傍に現れた。その背には、自分の腕力と脚力だけで黒恵にしっかりとしがみついているミューレンもいた。
ミューレンが背にいる所為か、ケファの心は不気味な程に落ち着いていた。自分の首に迫り来る、黒恵が振るった刃にすら、脅威を抱かない程に。
「『蒼穹を葬る刃』」
先程よりも、ミューレンの影響か黒恵の刃の効力がより強く、より深くケファの輝きを傷付けた。
だが、まだ足りない。まだ、まだまだ。
「この人、不死身?」
ミューレンは前の黒恵にそう聞いた。
「元々はそうじゃ無かったんだけど、ついさっきこうなった。あ、お願い」
「分かってるわよ」
ケファは、不思議と動けなかった。そんな彼の体に、ミューレンが一線の傷を刻んだ。
「ᛁ」
ケファの肉体は停止した。ミューレンはそのケファの精神すら凍り付かせ、もう二度とこの世を謳歌させない様にと、鬼の気持ちで力を使った。
だが、どうやらケファが停止したのは肉体だけで、精神は未だ虫達と取り込んだ十二使徒や信者の意識によって蠢き続けていた。
しかし、それでも狙いは成功として良いだろう。
ケファが多くの信者と残りの十二使徒を取り込んだことで戦力が偏り、徐々に死屍たる赤子の教会の者は押されている。続々と戦力が集まって来ている。
だが、それでもケファの命には届かない。しかしどうやら、彼女達の友人である昴は、殺す方法まで行かずともケファを何とか出来る策を思い付いているらしい。
そんな声が、彼女達の頭の中に響いたのだ。
ケファの体は空中で暫く静止しているだろう。その隙に二人は地面に降り立ち、自然と昴の周りに集まった。
「さぁて、貴方に色々聞きたいこともあるし、何故か顔を見ているとイライラして来るけれど……」
ミューレンは自分の拳に自信が付いたのか、その両拳を握りながら真央を見詰めてそう言った。
「まあ、今は聞かないわ。そんな状況じゃ無さそうだし。何か作戦は?」
真央は、少し気不味そうにミューレンから目を逸らし、ケファに視線を合わせながら口を開いた。
「彼はもう死なない。しかも……多分だけど、ケファは二つに別れた。出来ればどっちも何とかしたいけど……今は仕方無い。空に浮いてる方を何とかする」
その瞬間、静止しているケファの背後に、空を覆い隠す程の暗い巨人が現れた。
巨人は夜闇が人の形になったかの様な黒さで、醜悪な匂いを発していた。良く見ればその巨人の足下には真二がおり、体中から呪いが溢れて巨人の肉を作っていた。
どうやら真二は、体に巡る穢れを使い、その巨人を作り出していたのだ。
「死ねェ!」
真二がそう叫び左腕を思い切り振り下ろすと、夜闇の巨人も同じく左腕をケファに向けて振り下ろした。
巨大で穢れた拳はケファの体を地面まで叩き付け、その肉体を粉々に砕いた。
しかしどうやら、ミューレンが刻んだ傷の部位だけは決して崩れることは無かった。ケファの肉体は未だ動かないままだ。
それを傍目に、真央は言葉を続けた。
「だから、ケファを現世から遠ざける。けれど常世だと割と簡単に戻ってこられる可能性がある。だから、黒恵、亜津美さん、お願い。その狭間の世にケファを押し込む」
現世と常世の狭間。迷い人がいる世界。
黒恵やミューレン、光や昴が行ったあの街では無く、更にその外側の魑魅魍魎が跋扈する無の世界だ。
そこは、經津櫻境尊の許可か、偶発的な事故が起こらなければ現世にも常世にも行けない。永遠に、ケファを封じ込める絶好の場所なのだ。
だが、問題があれば――。
「時間が掛かり過ぎる」
話を聞いていた亜津美がそう言った。
「何せあっちから色んな奴が溢れ出さない様に、こっちからあっちに行くだけの、一方通行の"門"を開く必要がある。これが何より面倒臭い。例え黒恵と一緒にやっても、まあ難しい、と言うか今まで試したことが無いから出来るかも分からない。もし成功したとしても、それが出来る頃にはもうあいつは動き出してる。それにもう一匹の奴はどうするつもり?」
「ケファを門の先に押し込むのは私がやる。もう一匹は、今回は逃がしても仕方が無い。だけどもう一匹の方は、殆ど力を行使出来ないみたい。多分第二次世界大戦後の戦いの後のケファと同じ状態だと思う。あれなら捕まえるのも簡単だと思う」
「……口調、変わったわね」
「……関係無いですよ。貴方には」
亜津美は溜息を零しながら、苛立ちの顔を浮かべながらも真央の作戦に納得していた。
「……ひぃ婆は何処行ったのよ。あの人がいればもう少し楽なんだけど」
その瞬間、亜津美の背後に"扉"が開いた。そこから、誰かが顔を出し、亜津美の耳元で囁いた。
「呼びました?」
現れたのは、八重であった。いきなり現れた彼女に驚いたのは、亜津美では無くその隣にいた夏日だった。
「うぎゃっ!? びっくりした……ひぃばぁかぁ……」
「元気でしたか?」
「……まあ、お陰様で」
夏日は、八重の異変に気付いていた。それ以上に、真央と亜津美はより顕著に、その異常に気付いていた。
しかし八重はそんなことも気にせず、ただじっと真央を見詰めた。
「……不思議ですね。血を、縁を感じます。しかし記憶がどうにも欠落している。だがそれが失われた感触は無い。不気味な力……。ああ、亜津美、安心して下さい。彼女は、いえ、彼は、貴方の弟ですよ。……おっと、話に戻りましょうか」
八重は腰に下ろしている刀を鞘から抜き出し、その穢れすら切り裂く刃を見せた。
その刃で、するりと亜津美の肌をなぞった。しかし敵意も殺意も無い。すると、亜津美の体の奥がじんわりと暖かくなり、何時もより力が溢れて来るかの様に感じた。
「……何やったの」
「簡単なことですよ。貴方と私の境界を少しだけ薄めました。勿論、互いの存在が混じらない程度に。私の力が少しだけ使える様になりますよ。時間はやはり掛かりますが、きっと一人でも何とか出来ますよ」
「……何処にそんな力があったの? 幾らひぃばぁでも……」
「この力は、經津櫻境尊の力。娘である私は特にそれが色濃く受け継がれています。故に、その行使は非常に厳格で無ければならない。こう言う事情であると、經津櫻境尊に許可を貰わないと満足に使えないのですよ」
八重の髪の毛が、燃える様に赤く染まった。
「もう少しで、ケファは動き出すでしょう。足止めは任せて下さい。ただ、私一人では力不足なのも事実」
八重の目も変わり、その一つの目に三つの瞳が浮かんだ。純銀の瞳、黒の瞳、そして真っ赤な瞳。
彼女は經津櫻境尊の一人娘。その力は、ケファの不死の力と源流を同じくする未知の現象。ならばこそ、ケファに対抗出来るのも彼女だろう。
彼女は黒恵、ミューレン、真央に視線を向けた。
「貴方達にも、協力して下さると助かります。出来ればもう一人、光さんも欲しいんですが……まあ、仕方無いですね。あの人は、まだ眠っているでしょうし」
やるべきことは決まった。後は、ケファがどれだけ思い通りに動いてくれるかだ――。
――光は、何処まで見通しているのか、集治が捕らえられているトラックの中に深華と共に入っていた。
「どうも、集治さん」
集治はゆっくりを瞼を上げると、光の姿を哀れみを持つ目で見ていた。
「外だと、もう戦いが始まってます」
「……そうらしいですね」
「ケファは、二つに別れたと思います。もし、戦える気力が、能力が残っているなら、今すぐここから出します」
「私に十二使徒の力を期待しているなら、辞めておいた方が良いですよ。私は――」
「そんなことどうでも良いんですよ」
光は冷酷にそう言い放った。
「貴方は、もう戻れない。もう戦ったのだから、もう知ってしまったのだから、もう、私達の仲間になったんですから」
それが、集治の心を溶かした訳では無い。ただ、ふと、彼との約束を思い出した。
引き返せないのだ。もう、既に進んだ道。ケファを殺すまで、その心が折れることは無い。その身は滅んでも、その意思はまた別の誰かに受け継がれる。
「……緑を、連れて来て下さい。私には、彼女が必要です」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
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