決着
次で終わります
「かれこれ一時間か」
武藤は腕時計を見ると小さくつぶやいた。
既に警察には連絡を済ませ、何かあればいつでも動ける状態にはしている。
彼は響夏と太一が浅羽に連れられて入ったホテルの見えるビルの一角から様子を伺っていた。
浅羽のことは家康に連絡をして既に調べ済みである。
家康は浅羽という名前を聞くと
「なるほどね」
とあっさりした返事をした。
「彼は僕や響夏くんの父親、いや、飛鳥君の父親も所属していた科学者と学者の専門グループの中でも外交的な役割を果たしていた人物だよ」
学者っていうのは…そう言うのが疎い人間が多いからね
…つまり、今回の仕掛け人の一人さ…
彼女はそう言い
「太一君に対しても響夏君に対しても彼らは直ぐには害を与えないから」
とりあえず
「君は静観して」
と付け加えたのである。
武藤は彼女とのやり取りを思い出し小さく息を吐きだした。
「日本を救うためとは言え…実験をした人間は消滅し…若すぎる彼らが尻拭いをしているとは」
どれほどの重荷が佐久良様や、響夏様にのしかかっているか
それでも、彼らは絶望や投げ出したりはしていないのだ。
いや、できないのかもしれない。
重すぎて。
背負っているモノが大きすぎて。
■ 戦闘芸術女神フィナ
響夏は浅羽の話を聞き終えると暫く視線を伏せたまま沈黙を守った。
「自分らは当人やさかい…こうなることをある程度予測してたっちゅうことやな」
それでその準備をしてたっちゅうことか
浅羽は軽く背凭れに身体を預け
「可能性の一部として…だね」
今回のことは緊急を要していたし常時であれば許される実験ではなかった
「臨床実験すらなく全国民に予防接種を敢行したんだから全員死ぬこともあり得たということだよ」
と告げた。
「だが、夜の日本が近いうちにたった一人の存在だけが目を覚ましていられる土地になることは間違いない」
それが諸外国に分り分別のある行動をとる国ばかりではないだろう
だからこそ
「情報を外に漏らす存在を生かすわけにはいかない」
太一は顔を顰めると
「せやったら、マギーもあかんちゅうことやろか?」
と呟いた。
浅羽は冷静に
「そうなるね」
と告げた。
そして、遠くを見るように目を細め
「佐久良は…いや、彼女の見つめる行く先の全てがわかっているわけではないが」
コンピューターや機械仕掛けだけではこの状態が開けた時に乗り込んできた諸外国の侵略者を押さえることはできないだろう
と呟いた。
浅羽は二人を見据え
「我々は日本を江戸時代と同じようにこのまま鎖国しようと思っている」
と言い
「そのための準備は出来ている」
と告げた。
「ただそのために秋月太一君、君の協力が必要だ」
我々は君のクローンを培養し
「彼らに日本を守ってもらおうと思っている」
側にいた大学の人物の一人が
「クローン培養は既に実用段階に入っている」
何も心配はいらない
「安心してほしい」
と告げた。
響夏は目を見開くと
「それ、どういうことや」
まさか
「たいっちゃんのクローンを自分らと同じ兵士にしようとするわけやあらへんやろうな」
と睨んだ。
浅羽は両手を組みながら
「流石だね」
彼のクローンを培養して日本海側と太平洋側に配備する兵器の管理をしてもらう
「そのための教育はするつもりだよ」
もちろん
「感情のコントールもね」
と告げた。
「それしか日本を救う手はない」
呆然とする太一とは裏腹に響夏は彼の手を掴むと立ち上がった。
「話にならへん」
そんなこと
浅羽はふっと笑うと
「佐久良の計画もそれを含んでいるにちがいない」
なんせ
「今後、日本で子供が誕生する確率は皆無に等しい」
彼女の子供が生まれたとしても
「真実を知らない一般人が昼間に子供を作る発想に到達するのは少ない」
そうなれば
「クローン培養しかないだろう」
と告げた。
「もし、違うと思うなら彼女に確かめると良い」
クローンを無防備に放置するか
「我々のように兵士にして日本を守るように役立てるか」
…それだけの違いだよ…
響夏は顔をしかめると
「話にならへんわ」
帰るで
と太一の手を掴むと部屋を出かけた。
浅羽は二人を見つめ
「もし、反対するなら…戦うしかないね」
と静かに告げた。
それに側にいた大学の二人が浅羽を見た。
響夏は肩越しに振り向き
「負けへん」
未来がかかっとるさかいにな
と言い、その場を後にした。
浅羽はしまった扉を見つめ
「仕方ないね」
と言うとゆっくりと立ち上がり、大学の二人の人物を見て言葉を続けた。
「組織の人間を集めておいてもらおう」
一戦交えることになるだろうね
響夏と太一はホテルから出ると慌てて近寄ってきた武藤を見た。
武藤は響夏を見ると
「交渉は…決裂のようですね」
と告げた。
響夏は頷き
「たいっちゃんのクローンを兵士にして兵器を太平洋と日本海側に配備して嵐が解けた後に近付くモノを迎撃する予定らしい」
と告げた。
武藤は息を吐きだし
「なるほど」
と呟いた。
響夏は彼をまっすぐ見据え
「それより、一戦交えることになるやろ」
あと
「直ぐに佐久良と話がしたい」
と告げた。
武藤は冷静に
「すでに準備を整っております」
先ずは市役所に
「同時に軍に指示を出しておきます」
と告げた。
響夏は武藤が既にこのことを家康に知らせていることを理解し
「わかった」
と答えると彼の用意してた車に太一と共に乗り込み、市役所へと向かった。
大阪の中心にある市役所である。
太陽は南天に近付き、正午を知らせようとしている。
響夏は夜が来る前に全てを確認しておきたかったのである。
そして、決断しなければならないと思っていたのである。
役所の最上階にある部屋で響夏は津村家康と連絡を取ると話をした。
彼女は既に情報を得ており
「浅羽との話は決裂したみたいだね」
と第一声で告げた。
響夏はちらりと太一を見ると
「ああ、たいっちゃんのクローンを培養して兵士にするちゅうて…ホンマ冗談やあらへんわ」
と言い、家康の返答を伺った。
家康も分かっていたらしく
「そうなんだ」
確かにそれしかないよね
「普通に考えれば」
と言い
「もし、僕の区間支配計画に乗るのなら…早急にしてもらわないといけないことがある」
と告げた。
響夏は「なんや」と返した。
大きな分岐点だと感じたのである。
彼女は笑みを浮かべると
「近畿一体で大規模な健康診断をしてもらいたい」
と言い
「そこで強制的に人工授精を進める」
と告げた。
その意味。
彼女は冷静に
「僕の子供の遺伝子は正常だ」
つまり
「今回の遺伝子異常は遺伝しないことがわかっている」
だとすれば
「それぞれ夫婦の子供を人工授精と言う形で『誕生』させて未来につなぐ方法しかない」
と告げた。
「それが僕の結論だ」
関東と中部は既にその準備に入っている
「関西は…先に浅羽のことを解決しないといけないけど」
…後の助力は惜しまないつもりだよ…
響夏は苦く笑って
「クローン培養に強制人工授精やて」
ほんま嫌な二択やなぁ
と言い
「けど、ベストやのうてもベターな方を選ぶしかあらへんな」
と呟いた。
「わかった、無為な兵士を作るよりは…なんぼかマシや」
関西も区間支配計画を取り入れる
家康は頷くと
「わかった」
こっちで準備を整えるから
「今は浅羽とのことをお願いするね」
と告げた。
響夏は頷き
「せやな」
どうせ
「今夜仕掛けてくるやろ」
自分らに時間を与えへんつもりやさかいに
と告げた。
響夏は受話器を降ろすと太一を見て
「たいっちゃんは身を守っててほしい」
浅羽はたいっちゃんを狙うやろうから
と告げた。
太一は息を吐きだすと
「いやや」
と答え
「自分も戦う」
と告げた。
「響夏だけにしんどいめさせとうあらへん」
響夏は目を見開き笑顔を見せると
「たいっちゃんが身を守ることは戦う事と同じやで」
浅羽の計画の要はたいっちゃんやさかい
と言い
「せやったら、自分がたいっちゃんの側にいて守るわ」
一緒に抵抗するんやで
と告げた。
太一は頷き
「負けへんわ」
と答えた。
マギーは彼らが市役所に戻るのを確認しその近くのホテルに宿泊することにしたのである。
何か必ず動きがある。
そう確信しての行動であった。
彼女は窓から市役所の出入り口をチェックし、午後から出入りが激しくなるのを見て
「やはり、何かあるようね」
きっと日本の未来を決める何かが起きるはず
と呟いた。
陽はゆっくりと傾き、そして、夜が訪れた。
響夏は美しい女性の姿になると鎌を手に市役所の屋上に立った。
横には太一と屈曲の兵士の姿をした武藤がいた。
夜の闇が降り注ぎ人々は今仮死状態となっていた。
明るい月。
そして、浮かび上がる正面のビルを睨んだのである。
そこに巨漢の男が幾人も姿を見せたのである。
響夏は横に立つ太一を見ると
「たいっちゃんは捕まらんように身を守りいや」
武藤絶対にまもってもらわなあかんで
と告げた。
武藤は「必ず」と答えた。
響夏は頷き自分の背後と幾つかのビルの上で待機する軍のメンバーに指示を飛ばした。
「一気に片を付ける」
手加減はいらへん
「全員を捕獲や」
特に浅羽は逃したらあかへんで
と言い、飛ぶように巨漢の男たちの群れへと飛び込んだ。
闇の中で銃弾が走り、それを響夏は避けて鎌を振り上げて下ろした。
閃光が走りそれに合わせて巨漢の男が倒れていく。
取り巻くように控えていた軍のメンバーも科学者グループの増援がないと確認すると包囲網を縮めるように詰め寄った。
その時。
太一の背後に三つの影が現れ二つの影が武藤と対峙した。
太一は振り返ると正面に立つ人物を見つめ
「浅羽はんやな」
と告げた。
武藤は鋭い動きで二人を倒し、浅羽と太一の間に入りかけた。
が、太一が
「自分は大丈夫や」
と言い、浅羽を見つめ
「自分は難しいことはわからへんけど」
人を殺したり傷つけたりする道は選びたあらへん
「せやから、響夏がマギーや他の国の人を傷つけへん道を選んでくれてよかった思うてる」
浅羽はんも戦うんやめてほしい
と告げた。
浅羽は太一の腕を掴み
「そんな生易しいことでは日本は他の国に占拠される」
この嵐が守ってくれてるからそう言う幻想を抱けるんだよ
「秋月太一くん」
と言い気絶をさせようと腕を振り上げ降ろした。
瞬間に太一は向かってきた手を掴みその力を利用して背負い投げをした。
武藤は驚いたものの直ぐに浅羽を捉えると動けないように縛り上げた。
太一は浅羽を見下ろし
「浅羽はんも響夏もみんな俺が変化あらへんと言ってるけど」
本当はあの日の夜から自分の体が昼も夜も少しちゃうねん
「動きの速いもんがよう見えるようになったり…身体が軽なったちゅうか」
その程度やけど
と告げた。
浅羽はくっと笑うと
「…まさか、そんな形で遺伝子異常が出ていたとは」
しかし
「君の異常は恐らく遺伝するだろう」
二重構造ではないからな
と言い
「つくづく…君はイレギュラーらしい」
と空を見上げた。
「日本が、諸外国に乗っ取られていく様を私は見てやろう」
響夏はその間に他の科学者グループの面々を制圧し戻ると浅羽を見下ろし
「乗っ取られへん」
それを見といてもらったらええ
と返した。
そして太一を見ると
「たいっちゃん、なんで言ってくれへんかったん?」
と睨んだ。
太一が描いた女神フィナの姿でである。
太一は少し真っ赤になりつつ困ったように笑うと
「けど、身体軽くなったとか目が良うなったとか雰囲気のもんやん」
言ってええんかどうかわからんかったんや
と答えた。
響夏は笑みを浮かべ
「せやな、雰囲気のもんやな」
と答え、ゆっくりと明けていく空を見つめた。
一つの時代が訪れようとしていた。
次で終わります




