タワーマンション
遺体の引き取りが一週間先なら、一旦、福島に帰りたいところだが、帰る前に一つだけ片付けておかなければならない事があった。兄の借りているマンションの整理だ。部屋に残された私物を片付けて、部屋の解約しなければならない。本来なら息子が死んで何もやる気など出ないだろうに、こんな雑務はしなければならないのだ。世の中なんて他人の都合など考えちゃくれない。
母と私は刑事から教えてもらった兄の住所を訪ねた。兄の借りていたマンションは確かにタワーマンションだった。マンションの管理人に理由を話したところ、全て了解済みだった。管理人に部屋を開けてもらうと兄貴の言った言葉に嘘がない事が分かった。確かにリビングからレインボーブリッジが一望できるすごい部屋だった。ほら吹きの兄貴の事だから、少しは誇張されているだろうと思っていたが部屋に関して嘘はなかった。しかし、このマンションの豪華さがかえって、兄貴のやっていたマルチ商法の悪質さを物語っているように思えた。
母と二人で少し部屋を片付け始めてはみたものの、とても半日で終わる分量ではなかった。気がつくと時刻は既に夜の七時を回っていた。母と相談して、この部屋に一泊して、明日もう一日片づけをやる事にした。母と二人で近所のファミレスで夕食を済ませた。朝五時起きで福島を出発して既に夜の八時だ。しかも、身元確認やら、部屋の解約やら、部屋の片づけやらと馴れない仕事ばかりでさすがに私もクタクタだった。
「母さん、今日はもう疲れたろ、風呂に入って寝ちまえよ」
「うん、そうしようか」母は兄貴の死の事もあり、身も心もだいぶ参っているはずだ。
私達は風呂に入り、少し早めに寝る事にした。母をベッドに寝かせ、私はソファに寝た。
少しの沈黙の後、母がつぶやいた。
「信一はこんな部屋に住みたかったのかねえ」母は自分を責めるような言い方をした。
「兄貴は見栄っ張りなんだよ、こんな部屋の為に他人を騙して殺されてりゃ世話ねえよ」私は母をかばうつもりで言ったはずだった。
「何もそこまで言わなくったっていいだろ。信一にだって信一なりの思いがあったんだよ」母は泣いていた。
思い?どんな思いだよ、タワマンに住んで高級スポーツカーに乗ってみんなを見返してやりたかっただけだろ―そんな言葉が頭に浮かんだが言葉にする事はせずに、ただ「ごめん」とだけ言って私はソファの背もたれに顔を向けた。
翌日は朝から忙しかった。部屋の私物を一つ残らず片付けて、最低でも最終の新幹線に乗らなければならないのだ。買い取り業者に来てもらい、家具は引き取ってもらった。良い家具が揃っていたらしく、結構な金額で引き取ってくれた。細かい私物は片っ端から段ボールに詰め込み、福島の自宅へ宅配便で送ることにした。
使った雰囲気のない北側の一部屋にはマルチ用のパンフレットや商品が大量に積まれていた。しかし、もう片方の北側の部屋は妙にきれいにしてあった。神棚のようなものが設置され、その中央に直径十センチ程度の黒い水晶玉が恭しく置かれていた。
「母さん、これ何かな?」リビングを片付けている母に向かって声を掛けた。
「何だろうね?黒水晶のようにも見えるけど」
「黒水晶?」
「お守りとして使われるって聞いた事があるけど」
「ふーん、ずいぶん大事にしてたみたいだね」
「それも一緒に供養してあげようか」
とにかく部屋の物全てを段ボールに詰め込んで福島の実家に送った。
つづく




