凱旋
兄貴が金の無心に来てから半年が経っていた。私は母が兄貴に金を渡した事などすっかり忘れてしまっていた。この半年間、特に変化のない落ち着いた日々が続いていた。
その日、夕食を済ませた私と母の二人は居間で面白くもないテレビ番組を何となく見ていた。夜九時を少し過ぎた頃、アパートの外から車のエンジン音が聞こえた。アパートの前は狭い路地で普段あまり車が通る事は無かった。
「ただいまー」兄貴がやって来た。
「どうしたの、突然」母は少し動揺している様子だった。やはり金の無心をされると思っているのだろうか。ところが兄貴はいきなりテーブルの上に金を置いたのだ。しかも帯のしてある札束を二つ。つまり二百万円だ。
「母さん今まで借りてた金、やっと返せるよ」兄貴は得意気だった。
「どうしたの、急に?別に急がなくてもいいんだよ」口ではそう言ってはいるものの、母はほっとした様子だった。
「いや、今度始めたビジネスがやっと軌道に乗り始めてさ、少し余裕が出来たから、今のうちに返しておこうと思って。」兄貴は得意気に言った。今までコソコソと金を借りに来ていた時とは明らか態度が違った。
「だから言ったろう、ビッグビジネスだって」それは明らかに私に向かって言った言葉だった。
「母さんと修司で今度、俺のマンションに遊びに来いよ。すごいぞ、レインボーブリッジが一望できるタワーマンションだ。」兄貴はべらべらと自慢話を続けた。母と私に成功した自分を見せつけたいのだろう。凱旋―そう、兄貴にとってこれは凱旋なのだ。
母はすごいすごい、と手放しに喜んでいる様子だったが、私は、あの兄貴が本当にビジネスで成功したのだろうかと半信半疑だった。私の兄貴に対する嫉妬心がそう思わせたのかもしれないが。
兄貴は一通りの自慢話を終えると言った。「それじゃ俺そろそろ帰るわ、明日も忙しいんだ」
母と私は外に出て兄貴を見送った。アパート前の通りには兄の乗って来た赤い高級スポーツカーが止まっていた。兄は誇らしそうにその赤の高級スポーツカーに乗り込むと、ウィンドウを下げ「じゃ、また来るから」そう言って軽くクラクションを二回鳴らした。兄貴の車は暗闇の中へ消えて行った。
つづく




