終焉
私と村田さんは車で福島まで送ってもらえる事になった。藤堂邸を出発した時、すでに夜中の二時を過ぎていた。藤堂の部下二人が運転席と助手席に乗り、私と村田さんは後部座席に並んで座った。
私と村田さんは福島へ着くまでの四時間、一言もしゃべらなかった。二人とも窓の外をずっと見ていた。と言っても真夜中だ。見えるものと言ったら外灯の明かりくらいしかなかった。
藤堂の部下たちは一度運転を交代しただけで、四時間もの長時間の道のりを運転してくれた。福島の「村田探偵社」に到着した時、既に時刻は朝の六時を過ぎていた。
事務所についてからも私たち二人に会話はなかった。二人とも藤堂に魂を抜かれてしまったかのようだった。
「それじゃあ、帰ります」それが私の唯一発した言葉だった。
「ああ」村田さんもそれしか言わなかった。
長い長い一日が終わった。
アパートに着くと母さんはまだ寝ていた。私は母さんを起こさないように、そーっと自分の部屋に入り、布団に入った。私はなかなか寝付けなかった。自分の部屋で布団に入り天井を見つめていると、さっきまでの藤堂邸での出来事が現実とは思えなくなっていた。信じられない出来事だった。それでも天井をずっと見つめているうちにいつの間にか眠っていた。
翌朝起きるとお昼の十二時を過ぎていた。食事の用意がしてあった。私は食事をとりながらこれからの事を考えていた。もうこれで全てやり尽くした。もう私に出来る事は何もない。吉谷響子さんには申し訳ないが、私達が手出しできるような相手ではないのだ。鈴木貴子さんにも中途半端な事を言ってしまった。
それからは、ただバイトをするだけの毎日が続いた。私は自分が抜け殻になっているのを感じていた。藤堂邸での夜がいまだに忘れられない。藤堂は今も息子への弔い―という名の抹殺―を続けているのだろうか?ニュースで殺人事件を目にするたびに考えてしまう。しかし、幕はあっけなくそして唐突に下ろされた。
「バブル時代の申し子藤堂総一郎さん死去」
藤堂邸での夜から約一か月、新聞の片隅に小さな死亡記事が載った。死因は脳溢血だったと伝えていた。あっけないものだ。あの夜、あんなに熱く語っていた藤堂はもうこの世にいないのだ。
確かに、藤堂のやった事は許されるものではない。しかし、なぜか私には藤堂さんをただの殺人鬼とは思えないのだ。息子を失った悲しみ、人生の虚しさ、あの夜の数時間の交流の中で私は何かを学んだ気がする。その時、私は急に思い立ち、吉谷響子さんに電話した。
「もしもし、修司くん?もうダメだよ」響子さんは電話の向こうで泣いていた。当然だ。明らかに冤罪なのだから。政財界に強い影響力を持つ藤堂氏からの圧力が働いていた事は容易に想像がつく。
「弁護士さんが控訴してくれたけど、新しい証拠でも出ない限り逆転無罪なんて無理だよ」初めて会った時の響子さんからは想像も出来ないほど弱気になっていた。逮捕からの数カ月でかなり精神が参ってしまったのだろう。
「響子さん、大丈夫ですよ。もう心配いりません。黒幕だった人物は亡くなりましたから。響子さんは必ず無罪放免になります」
「本当?じゃあ、村田さんと修司くんで犯人を突き止めたんだね。」響子さんは信じられないといった感じでとても驚いていた。
「そうですね。詳しい事は話せないんですが、一応そういう事になりますね。だから、もう安心して下さい」
「本当?本当に本当なんだね。信じていいんだね。ありがとう」響子さんは号泣していた。私も少しだけ肩の荷が下りた。後は三か月後の無罪判決を待つだけだ。
つづく




