エピローグ
村田さんと連絡を取らなくなってから三カ月が過ぎた。そろそろ響子さんの控訴審も始まる頃だ。私は相変わらずコンビニのバイト生活を続けていた。もう村田さんと調査をする事はないんだし、そろそろ就職をしなければいけない事も分かっていた。
その日もいつも通りコンビニのバイトで一日が始まった。休憩中に携帯が鳴った。響子さんからだった。
「修司くん、私、吉谷響子。やったよ。君の言う通りだったよ。難しい事はよく分かんないから、そのまま読むね。えー、検察の主張は、間接事実に基づく推認にとどまり、自殺または事故による可能性を否定できない。つまり、私、無罪だって。」電話の向こうで狂喜乱舞している響子さんの姿が目に浮かんだ。
「良かったですね。おめでとうございます」
「ありがとう、二人のおかげだよ。それでさ、今夜、大宮まで来れない?みんなで祝杯をあげようよ。村田さんも誘ってさ」
「実はあの後、村田さんと連絡とってないんですよね」私は暗い声で答えた。
「なんで?喧嘩でもした?」
「いやそういう訳じゃないんですけど」
「じゃあ、問題ないじゃん。誘って一緒に来てよ。村田さんには調査費用をはずみますよ、って言っておいて」響子さんはノリノリだった。
「あっはっはっ、それだったら、村田さんは喜んで行くかもしれませんね」私は笑いながら言っていた。こんなに無邪気に笑ったのは本当に久しぶりだった。
バイトを終わるとすぐに村田さんに電話しようとした。しかし、何から喋り始めていいのか分からず、携帯のボタンを押す手が止まってしまった。とりあえず響子さんからの伝言を預かっている事から話し始めることにした。
「はい、村田探偵社です」
「あのー、ご無沙汰しています、若田部修司です」
「本当に久しぶりだね」村田さんはいつも通りだった。
「えー、実は吉谷響子さんから電話をもらいまして、彼女、今日、無罪判決が出たそうです」
「良かったー。やっぱり気になっていたからね」
「それで響子さんからの伝言なのですが、調査費用を払いたいので、今夜、大宮まで来て下さいとの事です」
「調査費用?」
「ええ、響子さん、無罪になれたのは私と村田さんのおかげだってすごい感謝してました。だから調査費用もはずみますって」
「そっかー、うちも生活ギリギリだしな。有難く頂戴しに行こうかな」
「もし村田さんが行くのであれば、私も一緒にという事なんですけど。どうですか、大宮まで新幹線で一時間四十分。また二人で一緒に乗りませんか」
「そうだな、一緒に行こうか」
「はい」
私と村田さんは福島駅で待ち合わせて、夜六時四十一分の東北新幹線に乗った。初めのうちは気まずかった。私は何から話し出せばいいのか分からなくて緊張していた。
「修司さん」村田さんの方から話を切り出してくれた。
「君に四カ月間連絡しなかったのは、あの藤堂邸での出来事がショックでね。誰とも口をききたくなかったんだよ」
「はい」
「日が経つにつれて、藤堂の言葉がやけに重く感じて来てね、正直仕事もあまりやっていなかったんだよ」
「はい」
「藤堂のようにいくら金を掴んでも、死ぬ間際に幸せを感じられなかった奴もいる、そう考えるとなんだか虚しくてね」
「はい」
「金って何なのか?生きるって何なのか?そんな事をずっと考えていたんだ」
「はい」
「でも結論は出なかった。ただ、藤堂の言う通り、金の奴隷にだけはなるまい、それだけは決心したよ。あの日の藤堂の言葉、あれは藤堂の遺言だったんじゃないのか、今はそんな風に思っているんだ」
「はい」
「何だよ、さっきから、はい、しか言わないじゃないか」村田さんは少しおどけて見せてくれた。
「いや、私も同じなんです。あの藤堂邸での夜は僕にとって衝撃でした。強烈すぎて、この四か月間、僕は抜け殻の様でした。」
村田さんは黙って私の顔を見つめた。
「ただ、藤堂さんの最期の心の叫びを聞いて、フェラーリに乗る事やタワーマンションに住む事は決して人生の目標になり得ないんだという事だけは分かった気がします」
「うん」
それから二人は黙ってそれぞれの世界に入り込み、考えに耽った。
我々二人は夜九時前に響子さんの指定した店に到着した。
「来てくれたんだー、うれしいー」そう言うと響子さんは私と村田さんに抱きついてきた。響子さんの巨大な胸が私の体に強く押し付けられてきて、私の心臓のドキドキはしばらく止まらなくなってしまった。
終




