邂逅
「修司さん、大丈夫でしたか?」村田さんは元気そうだった。
「私は大丈夫です。村田さんこそ、いつからここに監禁されているんですか?」
「修司さんと最後に連絡を取った一週間後くらいだったと思います」
「じゃあ、もう一週間もここに監禁されているんですか?」
「ただ、監禁なんてひどいものではなく、ホテルに泊まっているのと変わりなかったですよ。食事は美味かったし。外に出られない事が少々ストレスにはなりましたけどね」意外にも村田さんからは余裕が感じられた。その時、私は何となくピンと来た。
「もしかして、村田さんはあの電話の後も一人で調査を続けていたんじゃないですか?」
「ははは、やっぱり分かりますか?」
「だって、そうじゃなければ、いきなりこんな所に監禁されるわけないじゃないですか」
「ええ、刑事時代の同僚にも止められていたんですが、どうしても気になってしまって。気づいたらこの有り様ですよ」村田さんは笑っていた。
「でもどうして一人で?」私は理由を知りたかった。
「警察にも圧力をかけてくる位の人物ですよ。素人の修司さんに頼めるわけないでしょ」村田さんの口調は厳しいものに変わっていた。
「そうですよね、すみません。私なんかが調子に乗ってしまって」私は何の力にもなれない自分が情けなかった。
「いや、言い過ぎました。そういうつもりではないんです。ただ、あまりにも危険な捜査になりそうだったので」
「いえ、大丈夫です。すみません。気を遣わせてしまって」豪華な応接室は私のせいで静まり返ってしまった。私は気を取り直して村田さんに尋ねた。
「でも、どうして私までここに連れてくる必要があったのでしょうか?」
「うーん、厄介な事にならないように、私の事務所を見張っていたんじゃないですか?もし修司さんが警察にでも駆け込んだら面倒な事になりますからね」
「あー、なるほど」それなら私にも合点がいく。
「それと、ここの主人は吉谷響子の裁判が終わるまでは、私たちにコソコソ嗅ぎまわられたくないみたいですね」
私は村田さんのその言葉を聞いて大事な事を思い出した。
「そうですよ、私は響子さんの事を相談するために村田探偵社に言ったんですよ。そうしたらこんな事に」
「それは申し訳ない事をしましたね、修司さんには事務所に近づかないように一言、言っておくべきでした」
「俺の事はいいんです。でも、響子さんがとうとう有罪に―」
「さっき、私もニュースで知りましたよ。彼女には本当に悪い事をしました。調査依頼を受けておきながら、私には何もできなかった」村田さんは落ち込んだ様子を見せた。
「でも、なぜそこまでして響子さんを有罪にする必要があったんでしょうか?」私が村田さんに質問するとあらぬ方向から声が聞こえてきた。
「彼女が金の奴隷だからさ」それは私と村田さん以外の声だった。私と村田さんが声のする方向に目をやると、そこには八十歳くらいの男性が立っていた。
「あなたはー」老人の顔を見た村田さんはかなり驚いた様子だった。
「私を知っているのかな」その老人は尋ねた。
「私の歳であなたの事を知らない日本人はいませんよ」
「有名な人なんですか」私には見たこともない人だった。
村田さんはその老人にも聞こえるように大きな声で説明してくれた。
「この目の前にいる人はね、バブル時代に一時代を築き、世界長者番付にも名前を連ねたすごい人なんだよ」
老人はにやりと笑みを浮かべた。村田さんは説明を続けた。
「この方の名前は藤堂総一郎―彼は両親が細々と営んでいた街の小さな不動産屋を引き継ぎ、丁度そのタイミングで訪れた「バブル」という波に乗り、地上げに次ぐ地上げで巨万の富を築き上げたんだよ」
バブル景気―私たち世代の人間は、テレビや教科書でしか知る事の出来ない夢の時代だ。
「それだけじゃない、彼はバブル崩壊という前代未聞の大不況をも乗り越えて伝説の人物になったんだ」
「ふふふ」藤堂総一郎は笑っていた。
「彼は、総量規制、という天下の悪法の噂を聞くやバブルの崩壊を確信し、所有しているすべての不動産を売り払った。そしてその現金を使って、バブル崩壊で弱り切っていた優良企業を根こそぎ買収した。銀行、証券会社、IT企業を次々と傘下に収め、一代帝国を築き上げたんだ。」
そんな大物が今、目の前にいる。そう考えただけで私の足は震えた。
つづく




