拉致
その後、村田さんから連絡がくることは無かった。スーパーを辞めた私は、とりあえず近所のコンビニでバイトを始めた。スーパーには戻る気になれば戻れたのかもしれないが、いつ村田さんから調査の再開の電話が来てもいいように身軽な立場でいたかったのだ。しかし、バイト以外何もしないまま、無為に時は流れた。
村田さんとの最後の電話から二週間が過ぎた頃、俺の携帯が鳴った。しかし着信は村田さんからではなかった。意外な事に響子さんからの電話だった。
「ねえ、どうなってんの?村田さんと連絡がつかないんだけど」電話口の響子さんはいらだっていた。「もう裁判が始まっちゃうよ。まだ真犯人は見つからないの」
真犯人どころか調査すらやってないなどとは響子さんが気の毒でとても言えなかった。
「申し訳ありません。調査が難航していて」なぜか私は村田さんを庇うような言い方をしていた。
「進展があったらすぐに電話してよね、本当にお願いね」切羽詰まっている響子さんの気持ちは痛いほどに伝わってきた。しかし、私一人では何もできないのだ。調べる術もない、頼れるツテもない。一人の私は本当に無力だった。
響子さんとの電話から三日後、その日のバイトが終わり、母と静かな夕食をとっている時、テレビから緊急速報を知らせるチャイム音が流れた。
―資産家夫殺人事件、妻山崎響子に有罪判決―
―資産家夫殺人事件、妻山崎響子に有罪判決―
テレビ画面の上部に緊急速報のテロップが二回流れた。とうとう響子さんが有罪になってしまった。私は食事の手を止めてテレビ画面を見つめた。NHKのアナウンサーが緊急速報を伝えている。俺は矢も楯もたまらず、おんぼろ自動車で村田探偵社を目指した。車を走らせ二十分ほどで村田探偵社に着いた。おんぼろビルの三階へ駆けあがると、事務所の明かりは点いていなかった。
「出かけてるのか」そう呟き、居ないと分かっていながらもドアのノブを回してみた。開いていた―ドアにはカギがかかっていなかった。電気をつけると、事務所の床には書類が散乱していた。
村田さんに何かあったんだ―そう直感した次の瞬間、私は布のようなもので顔を覆われていた。一瞬の出来事に何が何だか分からなかった。すぐに私は何人かの人間に抱えられ、外に連れ出された。そしてすぐに固い板の上に投げ出された。バンッーその音は車のトランクの閉まる音だとすぐに分かった。私は車のトランクの中に閉じ込められたのだ。私を乗せた車はすぐに走り出した。マフラーを伝わる音が体中に響いた。車は十分位走ると停車し、トランクが開けられた。トランクの中で顔を布で覆われ、何も見えずに横たわっている私に向かって、話しかける男の声が聞こえた
「これから黙って俺たちのいう事を聞く事が出来るか?」
私は無言のまま二回大きくうなずいた。
「よし、そのまま声を出すなよ」男の声が聞こえた後、私の顔を覆っていた布が外された。見ると、車のトランクを囲むようにスーツ姿の男が四人立っていた。
「俺たちはお前に危害を加えるつもりはない。ただ、俺たちのいう事を素直に聞いてくれればいい」
やはり私は無言のまま二回大きくうなずいた。
「いいか、選択肢は二つある。これから車を四時間ほど走らせる。その間、一言もしゃべらないと約束出来るのであれば、車の後部座席に座らせてやる。もし約束できないのであれば、このままトランクの中に四時間いてもらう、どうする?どちらか好きな方を選べ。」
「しゃべりませんので車の後部座席に座らせて下さい。」私は小声で答えた。
「よし、約束は必ず守れよ」そう言うと男たちは後部座席の中央に私を座らせ、私の両側には二人の男が座った。周りをよく見ると、ここは高速道路の入り口のすぐ近くの空き地だった。
車は福島西インターから東北自動車道にのり東京方面へ向かった。車は暗闇の東北自動車道を走り続けた。途中一回だけトイレ休憩があったものの、四時間もの間、車の座席に座り続けるのはかなりの苦痛だった。車は東北自動車道から首都高に入り天現寺出口を降り一般道に入った。そこから先は土地勘のない私にはどこをどう走っているのか全く分からなかった。ようやく車が停まったのは大きなお屋敷の大きな門の前だった。
「降りるぞ」男たちの声で私はようやく車から降りることが出来た。私は男たちの後について、その屋敷の大きな門の横にある通用門をくぐって中に入った。男たちは大きな屋敷の扉を開け、私を一つの部屋に案内した。その部屋は豪華な応接室だった。高価そうな調度品、革製のソファー、そしてガラスのテーブルの上にはお酒とグラスが用意されていた。
よく見ると革製のソファから頭が一つ飛び出ている。どうやら先客がいるらしい。私が二、三歩前に踏み出すとその先客は立ち上がり私の方を振り向いた。そこに立っていたのは苦笑いを浮かべた村田さんだった。
つづく




