頓挫
山崎三郎の自宅は吉谷響子のマンションから歩いて数分のところにあった。響子に渡された合い鍵を使い家の中に入ってみると、部屋は警察によって捜索されたままの状態で、書類やごみが散乱していた。とにかく我々の狙いは書類だ。山崎が金貸しをやっていた証拠、裏社会とのつながりを示す何か。私と村田さんは出来る限りの書類を鞄と紙袋に押し込み、山崎三郎の家を出た。
私と村田さんは、これからすぐに福島に戻り、限られた書類の中から出来る限りの手掛かりを探す事にした。一旦、合い鍵を返す為に吉谷響子のマンションに寄ると、響子さんは「よろしくお願いします」と深々と頭を下げてきた。
私達二人は大宮駅から東北新幹線に乗り福島駅へ向かった。福島駅からタクシーを使い村田探偵社に到着したのは夕方の四時前だった。事務所のテーブルに集めた書類を全て並べた後、村田さんは「いやー、さすがに疲れましたね、今日のところはこれで解散にしましょう。書類を調べるのは明日からでいいでしょう」と言ってくれた。
「それじゃ、お疲れさまでした」私はそう言うとおんぼろ自動車で自宅のアパートへ帰った。しかし、私の知らないところで、村田さんは秘密裡の仕事をしていた。私が帰りの車を運転している頃、村田さんは刑事時代の同僚―尾花に電話をかけていた。
「悪いんだが、少し調べてもらいたい事があるんだ」
「うん?厄介ごとはごめんだぞ」尾花は冗談めかして言った。
「まずは、マルチの古株に原口勝という奴がいるんだが、そいつの交友関係を教えて欲しい、それに、資産家夫殺人事件で裁判中の例の山崎三郎、山崎は闇金をやっていたと思うんだが、彼の金主もしくはケツ持ちのヤクザ、そのあたりを調べて欲しいんだ、最後は名字だけなんだが、谷岡という名前の男、こいつは前の二人と何か関係性は無いか、悪いがこれらを調べて教えてくれないか?」村田は真剣な口調で頼んだ。
「ふー」電話の向こうで尾花は大きく息を吐いた。
「悪いがな、村田。それは駄目だ」尾花は意外な答えを返してきた。
「どうして?まだ名前しか言ってないだろう」村田は困惑していた。
「原口勝と谷岡という奴の事は分からんが、山崎三郎まで絡んでいるとしたら、俺には手出しができん」尾花はふてくされたようにそう言った。
「はっ」村田はすぐに気がついた。「もしかして上からストップがかかっているのか?」
「ああ、それもかなり上からの圧力らしい。それに検察はこのまま吉谷響子を有罪にもっていくつもりらしいぞ」
「そんな馬鹿な」村田は全てを打ち砕かれた気分だった。「そうか、悪かったな」村田は全てを察して電話を切った。
そんな事があった事を知らない俺は、仕事から帰ってきた母とけんかになっていた。
「スーパーに辞表を出したってどういう事、信一が死んでからあんたおかしいよ」母はスーパーに電話をかけて私が辞表を出した事を知ってしまっていた。
「当たり前だろ、兄貴が殺されたんだぞ、普通でいられる方がおかしいよ。母さんに相談もせずに辞表を出したことは悪かった、謝るよ。だけど、兄貴の事はどうしても諦めきれないんだ」俺も興奮して大声を出してしまった。
「勝手にしなさい」それきりは母は私と口をきかなかった。それでも母は食事の支度だけはしてくれた。母も兄貴の事で動いている私の気持ちを、少しは察してくれているのだろう。無言の食事を終え、自分の部屋で休んでいると私の携帯が鳴った。村田さんからだった。
「修司さん、しばらく調査は延期しましょう」
「えっ、どういう事ですか」急な申し出に私は困惑していた。
「とにかく、今は動けないんですよ」村田さんの声には力が無かった。
「何かあったんですか?」
「今は何も言えません。また連絡します」村田さんはそう言うと電話を切ってしまった。事情の分からない私は部屋の中でただ立ち尽くしていた。
つづく




