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響子からの依頼

「今日のところはこれで帰ります。しかし、あなた方は決して許されない罪を犯したんです。その事だけは忘れないで下さい」村田さんは静かな口調で二人を諭すように言った。清水の妻と娘は顔上げることなく泣いたままだった。

 清水安男の家を後にし、船橋駅へ向かう途中で私は村田さんに言った。

「村田さん、真実を知るって辛いですね」

「そうですね。長年こんな仕事をしていると、どうにもやりきれない真実を目の当たりにしてしまう事があるんですよ。」村田さんは悲しそうにつぶやいた。

「それで、これからどうします?鈴木貴子さんに今日の報告をしますか?」私は場の雰囲気を変えようとわざと少し明るめの声で村田さんに尋ねた。

「いえ、この件はここまでにして、次は大宮の吉谷響子の事件を調査しましょう。」と村田さんは答えた。

 私はこの時、村田さんの調査方法に若干の違和感を持った。マルチの指南役原口勝の件にしても、清水安男に殺人依頼をしたであろう谷岡という人物の件にしても、なぜ中途半端なところで調査を中断するのだろうか。

「まだ九時ですね、今からなら、帰りの新幹線に間に合いますが、どうします?一旦福島へ帰りますか?それとも、このまま大宮の調査を続けますか?」村田さんはまだ私に気を遣ってくれている。

「いえ、二度手間になってしまっては時間がもったいないですから、今日はこのままこちらに泊まって明日一番で大宮の調査に向かいましょう」私はもう振り返らないと決意したのだ。

「お母さんは大丈夫なんですか?」

 スーパーに辞表を出したことはまだ母には言ってはいなかった。もめるのは目に見えているから言わずに出てきてしまった。

「母には電話しておきますから、ご心配なく」

「分かりました。では今日は船橋に一泊して、明日一番で大宮へ向かいましょう。今、吉谷響子さんは保釈されご自宅にいるはずです。アポなしですが、朝一番に行ってみましょう」さすがに村田さんの判断は速い。

 私と村田さんは船橋駅前のビジネスホテルに泊まった。私は部屋に入るとすぐに母に電話を入れた。「もしもし、母さん。俺今日は帰れないから。でも心配しないで、また連絡する」私は母の答えも聞かず、それだけ言って電話を切ってしまった。私はシャワーを浴びると疲れが出たのか、あっという間に眠ってしまった。

 翌日は朝の八時にロビーに集合だった。私がロビーに降りて来ると村田さんは既にチェックアウトを済ませ、ロビーのソファに腰かけて新聞を読んでいた。我々は八時ちょうどにホテルを出発した。

 千葉県の船橋駅から埼玉県の大宮駅までは電車でおよそ一時間半の距離だ。大宮駅に到着し、大宮のキャバ嬢―美咲に教えてもらった吉谷響子のマンションに向かった。響子さんのマンションに到着するとテレビ局なのだろうか、カメラマンと記者の一団が響子さんの姿をとらえようと待ち構えていた。これでは響子さんも部屋に閉じこもっているしかないだろう。

 我々は記者たちを尻目にエントランスからインターホンで響子さんの部屋を呼び出した。

「はい」響子さんの声だった。

「先日、面会に伺った探偵の村田なんですけど」村田さんがそう言うと「今開けますね」と言って響子さんはあっさりとオートロックを解除してくれた。

 エレベーターで七階まで上がり、響子さんの部屋の呼び鈴を鳴らすと、響子さんはドアを開けて出て来てくれた。「どうしたの?突然」響子さんはなぜかうれしそうだった。部屋にずっと閉じこもりっきりで我々ような来客でもうれしかったのだろうか?

「すみませんね、突然押しかけてしまって。住所しか分からなかったもので、直接来てしまいました」村田さんは恐縮しながらそう言った。

「あーそっか、じゃあ今度は携帯の番号教えとくね」響子さんは大宮警察署の留置所で会った時よりも数段元気になっていた。

 私と村田さんはリビングに通されソファに座った。

「でも起訴されるなんて意外でしたね」村田さんが切り出した。

「でも適当過ぎない、私以外に犯人はあり得ないってのが理由なんて」響子さんは怒ってはいたが、無罪を勝ち取る自信があるのだろう、さほど深刻そうではなかった。

「それで、何か分かったの?」やはり暇を持て余していたのだろう。響子さんは興味深そうに聞いてきた。

「ええ、以前もお話したご主人と息子さんを交通事故で亡くされた方ですが、あれは事故ではなく殺人でした」村田さんは響子さんに鈴木貴子の件を教えた。

「えっ、殺人?どういう事?」響子さんはかなり驚いていた。

「残念ながら、まだ犯人もその理由についても分かっていません。ただ黒い玉を送り付けられた人間という共通項から考えると、おそらく響子さんもその犯人たちに嵌められたのだと思います」村田さんは落ち着いた口調で静かに言った。

「えっ、なんで?私を殺人犯に仕立て上げて、誰に何の得があるって言うの?」響子さんは興奮して大きな声を出した。

「ええ、そこが大きな謎なんですよ、どの事件を考えても犯人たちの意図が全く分からない」村田さんは冷静に答えた。

「でもその犯人たちが特定できれば、私は無罪になる訳でしょ。お願い、その犯人を見つけて。」確かに響子さんにしてみれば切実な問題だ。

「私も調査の依頼をするわ、出来る限りのお金は払うから、犯人を絶対見つけてね」響子さんは村田さんに正式に調査依頼をしてきた。

「ええ、もちろんやるだけの事はやります。そこで、響子さんの亡くなったご主人山崎三郎さんについてもう少し詳しく知りたいんですよ」

「でも、この前も言った通り、私もあの人の事ほとんど知らないのよね。あっ、でも、もし必要なら山崎さん家の合い鍵を持ってって。私から聞くより家の中を調べた方が何か分かるんじゃないかな」そう言うと響子さんは山崎三郎の自宅の合い鍵を貸してくれた。

 我々二人が響子さんのマンションを出ると報道陣はまだ待機をしていた。駅へ向かう途中で私は村田さんに尋ねた。

「警察は事故と殺人の両面から調べていたんですよね。もう調べ尽くしているんじゃないですか」

「いや、黒い玉の事や一連の事件につながりがある事を知らないとなると話は別です。何か見落としているかもしれません。とにかく山崎三郎氏の金貸しとしての実態が知りたいですね。出来ればその先の背後関係まで」

 調べれば調べるほど相手が巨大なものに感じてきて私は身震いをした。

つづく

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