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罪業

 気がつくと我々は二人とも眠っていたようだ。店員につまみ出されずに済んだのは幸いだった。わずかな時間だったが目を閉じてウトウトするだけでも意外とすっきり出来るものだ。私と村田さんは喫茶店を出て駅ビル内の店でサングラスを購入した。こうすれば少しは強面になり、取り立て屋っぽく見えるだろうという村田さんのアイデアだった。しかし、私の顔にサングラスはどう見ても似合わなかった。そんな私のサングラス姿を見て村田さんはクックックッと声を殺して笑った。怒ってサングラスを外そうとする私に「大丈夫、似合ってるよ」と村田さんはなだめすかした。こんなやり取りが私には楽しかった。私はいつのまにか村田さんを本当の兄のように感じていた。兄貴ともこんな風に仲良く出来たら良かったのに、私は今さらながらそう感じていた。

 コーヒーを飲み、仮眠をとり、サングラスまで購入したものの、暗くなるにはもう少し時間をつぶす必要があった。仕方ないので、時間調整のしやすい回転寿司で早めの食事をする事にした。私達はボックス席に向かい合うように座り、時間を見ながらのんびりと食べた。

 夜の七時を過ぎ、回転寿司の店外に出ると日はすっかり落ちて、船橋は夜の街に変身していた。今から出発すれば、あの家の食事が終わる頃にちょうど良く着く事が出来るだろう。私と村田さんは店を出てゆっくり歩きながら清水安男の家に向かった。

 清水安男―玄関には主の帰りを待つように表札が掲げられていた。

 ドンッドンッドンッ、村田さんはわざと強くドアを叩いて大きな音を出した。中から慌てた様子で清水安男の妻らしき女性が現れた。

「何ですか?」女性は明らかに怯えていた。サングラス姿の二人を見て「いったい何なんですか?こんな時間に」それでも女性は気丈に聞いてきた。

「あんた、清水安男さんの奥さんでしょ、今月のうちへの入金がまだなんですよ」村田さんはドスを聞かせた声で言った。

「何を言ってるんですか、うちの借金は全て谷岡さんが肩代わりしてくれたはずです」清水の妻は少し大き目の声で言った。と同時に奥の部屋から「お母さん」と制止するような声が聞こえてきた。声の感じからして清水の娘であろう。

 しかし、奥さんの今の一言で全てがはっきりとした。村田さんは私の方を向き軽くうなずいた。我々二人はサングラスを外し、村田さんは名刺を奥さんに差し出した。「私、実はこういう者なんですよ」

「探偵?」清水の奥さんは困惑した様子を見せた。村田さんは構わずに本題に入った。

「奥さん、鈴木貴子という名を覚えてますよね。」

 奥さんは下を向いたまま、何もしゃべらなかった。

「あなたの旦那さんがひき殺した男の奥さんですよ。そしてひき殺された子供のお母さんでもあります。」

 それでも清水の妻は下を向いたまま何も話そうとはしない。

「清水安男に大事な二人を殺された鈴木貴子さんから調査依頼を受けましてね。こうして伺った訳なんですよ」村田さんは畳み掛けるように続けた。

「奥さん、その谷岡っていう人物が借金を肩代わりする代わりに、清水さんは二人をわざとはねたんですね」

「違います。あれは事故です。裁判だって終わってるじゃないですか」清水の妻はやっと口を開いた。

「いえ、あなたの先ほどの言葉を聞いて確信しました。あれは事故なんかじゃない、殺人です。これから警察に相談して谷岡という人物を探してもらい、再捜査をお願いするつもりです。」嘘だった。日本の法律では、一事不再理といって、一度確定した裁判をやり直すことはとても難しいのだ。しかし一般人がそんな事を知るわけがない。

「やめて下さい、お願いします。警察にだけは言わないで下さい」清水の妻のこの一言は、これが殺人である事を認めたのと同じだった。

「あなたの旦那さんは二人を殺しただけじゃない。残された家族までも地獄に突き落としたんですよ。その人はいまだに鬱状態で家から一歩も外に出ることが出来ないんですよ。」村田さんの言葉は厳しかった。清水の妻と娘は二人とも泣いていた。

「見ず知らずの他人を犠牲にしてまで自分たちだけは助かりたいだなんて、あなた達には人間の心が無いんですか」

「あなた方に私達の気持ちなんか分かりませんよ」清水の妻は泣きながら大きな声を出した。

「朝早くから夜遅くまで借金取りが家に押しかけては入れ替わり立ち代わりにドアを叩いていく。私達に出来る事といったら息をひそめて部屋の陰に隠れている事だけ。私達は何年もの間、地獄の底にいたんです。私は他人を地獄に突き落としてでも助かりたかった」

清水の妻は叫ぶようにそう言った。そしてそう言った後、床に突っ伏して泣いた。彼女の叫び声は悲鳴のようにも聞こえた。


つづく

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