故意
午前十時、私と村田さんは鈴木貴子の家に到着した。貴子の家のカーテンはいまだに閉め切られたままだった。やはり人目が気になるのだろう。他人なんて本人が居ないところで、どんな噂話をしているか分かったものじゃない。しかし、こんな状態を続けていては貴子の精神が持たないのではないだろうか。どこか離れた場所に引っ越しでもすればよいのに―私がそんな事を考えていると、村田さんは既に呼び鈴を鳴らしていた。玄関のドアが少しだけ開き、鈴木貴子がドアのすき間から顔をのぞかせた。
「すみませんね、何度も押しかけちゃって」村田さんは少し小さめの声で言った。
「いえ、どうせ出かける気にもなれませんし」久しぶりに見る貴子の顔色は悪く生気を感じられなかった。
リビングに通され、三人で向かい合わせにソファに座ると、すぐに村田さんが切り出した。
「清水安男の裁判記録をお持ちですか?」村田さんは面会の事は切り出さず、意外な方向から話し始めた。
「はい、あの時の裁判の書類でしたら弁護士さんにコピーを貰ったと思います」
「ちょっと拝見出来ますか」
貴子は奥の部屋から裁判関係の資料を取って来てくれた。
「拝見します」そう言って村田さんは裁判記録を真剣な目つきで読み始めた。
「この清水安男という男、住所が千葉県船橋市になっていますね」
「そうでしたか?正直言って裁判の事はあまり覚えてなくて」
無理もない。夫と息子をいっぺんに亡くし、突然たった一人になってしまったのだ。
「でも事故は貴子さんのご自宅からいくらも離れていないところで起きてますよね。」
「はい、二人で公園に遊びに行くところで事故に遭ったんです」
「清水安男はこんな住宅街にいったい何の用事があって来たのでしょうか?この裁判記録にはその理由までは書かれていませんが」
「そうですか。裁判では清水が初めから―よそ見運転をしていた自分が悪い―と自分の過失を全面的に認めていましたから。裁判で争う点はなく、あっという間に終わってしまったんです。でも―」貴子は裁判当時の記憶をたどりながら話をしてくれた。
「でも言われてみれば、清水は何であんな道を通ったんでしょうね。近所の人以外通るような道ではないんですけどね」
「貴子さん、この事故は清水安男が誰かに命じられて故意に事故を起こした可能性がありますね」村田さんはいきなり核心を突いた。貴子は大きく目を見開いて言った。
「えっ、それって殺人って事ですか?」
「ええ、少なくとも私達二人はそう考えています」
「殺人ってどういう事ですか、夫と息子が命を狙われるなんてあり得ませんよ。もし殺人だとしたら理由は何なんです?」貴子はむきになって村田さんに食って掛かった。
「理由は分かりません。でも、だからこそ我々はどうしても清水安男に会いたいんです。清水安男に直接その理由を訪ねたいんです」
貴子はテーブルを見つめ少し考え込んでいた。黙り込んでしまった貴子に村田さんは尋ねた。
「もし、もしもですよ、これが殺人であったなら、あなたは清水安男と再び顔を合わせる事は出来ますか?」
貴子は村田さんの顔をじっと見つめ、少し冷静さを取り戻してから言った。
「ええ、もしそれが本当なら、私会います」貴子は真剣な顔つきではっきりと答えた。
「分かりました。我々はもう少し調査を続けますので、もし殺人の確信が持てた時にはすぐに連絡します」
「はい」力強く返事をした貴子の目に生気が戻ったように見えた。人は目的が出来ると生きる気力がわいてくるものなのだろうか、それがどんな理由であれ。
つづく




