決意
「一つ問題なのは、受刑者への面会は被害者家族にしか許されていないという事なんですよ」村田さんは説明を続けた。
「じゃあ、我々が直接会うのは無理なんですね」
「いや、方法はあります。被害者家族の付添人という形式を取れば不可能ではないということでした」
「なるほど、方法は分かりました。でも、鈴木貴子さんが加害者との面会など了承するでしょうか」
夫と息子の命を一瞬で奪った相手と顔を合わせる事など普通なら受け入れがたい事であろう。しかも大切な二人の命の償いの日数がたったの四年四カ月なのだ。貴子さんの心境を考えればそんな提案をする事さえ躊躇される。少なくとも私には貴子さんに面と向かってお願いする勇気はない。
「どうです?一緒に鈴木さんの家にお願いに行ってみますか?」さすがにプロの探偵は違う。こんなところでナイーブになっている私とは大違いだ。
「ええ、休みを取れるかどうか確認してみます」勇気がない事を隠す為、私は仕事を言い訳にして曖昧な返事をした。
「ではそちらの件は保留にしておきましょう。それで、どうでした?マルチの方は、めぼしい情報は見つかりましたか?」村田さんは、ぐずぐずしている私などに構わず、すぐに次の話題へ移った。
「ええ、それらしき人物の名前が五人ほど見つかりました」
「ほう、それはお手柄ですね」それでも村田さんが私の事を褒めてやる気を出させようとしてくれているようだった。
「いや、ただ書類を見ただけですよ」村田さんの言葉を正直に受け止める気にはなれず、少しいじけたような言い方をしてしまっていた。
「ではその五人の名前を教えてもらえますか?マルチの指南役を務める人物というのは過去に何度かマルチで逮捕されているものなんですよ」
そんなものなのか―そんな事さえ知らない私が村田さんの相棒になれるかもなんて、一瞬でも思った事が恥ずかしく思えてきた。私は五人の名前を村田さんに伝えた。
「この五人の名前を少し調べてみますね、上手くいけば、お兄さんの事件の事も真相に近づくことが出来るかもしれませんね」
「はい、よろしくお願いします」そう言って今日のところは電話を切った。
隣の部屋では母が聞き耳を立てていた事だろう。遅かれ早かれ、また衝突する事になるだろうと覚悟だけはしておいた。
これから調査を続けていくには、私には一つ障害がある。仕事の事だ。何度も東京や埼玉に足を運び、その度に休みを取っていれば、おそらくクビになるだろう。命の危険とクビを賭けてまで事件の真相を突き止める事に本当に意味があるのだろうか?今さら、こんな疑問を持っている自分が情けなくなってきた。
翌日、村田さんから電話はなかった。私は内心ほっとしていた。でも、これが今の本音なのだ。
村田さんからの電話は翌々日にかかってきた。
「見つかりましたよ、原口勝という名前がヒットしました。マルチの世界ではちょっと名の通った古株らしいですね。あとはこの原口勝と黒い玉にどんなつながりがあるのかという所ですが、それを調べるのはもう少し後にしましょう」
「それよりもどうですか?鈴木貴子さんの家に行く都合はつきましたか?」
「えー、それがですね」情けない事に私はまだ迷っていたのだ。
「そうですか、都合がつかなければ仕方ないですね。分かりました、私一人で行ってきます」
その言葉を聞いた時、村田さんに突き放された感じがした。私の頭の中に村田さんと鈴木貴子さんと店長の顔が同時に現れた。くそっー
「いや、都合をつけますよ。大丈夫です、私も一緒に行きます」
「大丈夫なんですか?」
「何言ってるんですか、私が無理を言って調査を再開してもらったんじゃないですか。私が行かなくてどうするんですか」
「分かりました。では、日程は修司さんに合わせます。予定が決まり次第連絡を下さい。」村田さんはまだ私に気を使っているようだった。
「いや、私の方は大丈夫です。鈴木貴子さんとのアポが取れ次第すぐにでも行きましょう」私は今度こそ覚悟を決めた。もう後には引かない。
「仕事の都合はいいんですか」
「どうにでもなりますよ」カラ元気には違いないが、村田さんに少しでも男気を見せておきたかった。
鈴木貴子さんとアポが取れたと、村田さんから電話があったのは、それからわずか二十分後の事だった。
翌日、我々は福島駅で待ち合わせをして一番早い東北新幹線で東京へ向かった。車内に乗り込むとすぐに村田さんが聞いてきた。
「休みは取れたんですね」
「いえ、辞表を出してきました」
「えっ」さすがの村田さんもこの行動にはかなり驚いた様子だった。
「この事件を本気で追いかけるなら片手間では無理ですよ」私は村田さんに誇らし気に言った。
つづく




