急転
「新井貴之氏逮捕」「新井貴之氏死亡」
翌日の朝刊はビッグビジネス社の新井貴之氏の事件一色だった。テレビのニュース、ワイドショーも新井貴之氏の逮捕と死亡を各局が競い合うように大きく取り上げていた。
「警察の発表によりますと逮捕された峯岸武容疑者(70歳)は退職金を全てつぎ込んでビッグビジネス社の株を買っていたそうです。警察は全財産を失った容疑者が新井氏に恨みを抱き犯行に及んだとみています」
「竹岡さん、どう思いますか?」ワイドショーの司会者は芸能人コメンテーターに話をふった。
「確かに投資家を騙して株価を暴落させた新井氏に責任はあります。しかし、殺人は決して許されるものではありません。こういう時は警察や司法の判断を待つべきです」
ワイドショーの芸能人コメンテーターたちは相変わらず当たり障りのない発言を繰り返していた。
朝のワイドショーを途中で切り上げ、スーパーに出勤した私は店長に昨日の休みの件をもう一度謝っておいた。しかし、今日は新井貴之氏の事件と黒い玉の事が気になってとても仕事にならないだろうと思った。それでも、何とか一日を無事こなして帰宅した私に、追い打ちをかけるようなニュースが待っていた。
帰宅し何気なくつけたテレビが速報を伝えていた。
「資産家夫殺害事件 妻山崎響子起訴」
拘留中だった響子さんが起訴されてしまったのだ。村田さんの読みでは嫌疑不十分で不起訴になるという事だったが、事態は最悪の方向へ転んでしまった。私は響子さんの最後の言葉を思い出していた。そして鈴木貴子さんに約束した事も。
しかし、犯人たちはこんな事をいつまで繰り返すのだろう、だいたいこんな事をしていったい犯人たちに何のメリットがあるというんだ。分からない事だらけだった。でも、もし、これ以上事件に首を突っ込んだら村田さんの言う通り、本当に危険な事に巻き込まれてしまうのだろうか?その夜もなかなか眠れなかった。頭の中で二つの感情がぶつかり合って混乱を引き起こしていた。
それから三日経ち、一週間が過ぎても、どのメディアでも黒い玉の事など取り上げられる事はなかった。
「村田さんに相談してみよう」そう決心したのは新井貴之氏が逮捕され、殺されてから、十日後の事だった。
「はい、村田です」事務所で別れてからまだ十日しか経っていないのに、村田さんの声がやけに懐かしく聞こえた。
「すみません、若田部修司です」
「何で謝るんですか?」村田さんは少し笑いながら聞いてきた。
「もうやめると言ったのに、電話してしまったから」私の声は小さかった。
「新井貴之氏の死亡と吉谷響子さんの起訴の事ですね」
やはり村田さんも気になっていたに違いない。
「そうです。危険な事は承知しています。警察に任せるのが一番だという事も分かっています。でもはたして、警察は黒い玉の事に気づくのでしょうか?もし警察が動かないのなら私達で事態を止めるしかないんじゃないですか」私は興奮して大きな声を出していた。
「覚悟はあるんですか?」
村田さんの落ち着いた声に私はドキッとした。
「殺されても構わないという覚悟でしょうか?」
「極端に言えばそういう事です」村田さんははっきりとそう言った。
「分かりません。でも誰かが止めなくちゃ―」それ以上は言葉にならなかった。
「分かりました。いつでも結構ですから時間が出来た時に事務所まで来てください。作戦を考えましょう」村田さんはそう言ってくれた。
つづく




