キャバ嬢の悲劇(2)
美咲はレイラの本名と住所を名刺の裏に書いて渡してくれた。吉谷響子―それがレイラの本名だった。
「じゃあ、俺たちそろそろ帰るよ」と言って席を立った二人に向かって美咲は「また遊びに来てよね」と言った。我々が福島から来ていることを分かっていないのだろうか?
「出張でもあったら寄らせてもらうよ」スーパーの店員に出張などないだろうが、ただ美咲はまた会ってみたいと思わせる女だった。その夜、我々は駅前のビジネスホテルに泊まった。
翌朝、私と村田さんは大宮駅前のビジネスホテルを八時にチェックアウトし大宮警察署に向かった。大宮警察署は大宮駅の一つ先の駅から徒歩十五分位の所にあり、私たちは八時半に到着した。カウンターで面会の申請をすると、面会は九時から可能だという事、そして面会時間は十五分だと告げられた。
「面会時間って短いんですね」私は村田さんに小声でささやいた。
「そうですね、それでも素直に話をしてくれれば良いんですが」
その通りだった、見ず知らずの男二人がいきなり面会に来たところで、普通ならば話すら聞いてくれないのではないだろうか。やはりここも村田さんだけが頼りだ。
九時になり我々二人は面会室へ通された。透明なアクリル板の仕切りの前で吉谷響子が現れるのを緊張しながら待っていた。吉谷響子はすぐに現れた。響子の顔は疲れているように見えた。
「あんたたち誰?」響子は当然の反応を見せた。村田さんは名刺と黒い玉を取り出して響子の目の前のカウンターに置いた。響子は目を細めて黒い玉を睨みつけた。
知っているの―やはり表情ですぐに分かった。確信した村田さんは急いで話し始めた。時間は限られているのだ。
「実はこちらのお兄さんが先日、殺されたんです。後日、お兄さんの部屋を片付けているとこの黒い玉が出てきまして」
響子は私の顔を見た。村田さんは構わず話を続けた。
「そのお兄さん以外も、これと同じ黒い玉を持っていた女性がご主人と息子さんを同時に亡くすという悲劇に見舞われたんです。何でもいいんです、もしこの黒い玉の事について何か知っている事があれば教えてください。お願いします」村田さんは直立不動になって頭を下げた。
「ふー」と大きく息を吐くと吉谷響子は重い口を開いた。
「私がこんなところにぶち込まれてるのとその黒水晶に何の関係があるのかは知らないけど、別に経緯くらいだったら教えてあげる」
ラッキーだった。吉谷響子は話す気になってくれた。
「やっぱりあなたもこの黒い玉を持っているんですね」
「うん、家にあるよ。」
「響子さんはこの玉をどのようにして手に入れたのですか?」
「突然送られてきたんだよ」
それはやはり鈴木貴子の時と同じだった。響子は話を続けてくれた。
「私ももう二十八歳だし、キャバ嬢のハードな仕事に限界を感じてたの。そんな時、その黒水晶が宅配便で送られてきたんだよね」
「その中にこのカードは同封されていましたか?」村田さんは鈴木貴子から預かったカードを見せた。
「へー、そんなのまで持ってんだ。」響子は少し驚いた様子で言った。
「はい、先ほど話した旦那さんと息子さんを同時に亡くされた女性から預かってきました」
「私の荷物の中にも全く同じものが入ってたよ」
「じゃあ、やはりあなたもあの掲示板を見たんですね」
「うん、あの頃は暇さえあれば見てたよ、それで毎日見てたらいつのまにか私もその気になっちゃってお願いを始めたわけ」
やはり鈴木貴子さんと全く同じだった。村田さんは質問を続けた。
「どんなお願い事をしてたんですか」
「えっ、そんな事まで言うの?恥ずかしいな」
「そこを何とかお願いします」村田さんは手を合わせてお願いした。
「まあ、ありきたりな事だよ「お金持ちと結婚したい」とか「早くキャバ嬢を辞めたい」とかそんな事を毎日お願いしてたの。しばらくは何も起きなかったんだけど、一か月くらい経った頃かな、新規の金持ちのオジサンについたんだよね」
「なんで金持ちってわかったの?」私はつい口をはさんでしまった。興味のある話題だったのだ。
「えー、私だって、もう八年この商売やってんだよ。金持ちかどうかなんて一発で分かるよ」
そんなものなのか、じゃあ私なんかはかなり貧乏に見えるんだろうな―こんな時に、ついくだらない事を考えてしまった。
「で、そのお客さんは山崎さんって言うんだけど、山崎さんそれから毎日通うようになったの」
「毎日?」
「そう、毎日。で必ず私を指名してくれるの。それから一週間くらい経った頃かな、私にいきなり契約結婚の話を持ち掛けてきたの」
「契約結婚?それはまた特殊な話ですね」村田さんは身を乗り出した。
「私が毎日辞めたい、辞めたい、って愚痴ってたからかな、いけると思ったんじゃない。でも歳の差四十五歳だよ。普通無理でしょ」
歳の差四十五歳って事は相手の年齢は七十三歳か、世の中にはすごい人もいるもんだな―私はまたくだらない事を考えてしまっていた。
「ところが条件が良かったのよ、まず別居婚、山崎さんの自宅のすぐそばにマンションを借りてもらって、私はそこに住めばいいの、そして月に百万円のお小遣いをくれるって言うんだよ」
「なんか愛人契約みたいだね」私はまた口を挟さんでしまった。
「そうそう、そうなのよ。でも何で愛人契約じゃなくて契約結婚にしたのかには理由があるんだって。結婚してないと仕事上の付き合い上、都合が悪い事もあるみたい、例えば妻同伴のパティーとか。セレブにはセレブなりの付き合いがあるみたいね」
話が出来過ぎている―村田さんはそう感じていたようだ。
「歳の差婚ってのも魅力だったみたいよ。やっぱ仲間にうらやましがらせたいんじゃないの」吉谷響子は話に夢中になって、自分の状況を完全に忘れているかのように見えた。
「で、OKしちゃったわけだ」村田さんが言った。
「まさかこんな事になるとは思わないじゃない」響子はがっくりと肩を落としてうなだれた。
つづく




