探偵
工場からの帰りの車の中で私の俺の頭は完全にパニックを起こしていた。
「監視カメラ?盗聴?兄貴は誰かに監視されていたのか?でも一体誰が?」
分かるはずのない事をぐるぐると考えながら運転しているうちに、いつの間にか自宅の近くまで来てしまっていた。時間はまだ夕方の五時前だった。
「ヤバイな。」こんな時間に帰ったらスーパーを休んだことが母親にばれてしまう。私はどこかで時間をつぶして、自宅へはいつも通りの時間に帰る事にした。「道の駅の駐車場で時間をつぶすか」こんな時に道の駅の駐車場は便利だ。少々マナー違反ではあるが一時間くらいならいいだろうと思い、車をUターンさせて道の駅に向かった。道の駅に向かっている途中、国道の赤信号で止まった。その時、なぜか通りの左手にある古びた雑居ビルの看板が目に留まった。
「村田探偵社」
「ふーん、こんな街にも探偵なんてやってる人が居るんだ」そう独り言をつぶやいた時―この際、プロに任せてみるか―ふとそんな考えが頭に浮かんだ。
信号を左折しおんぼろ車をコインパーキングに入れて、探偵社に足を向けた。いざビルの前に立ってみるとほとんど廃墟のようなビルだった。
テナント案内板には「三F 村田探偵社」となっていた。当然、こんなおんぼろビルにエレベーターなど付いていない。最近は階段で三階まで上がるなんてことは滅多にしなくなっていたので少し息が切れた。探偵社の入り口のドアは入るのをためらわせるのに充分なくらいの年代物だった。
思い切ってドアを開け「すみませーん」と少し大き目の声を出して事務所の中に入っていった。事務所の中央には濃い茶色をした革のソファとテーブルが置かれ、窓際にはスチール製のデスクが置かれていた。それらの家具は俺に昭和を感じさせた。
「はい、いらっしゃいませ」対応してくれたのは四十歳くらいのスーツ姿の男性だった。
「誰かのご紹介ですか?」
「いえ、看板を見たもので」
「ああ、それは失礼しました」男は意外そうな顔をしていた。こんな事務所に新規客が飛び込みで来ることなど想定していないのだろう。男は俺を濃い茶色の革のソファに座らせ、お茶を出してくれた。
「私、村田 耕助と申します。よろしくお願いします」と言って名刺を一枚差し出し、向かいのソファに腰を掛けた。
「しかし、看板を見ただけでこんな事務所に入ってくるなんて、お客さんもなかなか勇気がありますね」村田さんは自嘲気味に言った。
「いやいやそんな事ないですよ、それに古くからやってる事務所の方が信頼できるってもんですよ」我ながら上手い事を言ったものだと思った。
「はっはっは、上手いことをおっしゃる」村田さんは明るくて豪快な男のようだ。
「こちらの事務所は村田さん、お一人でやられているんですか?」
「ええ、見た通りのおんぼろ事務所でしょ、事務員を雇う余裕なんてとてもないですからね。ですから一人で何でもやりますよ。それに探偵といったって、大体は浮気調査ですからね。なかには逃げ出した猫を探してくれなんてのもありましたよ。まあ名前はかっこいいですが実態は何でも屋みたいなものですよね。」そう言うと村田さんはまた自分の事を笑い飛ばした。
「それで今日はどんなご依頼でしょうか?」村田さんは少し真面目な顔をして言った。
「こんな事が依頼になるのかどうか分からないのですが―」私は恐縮しながら今までの経緯を説明した。
村田さんは兄貴の事件の事を知っていた。
「それにしてもお兄さんはお気の毒でしたね。」
少しの沈黙の後、村田さんが尋ねた。
「それで具体的には私は何をすればよろしいのでしょうか?」
確かに事件の経緯だけを説明しても仕方がなかった。私は黒い玉を取り出してテーブルの上に置いた。
「まずこの黒い玉をなぜ兄が持っていたのか、そしてこの玉は誰が何の目的で作ったものなのかが知りたいんですよ」
「うーん」村田さんはかなり困った様子だった。浮気調査専門の探偵にこんな途方もない仕事は無理かもしれない、と思った。私は困っている村田さんに向かって尋ねた。
「こちらの事務所にパソコンはありますか?」
「ええ、だいぶ古い型のパソコンですけどね」
「ネットにつながってさえいれば大丈夫です」
直人とのやり取りを思い出し少しおかしかった。私はパソコンを借り、例のサイトを開いて村田さんに見てもらった。
つづく




