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第七話:鋼の真価と北の風

鋼の真価と北の嵐


カイルは近付いてくる蹄の音で、それがスキーンズ師団長のものだと分かった。


街を行く馬車の蹄の音とは明らかに異なる鍛え抜かれた軍馬の足音だ。


スキーンズは一人だった。


カイルは工房の外に出て、スキーンズを迎えた。


「こんにちは、スキーンズさん」


スキーンズは馬から降り、無言のままカイルを見つめた。


視線を工房の中へ向ける。


「見せてもらえるか」


カイルは頷き、工房の奥へ案内した。


金敷の上に置かれた「鋼の芯」。


まだ剣の形にはなっていない。


ただの鉄の塊だ。


しかし、薄暗い工房の中で、それは静かに、青白い光を湛えていた。


スキーンズは無言で近づいた。


しゃがみ込み、顔を近づけ、あらゆる角度からそれを見つめた。


長い沈黙だった。


やがてスキーンズは立ち上がり、カイルを見た。


「これが、剣になるのか」


「剣の芯になります」


「剣はいつ完成する」


「お約束の日までには」


スキーンズはもう一度、鋼の芯に目を落とした。


「急かすつもりはない」


「ただ…」


スキーンズは言葉を切った。


工房の外、遠くの空を見るような目をした。


「北部に、嫌な風が吹き始めている」


カイルは黙って聞いていた。


「大陸の向こうから来る風だ」


「今はまだ、風だ」


「だが、風はやがて嵐になる」


スキーンズはカイルの目を見た。


「お前はまだ子供だ。こんな話をするべきではないかもしれない」


カイルは静かに答えた。


「僕は、鍛冶屋の息子です」


「戦の話なら、聞かなければなりません」


スキーンズは少し目を細めた。


「なぜだ」


「僕らの作るものが戦場に出るからです」


スキーンズは黙った。


しばらくして、低い声で言った。


「お前の作った槍の穂先を、我が師団の精鋭に持たせたな」


「奴らの目が変わった」


「道具が、人を変える」


カイルは頷いた。


「だから、本物でなければならん」


「兵士の命に関わる武具はナマクラではダメなのだ」


ここまで語ると、スキーンズは工房横の部屋で寝ているノーランとタティスに目をやった。


「ロサーナ王国いちの鍛冶屋、だな」


「そうです。昨晩、この鋼を打ちました」


「なぜナマクラの穂先など作っている」


「それは…」


カイルは言葉を濁した。


「まあ、いい」


スキーンズはカイルに向き合った。


「剣は期限まで待つ。」


「他にも頼みたい物がある」


「この国を守るためだ」


カイルは、深く深く、頷いた。


「あの槍の穂先はまだあるのか」


「あれを買い取らせてはもらえんか」


「分かりました」


「これを置いていく」


スキーンズは金貨を1枚、カイルの手に握らせた。


「ロサーナ王国いちの鍛冶屋、ノーランとも話をしたい」


「また来る」


そう言い残すと、スキーンズは去って行った。


スキーンズは王宮に戻ると、コービン工廠長を師団長室に呼んだ。


コービンが部屋に入ると、スキーンズは麻袋に入った穂先を見せた。


コービン工廠長はそれが「何か」をすぐ理解した。


「これは…あの少年が作っていた槍の穂先ですね」


スキーンズは頷いた。


「これをローリーの槍部隊に支給しろ」


「ヤツら五人がこの槍を持てば百人は倒せるだろう」


「まだまだ足りんがな」


翌朝から、三人は剣の製作に入った。


カイルは地面に棒で図面を引いた。


芯材に軟鉄、外皮に超硬度鋼。


しなりと硬度を同時に実現する、二層構造の剣だ。


スキーンズの体格、歩幅、腕のリーチ。


あの日の師団長が槍を振るった時の動きを勘案し、刃渡りと重心を調整した。


「こんな剣、見たことがねぇな」


図面を覗き込んだタティスが呟いた。


「僕もだよ、タティスさん」


カイルは笑った。


鍛造が始まった。


ノーランの小槌が鋼を導き、タティスの大槌が力を叩き込む。


折り返し、また打つ。


伸ばし、また折る。


その繰り返しの中で、鋼の内側の炭素が少しずつ均一に広がっていく。


カイルの神の目には、その変化がスローモーションで見えていた。


何度打てば均一になるか。


何度折り返せば強度が最大になるか。


全て、見えている。


三人の呼吸が、少しずつ合っていった。


言葉はいらなかった。


小槌の音が変わった瞬間、タティスの大槌が落ちる。


ノーランがやっとこで鋼を返す。


カイルが「今だ」と言う前に、二人は動いていた。


最も繊細な工程は、二層構造の「合わせ」だった。


軟鉄の芯に、超硬度鋼を巻きつける。


境界面が均一に接合されなければ、剣は実戦で真っ二つに折れる。


カイルは神の目で境界面を凝視し続けた。


一ミリの狂いも許されない。


ノーランの手が、カイルの視線の先を、正確に打ち続けた。


カイルのかけ声は必要なかった。


(父さんには、見えているのか)


見えているはずがない。


ノーランの槌はドンピシャで打たれる。


焼き入れは夜明け前に行った。


カイルが調合した特殊な油の中に、真っ赤に熱した剣身を一気に沈める。


ジュッ、という音とともに白煙が上がった。


カイルの目が、刃の表面温度を追い続ける。


マルテンサイトに変わるその一瞬を待つ。


「今っ!」


油から引き上げられた剣身は、夜明けの薄闇の中で、冷ややかな青白い光を放っていた。


タティスが砥石を手に取った。


シャリ、シャリ、と規則正しい音が工房に満ちていく。


研ぐたびに、刃が目を覚ましていく。


一振りの剣が、完成した。


ノーランはその剣を両手で持ち、刀身をずっと見つめていた。


タティスはテーブルにへたり込んでいた。


テーブルの上には、マリアが作った白鞘が置かれていた。


カイルは父親とその親友の姿を心の底から誇りに思った。


約束の日の朝、スキーンズが工房に現れた。



御覧頂いた皆様に心より御礼申し上げます。

初回投稿から毎日投稿を続けておりますが、最終話まで毎日投稿で走り切るつもりです。

常時、原稿ストックを40本以上キープして公開を続けます。

「エタりません、完結までは。」

最終話までお付き合い頂けましたら幸いです。


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