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第六話:神の炉と蘇った神業

タティスが「麻袋が重い」と音を上げたので、近くの村で銅貨2枚を払い、木製の荷車を購入した。


幸い、2人は宿には泊まらず野宿で済ませていたので路銀はほとんど減っていなかった。


「こりゃ楽でいいや」


タティスはタバコをくゆらせながら荷車を引っ張っていた。


荷車をガタゴト言わせながら、2人は工房の近くまで帰って来た。


カイルは歩きながら、スキーンズに納める剣の設計図を脳内で確認していた。


あの槍の穂先をテストしていた時、スキーンズが腰に下げていた剣のカタチやサイズを思い出していた。


カイルの家、工房が見えてきた。


工房の前にノーランが立っているのが見えた。


ノーランは笑顔で2人を出迎えた。


「よく帰って来たな」


「疲れただろう、お茶にしよう」


タティス、カイルはノーランの「目」を見て、その眼光の鋭さに気付いていた。


2人は顔を見合わせ、ふふっ…と笑った。


マリアが用意してくれたお茶を飲みながら、タティスは小さな声でカイルに言った。


「若い頃のノーランに戻ってる」


「アイツの目を見たろ」


「アイツの本気が見れるぞ」


カイルはゾクゾクしてきた。


タティスの腕は知っている。


素晴らしい技術を持っている。


そのタティスが負けを認める神業をもうすぐ見ることが出来る。


カイルはお茶もソコソコに、裏庭の炉に向かった。


「とりあえず改造はしていたが…」


「やはりこれじゃキツいか…」


カイルはブツブツ独り言を言いながら脳を高速回転させ、炉の強度計算をしていた。


そして、いろいろ考えた末に「一旦壊して作り直すしかない」という結論に至った瞬間、後ろから声をかけられた。


「カイル、その炉じゃ無理だろ」


ノーランが大きなハンマーを持って立っていた。


「お前がいろいろ改良している様だが、元々は俺が独立した当時の炉だからな」


「超高温で鉄に火を入れなきゃいけないんだろ?」


カイルは驚いていた。


ノーランはカイルがやろうとしている技術や原理を知らないはずだ。


ただ、熟練工としての「勘」だけでカイルの意図を理解している。


カイルは、父親が握っている大きなハンマーに目をやった。


自分が思案の末、この炉を取り壊す決断をするだろうと読んでいたのだ。


これがこの国一番の鍛冶屋、ノーランの眼力か…。


タティスが後ろから声をかけた。


「新しい炉の材料も集めてある」


「サッサとぶっ壊そうぜ」


カイルは満面の笑みになった。


取り壊し作業はノーランとタティスに任せた。


2人の大男は剛腕で巨大なハンマーを振るい始めた。


ドーン!ガーン!という爆発音の様な大きな音が響き渡り、炉はあっという間に粉々に破壊された。


「ふぅ…」と息をついたノーランはカイルに向かってこう言った。


「この炉にはいろいろ思い出があってな」


「お前が赤ん坊の頃の俺の仕事場だった」


「でも…過去の思い出より未来を見よう」


「新しい炉で新しい剣を作るんだ」


カイルは頼もしい父親の力強い宣言が嬉しかった。


古い炉の残骸を片付け、新しい炉の建設が始まった。


カイルは地面に棒で図面を引き、それぞれの箇所にどの材料を使用するか説明し始めた。


珪砂や貝殻の粉をどう混ぜるか、細かな仕様書を地面に書き出す。


「そんなやり方、聞いたことがねぇな」


と困惑しつつも、ノーランとタティスは手際よく炉を作り上げていく。


炉の「羽口」に取り掛かったところで、ノーランはカイルに質問した。


「カイル、羽口は本当にこれでいいのか?」


カイルは羽口のカタチが持つ意味について説明し始めた。


「父さん、風はただ送るんじゃダメなんだ」


「入り口をあえて窄めるんだ」


「喉元を絞れば、風は悲鳴を上げるような速さで奥へ突き抜ける」


「鋭い風を炉の芯に叩き込むためだよ」


ノーランが「ピンと来ない顔」をしていたので、カイルはさらに説明を加えた。


「今までの炉は風が中で迷子になってた」


「喉元の角度を数分だけ下に向ける」


「そうすれば風は底を這い、龍のように渦を巻いて昇っていく」


「燃やすんじゃなくて、火に呼吸をさせるんだ」


相変わらずポカーンとしているノーランの肩をタティスが叩いた。


「カイルの話を聞いたって俺たちにゃ理解できねえよ」


「炉が完成して火を入れたら理解出来るはずだ」


「俺たちゃ職人だ、見りゃわかるさ」


新しく築かれた炉は、これまでのものとは異質な佇まいでそこに存在していた。


珪砂で内張りされ、貝殻の粉を混ぜた特殊な粘土で固められたその姿は、ノーランやタティスが見たことの無いものだった。


カイルは「神の目」で全体の強度やバランスを最終確認し、完成を宣言した。


「火を入れるぞ」


ノーランの合図とともに、種火が炉の奥へと投じられた。


タティスがふいごの柄を握り、ゆっくりと押し込んでいく。


その瞬間だった。


「おぉっ!」


タティスが驚愕の声を上げた。


ふいごを押し込むたびに炉の「喉元」から「ゴォォォッ!」という地響きのような吸気音が鳴り響く。


カイルが計算し尽くした羽口の角度が、空気を龍の渦に変え、炉の深淵へ正確に送り込んでいた。


炭が赤を通り越し「白」へと変わる。


「父さん、今だ! 砂鉄と貝殻を!」


カイルの声に応じ、ノーランが漆黒の砂鉄と、細かく砕いた川貝の殻を交互に投入していく。


普通なら、不純物を含んだ砂鉄はドロドロとした滓を出し、火を濁らせる。


しかし、カイルの思惑通りに熱に焼かれた貝殻の成分が、鉄の中の不純物を吸着していく。


そして、ガラス状の液体となって次々と炉の底から排出されていく。


「これが、鉄を洗うってことか…」


タティスは河原でカイルに言われた言葉の意味を理解した。


炉の中で踊るのは、かつて見たこともないほど純粋で、透き通るような白銀の塊だった。


「出すぞ! タティス、遅れるなよ!」


ノーランがやっとこで真っ赤に焼けた鉄塊を掴み出し、金敷の上に叩きつけた。


キンッ!


ノーランの振るう小槌が、高らかに、鋭く鳴り響く。


カイルの「神の目」には、鉄の内部組織が劇的に変化していく様がスローモーションのように見えていた。


(摂氏千三百二十度……不純物が抜け、炭素が均一に回る最高のタイミング。今だ!)


カイルが声を出そうとした瞬間、ノーランの小槌がポイントを打った。


ドォォォォン!!


タティスの振るう大槌が、空気を震わせて炸裂する。


カイルは戦慄した。


自分が現代の知識で導き出した「最適解」のはずだった。


父は長年の勘だけで、タティスは相棒への絶対的な信頼だけで、寸分の狂いもなく鉄を打っている。


小槌が導き、大槌で練り上げる。


火花が散るたび、鉄の濁りが消え、密度が極限まで高まっていく。


カイルの目には、二人の背後にかつての「神業」が蘇っているのが見えた。


計算ではない。理論でもない。


それは、鉄の声を聞き、鉄の命を呼び覚ます、魂の共鳴だった。


数時間の激闘の末。


金敷の上に置かれたのは、まだ熱を持ちながらも、月光のような冷ややかな輝きを湛えた一振りの「鋼の芯」だった。


最初に言葉を発したのはタティスだった。


「コイツぁ凄ぇな…」


カラダ中から吹き出ている汗を拭おうともせず、笑っていた。


「理屈はさっぱりわかんねえ」


「だけど、コイツが本物だってのはわかるぜ」


ノーランは息子の炉で生まれ、親友と2人で打った「鋼」をただ、見つめていた。


その瞳は爛々とした光に満ちていて、生気を失っていた頃の面影は微塵もない。


「カイル、お前が作った太陽の火を見たぞ」


「さすが、俺の息子だ」


「よくやった、誇らしいぞ」


父の言葉に、カイルはこみ上げる熱いものを抑えきれず、深く、深く頷いた。


夜明けの光が工房に差し込む。


新しい炉、新しい材料、そして蘇った二人の英雄。


最強の剣が産声を上げる準備は、すべて整っていた。


疲れ切ったノーランとタティスは、微笑を浮かべながらしみじみと酒を酌み交わしていた。


朝ごはんをつくろうと思ったのに、と、起きてきたマリアは呆れながら、でも嬉しそうに酒に合う料理をいそいそと作り始めた。


カイルはひとり、工房に置かれた「鋼の芯」をじっと見つめていた。


前世での「平和への想い」が蘇っていた。


出来れば、コイツで人を斬って欲しくはないんだが。


日が少し高くなり、ノーランとタティスは疲れと酔いで寝てしまった。


カイルの耳に、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。


その音の主はスキーンズ師団長だった。





御覧頂いた皆様に心より御礼申し上げます。

初回投稿から毎日投稿を続けておりますが、最終話まで毎日投稿で走り切るつもりです。

常時、原稿ストックを40本以上キープして公開を続けます。

「エタりません、完結までは。」

最終話までお付き合い頂けましたら幸いです。


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