第六十八話:システム・ログの共鳴
「アリエッタ、次のテストだ」
西の国、クローンワース王宮の謁見の間。
「今度は重力を、俺の周り半径1メートルだけ無くしてみてくれ」
「まだやるの、飽きないわね」
マチャドは小さな銀貨を指先で弾いた。
銀貨は床に落ちることなく、まるで真空に放り出されたように、頼りなく浮遊を続けている。
マチャドはその銀貨を凝視しながら、頭の中で冷徹に計算を弾いていた。
神の逆鱗に触れる「致命的なエラー」は出ていないはずだ、これはセーフ。
「とりあえず、クローンワースのヤツらを掌握しないとな…」
「手品をいろいろ見せて、恐怖感を植え付けるとするか」
マチャドが不敵に口角を上げた、その瞬間。
カイルの右手に浮かび上がる文字列がまた、反応していた。
暗闇の中、カイルの右手が黄金色の光を放っている。
グレースは神の理の文字列までは見えないが反応は感じている様だ。
皮膚の下で脈動する論理ゲートが、異常な速度で演算を開始していた。
『WARNING: Physical Constant Modified (Target: Gravity)』
カイルの「神の目」の端に、警告ログの文字列が走る。
それは、遠く離れた西の国の契約者の実験を拒絶するリアルタイムのアラートだった。
「また始まったか」
グレースが、カイルの右手をみつめる。
彼女には文字列こそ見えないが、カイルの右手が放つ魔法とは異なるエネルギーをIQ300の直感で理解していた。
「今度は重力の限定的な消失を試みてる」
「慎重に、神のリミッターの作動ポイントを探ってるみたいだね」
カイルは右手を掲げた。
掌の「NOT」ゲートが作動可能。と告げている様に読み取れる。
カイルは、右手の指先を空中でスワイプするように動かした。
すると、掌に浮かぶ論理ゲートが組み替わり、新しいコマンドが生成される。
カイルはコマンドを実行した。
掌の「NOT」ゲートが、黄金色の閃光を放った。
その瞬間、西の国の謁見の間。
「あら?」
アリエッタが首を傾げた。
浮遊していた銀貨が、本来の重力の通り、床に落ちた。
「どうした、アリエッタ。もういいとは言ってないぞ?」
マチャドが眉をひそめる。
アリエッタは、淡々と答えた。
「違うわ。私が止めたんじゃない、誰かがこの実験を否定したのよ」
マチャドは、床に転がる銀貨をじっと見つめた。
「否定したのは神ではないな」
「海に雷を落としたヤツだろう」
「つまり、ロサーナにいる歪より来たりし者、だろうな」
マチャドは銀貨を拾い上げた。
「アリエッタ、今の否定に抗うことは出来ないのか?」
「完全に完璧に、上書きされたわ」
「邪魔だな…カウフマン帝国再興のためには目障りな存在だ」
マチャドは一瞬、眉間に皺を寄せたが、すぐに不敵な笑顔になった。
「アリエッタの能力を使える俺と、歪から来たりし者のチカラ、知恵比べだな」
「まあ、時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり楽しもう」
マチャドは玉座に座り、刻まれた彫刻をゆっくりと指でなぞった。
死神を呼び出すための彫刻だけでなく、玉座全体に様々な彫刻が施されている。
「アリエッタ、キミを呼び出す彫刻以外にはどんな意味があるんだ?」
「知らない方がいいものもあるわよ、軽々しく触らない方がいいわ」
「ほう…そう言われると試したくなるな」
「クローンワースはディアスの忠告を受け入れたのに、あなたは違うのね」
「死神を使って13人も人を殺すヤツといっしょにしないでくれ」
マチャドは左の肘掛けにある彫刻を触った。
目の前に10枚の契約書が浮かんだ。
紫色の契約書の契約者はディアスで、10人の魔法使いとの雇用契約書だった。
これはロサーナへ送り込んだ魔法使いたち、ローリーとレイナに蹴散らされた10人だ。
「この契約書はまだ生きてるのか?」
「私に名義変更は出来るわ」
「じゃあ、そうしてくれ、手駒は要る」
「その辺にしときなさいよ、彫刻の効力は変更不可能のものもあるわよ」
「ああ、今夜はこれくらいにしとくか」
「この背中にある彫刻がヤバいってのは俺でも分かるぜ?」
「あら、お利口さんね」
「これは…自分自身が死神になる」
「なぜ分かったの?」
「おれはこう見えても学者なんだ、古文書もそれなりに読める」
「あら、意外ね」
「クローンワースみたいなバカじゃ国を統治なんて出来ないさ、ましてや一度滅ぼされた国の再興なんてとても無理だ」
「凄い執着心ね」
「カウフマン帝国の再興を願ってる者もいる、プホルスから隠れて生きている者もいるんだ」
「俺には、俺の正義がある」




