第六十七話:西の歪とカイルの覚醒
あの天使たち二人が向かった先で、何かが起きている。
カイルはプホルスのベッドの横で、その波動をリアルタイムで感じ取っていた。
妙なことをしているヤツがいる…。
神の指令書は天使に確かに返した。
しかし、カイルの右手には「何か」が残っている。
そして、神の目とリンクしている。
カイルが右手の掌を広げると、そこには皮膚を透かして、黄金色の光を放つ論理ゲート?AND, OR, NOTに見える記号の様なものが脈動している。
質量を半分にする?IF: Mass / 2? …あ、元に戻った。
今度は音の消去だ…IF: Sound = 0?…また元に戻したな。
短時間ではあったが「あり得ないこと」が起こっている。
これは魔法じゃない。
誰かが神の理を歪めている。
天使たちはディアスの契約者を地獄へ連れて行ったはずだ。
それなのに、別のものが蠢きはじめた。
マチャドがテストとして実行した神の理のパラメーター変更を、カイルはリアルタイムでデバッグログとして認識していた。
神の指令書は、単なる紙切れじゃなかったってことだな…。
この世界の物理エンジンにアクセスするためのAPIキーだった?
神の指令書は抜き取ったけど、僕の中にそのコードがキャッシュされてしまったのか。
西の国で起きているのは…仕様のサンプリングだ。
おそらく死神をツールとして使いこなし、世界のルールをハックしようとしているヤツがいる。
カイルの右手の回路が脈動し、掌のNOTゲートらしきものが黄金色に輝いている。
西の国に新たな死神と、新たな契約者が現れたのは間違いない。
そして、ソイツはおそらくディアスの契約者より厄介なヤツだ。
その時、部屋のドアがノックされた。
グレースだった。
「カイル…大丈夫?」
「もう大丈夫だよ」
ドアを開いてグレースがそっと入ってくる。
グレースはいびきをかいて寝ているプホルスをチラっと見て、カイルに向き直った。
「暗殺者は?」
カイルはどこまで説明したらいいか迷った。
「暗殺者は魔法使いじゃなくて死神だった」
グレースは、驚かなかった。
「そう…あなたが死神を倒したのね?」
「神の指令書のチカラだよ」
「じゃあ、天使たちも来てたのね?」
「そう、二人でやってきた」
「死神を地獄へ連れ去ったのね?」
「驚かないんだね」
「驚かないわ、子どもの絵本にも書いてある神の理だもの」
「その絵本の中身を体験したよ」
「あなたの右手…魔力じゃない不思議なエネルギーを感じるわ」
「ここに神の指令書が収まってたんだ」
「もうそこには無いのね?」
「もう指令書は無い、けど、何かが残っているんだ」
「何か感じるの?」
「神の理そのものを感じている様な気がするんだ」
「どういうこと?」
「西の国で、ディアスが去って新しい死神が現れている」
「それを感じているのね?」
「そう、そして、その死神の契約者は神の理を勝手にチューニングしている」
「チューニング?」
「さっき、重力と音をいじっていた」
「さっきのアレがそうなの?」
「おそらく」
グレースは少しだけ視線を伏せ、不安そうな表情になった。
「それって、神への反逆じゃないの?」
「反逆というより、無断アクセスかな?」
カイルは右手を見つめた。
掌の奥で、黄金の論理ゲートがゆっくりと回転している。
ANDが脈動し、ORが分岐し、NOTが静かに明滅する。
「さっきの重力変動は限定的だった、音の消去も同じ、試験運用だよ」
「試してるの?」
「負荷テストだろうね」
「神の理をそんなに簡単に変更できるチカラを手に入れたってことなのかしら…」
「でも、神の逆鱗に触れたら終わりだよ」
「どこまでいけるか試してるってこと?」
「そんなとこだろうね」
新しい死神の契約者はかなり頭の良いヤツだ、完全にNOTに振れるギリギリのところを攻めている。
「命を賭けた危険なゲームだな」
カイルは右手の手のひらを見つめながら小さく呟いた。




