第六十六話:西の国の新たな契約
マチャドはその女の異様さに驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
マチャドは、ついさっきクローンワース三世に書かせた「勅命書」を女にみせた。
「俺はこの国の王じゃない、摂政だ」
「でもあなた、玉座の彫刻を触って、私を呼び出したじゃない」
「そういうルールなのか?でも俺は知らなかった、取り消させてくれ」
「面白いことを言うのね、もう契約は成立してるわ」
「明日、王子がここに座って、玉座の彫刻に触ったらどうなるんだ?」
「それは契約の上書きね、あなたとの契約は自動的に破棄されることになるわ」
「そうか、それならいい」
「あなた、クローンワースの血筋じゃないものね」
「そうだ、俺はカウフマン帝国の者だ」
「何をするつもり?」
「なんだ、ディアスと違ってお喋りだな」
「アイツが陰気過ぎるのよ」
「まあいい、とりあえず今は俺が契約者だ、いろいろ聞かせてくれ」
「何を知りたいの?」
「クローンワースは代々、死神と契約してるのか?」
「そうよ、初代クローンワースがその玉座を海底で見つけてからね」
「海底?」
「その玉座を運んでた船が沈んで、海底に転がってたのよ」
「どこの国の船だ?」
「あなたたち人間がどう呼んでたかは知らないわ、興味無いもの」
「何年前だ?」
「だいたい五百年くらい前ね」
「この玉座を作ったのは誰だ?」
「人間よ、名前は知らないけど」
「お前たち死神が作ったんじゃないのか?」
「違うわ」
「まあいい、この玉座で出来ることを教えてくれ」
「知ってるでしょ?魂と引き換えに暗殺」
「出来ることはそれだけか?」
「どういう意味?」
「他にあるんじゃないか?」
「言いたくないわ」
「魂はひとつしかないのに13人も殺した男がいたじゃないか」
「神の理を歪めたからよ」
「やり過ぎたってことだな」
「神の理を歪めたら神にはバレるわ」
「神が怒らない程度に歪めるにはどうしたらいい?」
「私は死神よ、神じゃないわ」
「人を殺さなければいいんだろ?」
「さあ、分からないわ」
「神が許容する歪みのレベルを知りたい」
「そんなことを知ってどうするの?」
「カウフマン帝国の再興だ」
「つまんない話ね」
「なんとでも言え」
「神の気まぐれなんだから、私に分かるわけないじゃない」
「まあいい、あの玉座の彫刻を指先でなぞれば契約者は入れ替わるんだな?」
「そうよ」
「神の逆鱗に触れずに死神のチカラを利用する手をゆっくり考えられるな」
「あなたはクローンワースみたいなおバカさんじゃないみたいね」
「まずは、そうだな…この世の全ての重さを半分にしてくれ」
「物の重さ、質量ってこと?」
「そうだ」
「何をしたいの?」
「テストだ」
「ふうん…いいわよ」
マチャドは、自分のカラダが異様に軽くなる感覚を感じた。
海に浮かんでいる様な、不思議な感覚だ。
軽く、ジャンプしてみた。
謁見の間の高い天井近くまでカラダが飛び上がる。
そして、ふわっと楽に着地できた。
「よし、元に戻してくれ」
「気は済んだ?」
「まだまだこれからさ」
「面倒くさいわね」
「俺が契約者なんだろ?今は」
「そうよ」
「クローンワースはこういうことは試さなかったのか?」
「目障りなヤツを始末してくれ、しか言わなかったみたいね」
「俺だって死神は人を殺すしか能が無い連中だと思ってたからな」
「失礼ね」
「他に何が出来る?」
「こちらから言うことは無いわ」
「じゃあ、次は音を全て消してくれ、俺が右手をお前に向けたら終了だ」
一切の音が消えた。
自分の呼吸する音も、何も聞こえなくなった。
マチャドは、玉座の横にあった花瓶を蹴り倒した。
花瓶は粉々に割れたが、音は全くしない。
マチャドは女に向かって右手を向けた。
「どう?気は済んだ?」
「楽しくなってきたぜ」
「まだやるの?」
「さすが、死神とはいえ神の仲間だな、凄いチカラだ」
「仲間じゃないわ、下僕よ」
「サタンがお前たちの首領じゃないのか?」
「サタンは牢名主ね」
「サタンは地獄の支配者じゃないのか?」
「天国も地獄も神が支配者よ」
「じゃあ、この世の支配者は誰だ?」
「さあね、そこは神の気まぐれね」
「なんとなく、分かってきたぞ」
「何が?」
「神の理さ」
「どういう意味?」
「ロサーナ王国が海に雷を落とすのは許されたのに、クローンワースの13人殺しは許されなかった」
「何が言いたいの?」
「ロサーナ王国に神の理を超越してるヤツがいるってことだろ?」
「それは知らないわ」
「まあいい、これからゆっくり調べるさ」
マチャドはゆっくりと玉座に近寄り、彫られた紋様をじっと見つめた。
「自己紹介がまだだったな、俺はマチャドだ、お前の名前は?」
「アリエッタよ」




