第六十五話:神の裁きと新たな野望
ディアスを光の鎖で繋いだまま、ウリアスとオルティスはクローンワース三世の元へ向かった。
西の国の王宮、謁見の間にクローンワース三世とマチャドがいた。
クローンワース三世は玉座からマチャドを見下ろしながら言った。
「ディアスがプホルスを討ち取る期日は明日迄という契約だ」
「プホルス以外の手強い魔法使いは10人程度だったな?」
「三ヶ月もあればプホルスの軍隊の牙は全て抜くことが出来る」
「あとは赤子の手をひねる様なものだ」
マチャドは膝をつき、頭を垂れながら答えた。
「深く感謝申し上げます」
クローンワース三世は満足気に頷いた。
その時だった。
突然、謁見の間に目を開けていられないほどの強烈な光が振り注いだ。
クローンワース三世もマチャドも、思わず顔の前に手をかざした。
光がやや弱まり二人が目を開くと、カサっ…という紙を広げる様な音がした。
空中に死神との契約書が浮かんでいる。
契約書の上下に「人の顔」があった。
契約書の上の顔はクローンワース三世を激しい怒りの形相で睨みつけている。
それに対して契約書の下の顔は、青ざめた暗い顔で下を向いている。
やがて、次々と契約書と人の顔が並んでいき、契約書が13枚、人の顔が26人分となった。
契約書の上にある顔は皆、クローンワース三世がディアスとの契約でこの世から葬った人物たちだ。
契約書の下にあるのはディアスと契約するためにクローンワース三世の「身代わり」にさせられた罪人たち。
そして、14枚目の契約書が現れた。
契約書の上にはプホルス、下には身代わりの罪人の顔。
そこに浮かんだプホルスの顔は、無表情だった。
その下に浮かぶ身代わりの罪人とクローンワース三世の目が合った。
罪人はニヤッと笑った。
クローンワース三世は目を見開いたまま、言葉を発することが出来なかった。
いや、金縛りに遭ったかの様にカラダを全く動かせなかった。
その場から逃げようとしたが、動けない。
マチャドはこの光景を見て悟った。
ディアスは凄腕の魔法使いの殺し屋だと思っていたが、実は死神だったのだ。
そして今、目の前で繰り広げられている光景は子どもの頃に見た絵本に書いてあった、神の審判を受ける悪人の図、そのものだった。
マチャドは反射的に謁見の間の横にある国王の執務室に走って行った。
そして、国王が勅命書に使う用紙とペン、インクを掴み、謁見の間に走って戻った。
そして、謁見の間の天井に向かって叫んだ。
「神様!クローンワース三世様への罰は今しばらく待って頂けないでしょうか!」
謁見の間の天井を見回しながら、マチャドは必死に訴えている。
「このまま国王を連れていかないでください!」
「クローンワースの王子はまだ幼く、国王を逆恨みする者もいて、王子の命も危ないのです!」
オルティスは面倒くさそうに呟いた。
「それは逆恨みじゃなくて本当の恨みだろ」
ウリアスもウンザリした顔をしていた。
「この者は何が言いたいのだ?」
その後もマチャドは必死に訴えつづける。
「私はクローンワース王室に恩義があるのです!この国の未来について国王と話す時間をください!」
「少しの時間で良いのです!伏してお願い申し上げます!」
マチャドは謁見の間の床に土下座した。
オルティスとウリアスは顔を見合わせた。
神の指令書に刻まれた時間には余裕がある。
少しの時間なら「まあいいか」となった。
クローンワース三世の「上半身だけ」動ける様になった。
「ディアスはどこだ!」
「ディアス!これをなんとかしろ!」
「ふざけるな!契約はどうなっている!」
クローンワース三世は目を剥いて喚き散らした。
光の中から、ディアスが現れた。
肩には大きな「鎌」をかけている。
しかし、腰には光の鎖が繋がれている。
ディアスはクローンワース三世の声には全く反応せず「14枚目の契約書」の前に音も無く歩み寄った。
そして契約書を鎌で真っ二つに切り裂いた。
契約書はすーっと消えていった。
ディアスはクローンワース三世の方に向き直り、鎌を振り上げた。
「お待ちください!」
マチャドはディアスの前に立ちはだかり、両手を広げた。
「国王と話す時間をください!」
マチャドは、ディアスが自分を斬らないことを知っていた。
子どもの頃に見た絵本にそう書いてあった。
マチャドはクローンワース三世の方に向き直り、その手を取った。
「私は国王殿下に助けて頂いた身です、クローンワース王室を、王子を守りたいのです!」
「王子様が立派な国王となられるまで、私が摂政となり、この国を、王子を守り抜きます!」
「もう時間がありません!こちらの勅命書に私を摂政にする、とご記入ください!」
マチャドは涙を流していた。
自らの演技に自ら酔って、涙は自然に出てきていた。
クローンワース三世も泣いていた。
こちらは、本気で泣いていた。
勅命書を手に取ると、こう記した。
「マチャドをクローンワース王国の摂政に任ずる」
「次の国王の補佐役として、この国のまつりごとの一切の権限を与える」
マチャドは、涙ながらに語る。
「国王、私にお任せください…王子は私がお守り致します…」
次の瞬間、光が消えた。
空中に浮かんだ契約書も、人の顔も、ディアスの姿も、そして、クローンワース三世の姿も、綺麗に消え失せていた。
しばらくマチャドは泣いていた。
が、途中から大きな笑い声を上げ始めた。
そして、玉座へと歩を進めた。
しばらく眺めたあと、ゆっくりと玉座に座った。
マチャドが玉座に刻まれた彫刻を指先でなぞっていると、後ろから女の声がした。
「あなたが新しい契約者?」
マチャドが驚いて振り返ると、濃いグレーのマントを身に纏った女がこちらを見ていた。
眼球が真っ黒で、瞳が真っ白だった。
人間とは逆だった。
つまり、人ならざる者、だ。




