第五話:未知なる素材と神の目
カイルとタティスはこの国のメインの街道を北へ向かい歩いていた。
大陸の手前の北部高原まで続く長い街道だ。
街道、と言ってもとりあえず荒野や山林を切り拓いただけのもので、凸凹だらけの砂利道だ。
カイルは凸凹の上を軽やかにジャンプしながら歩を進める。
タティスはタバコをくゆらせながら、カイルに合わせて歩いている。
タティスは、カイルに話しかけた。
「お前、ノーランにえらく長い手紙を書いてたな、何を書いたんだ?」
カイルは答えた。
「父さんへの感謝の気持ちさ」
タティスは、眉をしかめた。
「なんだよ、この世の別れみたいじゃねえか!縁起でもねぇ!」
カイルは笑っていた。
「そんなんじゃないよ」
やがて、2人の前に大きな川が見えてきた。
カイルは目を細めて川を眺めていたが、突然「あった!」と叫んで川へ降りていった。
「おいおい、ちょっと待てよ!」
タティスも慌てて川へ降りていく。
カイルの向かった先は、川の中の大きな岩のすぐ後ろにある澱だった。
カイルの視界には、周囲の白い砂利の中に沈殿した高密度の黒い層が見えている。
「川の水流が弱まって、比重の重いあるモノだけがここに滞留しているんだよ」
「天然の比重選別機だ」
カイルは川底の砂を両手で掬い上げ、タティスに見せた。
タティスは訝しげにそれを見ている。
「ただの泥じゃねえのか?」
カイルをそれを川の水で丁寧に濯いだ。
手のひらには重厚な輝きを放つ漆黒の砂だけが残った。
その黒い砂は、日の光を浴びてキラキラと輝いている。
タティスは息を呑んだ。
「タティスさん、これは泥じゃないよ」
「山から削り出され、川に磨かれた最高純度の剣の材料さ」
タティスも「漆黒の砂」を掬い上げる。
「なんだこりゃ!?」
「これは…鉄、なのか?」
タティスはニヤリと笑った。
「そうだよ、流石だね、タティスさん」
「コイツを集めよう」
2人は巨石の後ろに滞留している漆黒の砂、磁鉄鉱を集めていった。
「そろそろいいかな…」
「タティスさん、次はコイツだ」
カイルが指差したのは、川岸の砂州に白く固まって流れ着いている大量の川貝の殻だった。
「貝殻? あんなもん何に使うんだ?」
「貝殻なんて剣の材料にはならんだろ?」
タティスは肩をすくめて笑ったが、カイルの目は笑っていなかった。
「タティスさん、僕たちが探してるのは材料だけじゃないよ」
「これは鉄を洗う洗剤さ」
「本当に強い鉄ってのは混ざり物があっちゃダメなんだ」
「鉄を強くするには、余計なモノを綺麗に間引いてやる必要があるんだよ」
「この貝殻を粉にして炉に入れると、鉄の中の余計なモノを全部抱え込んで排出してくれるんだ」
「これがないと、鉄の濁りは取れない」
「鉄の?濁り?」
タティスは唸った。
熟練工であるタティスでも、貝殻が鉄を清めるという技法は聞いたことが無かった。
だが、カイルの言葉には「本物」にしか醸せない説得力があった。
さらにカイルは、砂州の端にある、ガラスのようにキラキラと光を反射する白い砂の層を指差した。
「それと、あの白い砂…珪砂も一袋分持っていこう」
「あれは僕たちの新しい炉の内壁を、熱から守るための盾になる」
「炉の喉元を固める為に必要なんだ」
「これからスキーンズさんの剣を作るには、太陽のような高温にも耐えられる炉にしなきゃ」
タティスは、砂鉄、貝殻、そして白い砂をそれぞれ分けて麻袋に詰め込みながら、独り言のように呟いた。
「カイルには何がどう見えてるんだ?」
カイルは袋の口を縛りながら、満足げに微笑んだ。
「この国全体が宝の山だよ、タティスさん」
「剣の次には何を作ろうか考えるだけでワクワクしてくるよ」
そう言ったあと、カイルは河原の横にそびえる崖を眺めた。
「あるもの」をカイルの「神の目」が捉えた。
崖の断層に黒い層が見えた。
その層の組成を見た瞬間、ハンナの顔が浮かんだ。
まあ、今はいいかな…。
ここにあることを確認出来ただけで今はいいだろう。
夕闇が迫る中、二人が抱えるたくさんの麻袋はずっしりと重くなっていた。
日が暮れてきた。
二人は川のせせらぎが聞こえる平坦な砂地で野営することにした。
カイルが集めてきた流木にタティスの火打ち石で火を起こす。
岩の裏側にいる魚が見えるカイルは簡単にそれを捕まえてきた。
パチパチと爆ぜる火の粉が、夜の帳を照らし出した。
焚き火で焼いた魚を2人で食べる。
肝の苦味が美味い。
「鮎っぽいな…」
カイルはかつて、渓流釣りで釣っていた鮎を思い出していた。
「なあ、カイル…」
タティスが口を開いた。
「お前の父親、ノーランは俺の親友だ」
カイルは答えた。
「知ってるよ」
タティスは言葉を継いでいく。
「で、マリアは俺の初恋の女だ」
突然、母親の名前が出てきて、カイルは水筒から飲んでいた水を派手に吹いた。
さらにタティスは言葉を継ぐ。
「ノーランもマリアに惚れていた」
「それは分かっていた」
「で、俺は身を引いたわけだ」
「何故だかわかるか?」
カイルは少し考えたあと、こう答えた。
「親友だから?」
タティスはうんうん、と頷く。
「そうだ、でもそれだけじゃねえ」
「ノーランが、この国一番の鍛冶屋だったからだ」
「ノーランの腕は本物だ」
「アイツが打った鉄を見て決心した」
カイルはタティスの方を向いた。
「そうだよね」
「でも、タティスさんも本物だよ」
タティスは微笑んだ。
「ありがとよ」
「で、だ…スキーンズに納める剣の件なんだが」
「打ち手は2人居た方が良くないか?」
カイルはタティスの瞳を覗き込んだ。
「お父さんとタティスさん、ってこと?」
タティスは深く頷いた。
「スキーンズに納める剣は失敗は許されねえ」
「アレがノーランの工房の運命を左右する…そうだろ?」
カイルは微笑んだ。
「流石はタティスさんだね」
「僕の考えを分かってくれてる」
タティスは頷いた。
「お前がノーランに書いた文面もなんとなくだが、わかっている」
「アイツは一流の鍛冶屋だが、経営者としては三流だ」
「それをどうにかしたいんだろ?」
カイルは満面の笑みでタティスの手を取った。
「タティスさんがいてくれて良かった!」
タティスはカイルの頭を撫でた。
「俺はお前が赤ん坊の頃から知ってる」
「俺の息子みたいなもんだ」
川の水面に焚き火の炎が映り込み、漆黒の闇の中に温かい光が周りを照らしていた。
タティスとカイルが河原で焚き火を囲んでいた頃、エドガーは沈痛な面持ちで暖炉の火を眺めていた。
魔封石から作った魔法を封じるブレスレット。
ハンナには同じ素材のネックレスを身に付けさせている。
魔法使いの家系だと周りに知れたら、もうここに居ることは出来ない。
また、放浪の旅の始まりだ。
ハンナはこの土地で生まれた。
魔法使いの哀しい過去の全てを話している訳ではない。
ただ、このチカラは周りには分からない様にしないといけないよ、と教えてきたのだ。
あの時、カイルはハンナのチカラに気付いていた。
ネックレスの効力でハンナのチカラは封じられているはずなのに…。
周りに気付かれたことは過去に一度も無いし、気付かれるはずは無いのだ。
何故、カイルは気付いたんだ?
いくら考えても答えは見つからなかった。
エドガーの苦悩は、深まるばかりだった。
御覧頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
初回投稿から毎日投稿を続けておりますが、最終話まで毎日投稿で走り切るつもりです。
常時、原稿ストックを40本以上キープして公開を続けます。
「エタりません、完結までは。」
最終話までお付き合い頂けましたら幸いです。




