第四十三話:大陸のお宝②
宿は小さな宿場町の一角にある、こぢんまりとした建物だった。
プホルスは顔なじみらしく、宿の主人が笑顔で迎えた。
「プホルス様、お久しぶりです」
「いつもの部屋を頼む」
宿の主人が地元の料理を運んでくる。
煮込んだ豆と、焼いた肉、黒パン。
素朴だが、美味い。
プホルスは酒の入った木製のジョッキを傾けながらカイルに聞いた。
「今日見たもので、何が作れる?」
カイルは少し考えてから答えた。
「いろいろ作れますね」
「今、この世界には無いものを作れます」
プホルスは満足げに頷いた。
「お前の知ってる世界にはあったもの、だな?」
「そういうことです」
プホルスは続けた。
「ネバネバも、あの臭い油も、鉱山の混じりものも」
「全部この大陸じゃ使い道の無い邪魔なものだ」
「お前しかその価値を知らない」
カイルは頷いた。
プホルスは言葉を継いだ。
「民を守るために必要なものが、この大陸に眠ってるってことだな?」
カイルはゆっくり頷いた。
プホルスはタバコを咥え、指先に灯した魔法の火を近づけた。
「お前に見てもらいたいモンがまだまだ、ある」
「明日も付き合ってくれ」
「喜んで」
ベルは黙って食事を続けていた。
その夜、カイルはなかなか眠れなかった。
頭の中で、今日見たものが次々と設計図に変わっていく。
ゴム、原油、銅、レアアース、タングステン。
ピースが揃い始めていた。
あとは何があればいいかな…。
カイルは天井を見つめながら、ワクワクしていた。
翌朝、三人は再び馬車に乗り込んだ。
最初に向かったのは、山の中腹から白い煙が立ち昇っている地帯だった。
遠くからでも独特の刺激臭が漂ってくる。
御者が鼻を覆いながら言った。
「ここら一帯は温泉が出ていて、好きな者はやってきます」
「ですが、臭いがキツ過ぎて、私は苦手です」
ベルも鼻をつまんでいた。
プホルスがカイルを見た。
「どうだ?」
カイルは馬車から降りた。
地面の割れ目から黄色みがかった結晶が噴き出している。
神の目が反応した。
(硫黄だ)
黒色火薬の原料は硝石、硫黄、炭の三つだ。
硫黄があれば火薬が作れる。
砲弾の推進薬、爆発物、信管。
さらに硫酸の原料にもなる。金属の精錬にも使える。
カイルは振り返り、プホルスを見た。
「この山も、お宝です」
御者が目を丸くした。
プホルスは笑いながら馬車に戻った。
ベルは相変わらず鼻はつまんでいたが、口元は緩んでいた。
次に向かったのは、白い岩肌が露出した丘陵地帯だった。
石切り場として地元民が使っているようで、切り出された白い石が積まれている。
石切り職人が言った。
「この石は柔らかくて加工しやすいんですが、脆いので使い道があまりなくて」
「安くしか売れなくて、儲からないですねえ」
カイルは白い石に触れた。
神の目が組成を把握する。
(石灰岩だ)
石灰岩を高温で焼けば生石灰になる。
水を加えれば消石灰。
砂と混ぜればセメントの原型が作れる。
要塞の壁、橋脚、陣地の構築。
強固な防衛拠点を作るには欠かせない素材だ。
「脆くはないですよ、使い方次第です」
石切り職人はポカーンとした顔をしていた。
プホルスが腕を組みながら言った。
「ここも使えるんだな?」
カイルは頷いた。
最後に向かったのは、黒い地層が露出した崖だった。
地元の男たちが黒い塊を掘り出しては、積み上げている。
男の一人が言った。
「燃料にはなるんですが、煙が多くて使いづらいんですよねえ」
「薪の方が煙が少ないし、こっちはすすで服が真っ黒になるので」
「高値では売れないですね、薪より安くでしか」
カイルは黒い塊を手に取った。
ずっしりと重い。
神の目が反応する。
(石炭だ…しかも高品質だな)
高温で燃焼させれば莫大な熱量を生み出す。
蒸気機関の動力源になる。
製鉄の燃料としても原油より安定している。
さらに乾留すればコークスが作れる。
コークスは高炉で鉄を精錬する際に不可欠だ。
カイルはノーラン工房のことを思った。
(父さんの工房に、これを届けたい)
「煙が多いのは燃やし方の問題です」
「正しく使えばこれも立派なお宝ですよ」
男たちは顔を見合わせた。
帰路の馬車の中は、静かだった。
プホルスはタバコを吸いながら窓の外を見ていた。
ベルは目を閉じていた。
しばらくして、プホルスがカイルに聞いた。
「どうだ、全部使えそうか?」
カイルはゆっくり頷いた。
「全部揃っています」
ベルが目を開き、カイルの方に向き直った。
「ゴム、原油、銅、レアアース、タングステン、硫黄、石灰岩、石炭」
「これだけあれば、東の島国がこちらに向かってきても対抗できる装備が作れます」
「大陸とロサーナ、両方を守れます」
プホルスは窓の外を見たまま、静かに言った。
「あとは、作れる人間がいるかどうかだ」
カイルは答えた。
「それも、大丈夫」
プホルスはゆっくりと煙を吐き出した。
ベルはカイルとプホルスを交互に見ながら、静かに微笑んでいた。
馬車の窓から、夕暮れの大陸が広がっていた。
大陸からロサーナに戻る日の朝。
ベッツは相変わらず子どもたちと一緒にキャーキャー言っていた。
プホルスはカイルの肩を叩いた。
「また来い」
「はい、また来ます」
ベルはカイルに向かって、静かに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ベルはベッツに声をかけた。
「ベッツ!そろそろ時間よ!」
ベッツは、子どもたちひとりひとりと握手しながら、別れを惜しんでいた。
カイルは笑顔でその様子を見守っていた。
ベルは、かしこまった口調でこう言った。
「ベッツのこと、よろしくお願いします」
カイルはベルの目を見ながら、答えた。
「ベッツはロサーナの図書館が大好きで」
「本を読んで、仲間たちといっしょに仕事して」
「楽しく毎日を過ごしていますよ」
ベルは、笑顔で頷いた。
「じゃみんな!またねー!」
と言いながらベッツが淡い桜色の球体を作り出した。
ベルはその球体を「パチン!」という音とともに消し去った。
「この中に入れられる人のことを考えなさい」
ベルがキツい口調だったので、ベッツの瞳はウルウルし始めた。
カイルは苦笑いしながらその様子を見守っていた。
やがてベルの指導の下、淡い桜色の小さな絨毯が現れた。
そこにカイルとベッツが乗る。
少しづつ、大陸が遠ざかっていく。
プホルス、ベッツ、子どもたちが手を振っている。
カイルは、今回の小旅行の成果に大きな可能性を感じていた。
来て良かった。




