第十七話:ベッツという名の存在
巨大な壁を出るまで、民はカイルに手を振り続けた。
カイルは、魔法使いの民のチカラを利用させて貰う代わりに、彼らの自由と尊厳の回復を絶対に実現するんだ、と誓った。
カイルの横顔を見つめながら、グレースは優しい表情で馬車に揺られていた。
この日の少し前の話。
カウフマン帝国とロサーナ王国の国境に近い村に、プホルスとベル、そしてベッツがいた。
ベルはベッツにあれこれ指示を出していた。
「目的地はロサーナ王宮」
「目的は、カイルと仲良くなること」
「出来ればグレースに取り入ること」
「ロサーナ王宮に着くまで魔封石は絶対に外さないこと」
「どんなに苦しくても魔封石を外して魔法を使ったりしないこと」
ベルは、キツい口調でベッツに言葉をぶつけ続ける。
ベッツは瞳をウルウルさせながら、それでもベルの言葉に頷き続けている。
プホルスは、横から口を出した。
「やっぱりベッツには無理なんじゃないか?」
「魔法を使わず、しかも徒歩でロサーナの森を抜けるのは俺らでも楽じゃないぞ」
「他に、いくらでも適任者はいるだろ?」
ベッツは、やや緩んだ表情でプホルスの方を見た。
ベルは、プホルスの言葉を無視した。
「分かった!?ベッツ!!」
ベッツの瞳から涙がポロポロっと溢れたが、ウンウン、と頷いては、いる。
プホルスは頭をガシガシっ!とかいて、指先に魔法で火を灯し、タバコに火を点けた。
タバコを吸いながら、目の前に広がるロサーナ王国の北の森を眺めた。
(攻め込む前に、俺も潜入してみるか)
(会わないといけないヤツもいるからな)
タバコの煙を吐きながら、考えていた。
ベッツは、歩き出した。
後ろを振り返ると、ベルの姿はもうない。
プホルスだけが、ずーっと立っていた。
ベッツは、前を向いて「よしっ」と声を出した。
プホルスはベッツにとって父親の様な存在だった。
食べ物を与えてくれた。
居場所を与えてくれた。
仲間を与えてくれた。
プホルスのために、がんばらないといけないんだ、と、自分に言い聞かせた。
森の中へ続く道の前に立った。
ひとりで森の中に入るのは怖かった。
でも、行くしか無かった。
最初のうちは道もしっかりしているが、徐々に道なき道になってくる。
草むらを抜け、岩を登り、倒木を越えていく。
日も落ちてくる。
魔法で焚き火に火を灯すことは許されない。
落ち葉の吹き溜まりに潜り込んで寒さをしのぐ。
朝の光が、ありがたかった。
ベッツの淡い栗色の髪に、落ち葉がたくさんくっついていた。
途中、大きな川があった。
橋は見当たらない。
魔法で川を渡ることはもちろん、深さを測ったり、流れの速さを計ることも許されない。
ベッツは靴を頭の上に乗せて、川の中に入っていった。
なんとか川の真ん中辺りまで進んで来ていたが、突然、川底に足が届かない深さになっていた。
ベッツは、下流に向けて流された。
靴の行方は分からなくなったが、それどころではなかった。
ベッツは下流に流されながら、なんとか対岸に到着できた。
ロサーナ王宮までの道のりはまだまだ長い。
プホルスはカウフマン帝国軍の残党狩りに向かっていた。
農耕用の馬車に揺られながら、プホルスはベルに言う。
「なあ…なんでベッツなんだ?」
「スパイならもっと上手くやれるヤツは他にいるだろう?」
「王宮に上手く潜り込めるかな?」
「あの子が魔力無しでロサーナ王宮まで行き着けるとは思えんのだが」
「まだ14歳の女の子だぞ?」
ベルは冷めた口調で返答する。
「忘れてますか?私とベッツは同い年」
「あの子じゃないと中に入り込めない」
「偵察隊じゃなくてスパイなのです」
プホルスは憮然とした表情でベルに聞く。
「スパイは情報を盗むってことだぞ?」
「あの子にそんなこと出来るわけないだろ」
ベルは強い口調になった。
「盗もうとしたら盗めない!」
「カイルって子の存在を忘れてるんですか?」
「グレースだけでも厄介なのに!」
プホルスは、冷静になって聞いた。
「悪かった、お前の考えを聞かせてくれ」
ベルは拗ねた顔をしていたが、ボツボツと話し始めた。
「偵察隊だって見つかったんです」
「そして女剣士に危うくやられそうになったんですよ?」
「ロサーナ王国を舐めたらダメです」
「前回、あなたが唯一敗北した相手です」
「こっちの気配は気取られる前提」
「だから、気配の無い人間じゃないとスパイにはなれない」
プホルスはここで言葉を挟んだ。
「気配?それならベッツは指輪をしてても隠しきれてないじゃないか」
「魔法使いだってのはバレてもいいのです」
「それはロサーナ相手だとどうせ隠し切れないですから」
「ただ…」
「ただ…?」
「こちらの目的を気取られなければよいのです」
「私があの子に言った内容を思い出してください」
「カイルと仲良しになれ」
「これが今回の作戦の重要なことです」
「盗まなくていいのです、どうせ盗めないのだから」
「カイルと仲良しになれば、あの子は自然と最高のスパイの目的を果たせるはず」
プホルスはまだベルの言う意味は完全には理解出来なかったが、きちんと練られた戦略であることは理解した。
(ベッツ、泣いてないかなあ…)
(食い物、見つけられてるかなあ)
プホルスは、それでもやっぱりベッツのことが心配だった。
御覧頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
初回投稿から毎日投稿を続けておりますが、最終話まで毎日投稿で走り切るつもりです。
常時、原稿ストックを40本以上キープして公開を続けます。
「エタりません、完結までは。」
最終話までお付き合い頂けましたら幸いです。




