その8
翔太の証言から事件性がないことがわかったものの、今後のこともあるというので、龍と紗由の警護に当たっていたSPから事情聴取が行われることになり、再び一同が集まった。
忍び部屋は電話や無線がつながらないので、もっと手前にある禊屋が泊まっている部屋と、その隣の空き部屋が使われた。
まずは、舞喜雄が呼ばれ、こってり絞られた後に、禊屋が呼ばれた。聴取に同席していた賢児が一旦出てきて玲香に言う。
「玲香、そっちで、この頭の悪いお友達を見張ってて。後でもう一回聞くかもしれない」
「はい」
「やっぱり俺も行くわ! 何たって、俺の事件やからな」
少し自慢げに言う翔太の首根っこをつかみ、飛呂之が低い声で言う。
「おまえは、こっちに来い」
「ああん」たちまち泣きそうな顔になる翔太。
「こってり絞られていらっしゃい」
「あーあ。おじさん、怒ると怖いんだよなあ」
「何、他人事みたいなこと言ってるのよ!…舞喜ちゃんちのおじさんが戻って来たら、今度は自分の番よ」にらみつける玲香を見ながら、舞喜雄が溜め息をつく。
「親父がうちの羽童返しちゃうから、こんなことになっちゃったんだよなあ…」
「ちょっと、まだそんなこと言ってんの? 本当にもう…」
「あ、そうだ、玲ちゃん、翔太が言ってたのは、どういうことなの? そこにある龍の玉を使った儀式、気分が悪いときにやると、失敗してえらいことになるとか、何とか」
「龍の玉?」
「ほらこの、玉をくわえた龍が見事に掘り込まれた、この木箱」
「これって…」傍にある箱を指差す舞喜雄を、目をぱちくりさせながら見る玲香。
「やっぱ、これ、そんなにすごいものなんだあ。…で、どういう意味?」
目線を落とし、溜め息をつく玲香。“押し寿司の型ぐらい、覚えておきなさいよ…”
だが、そう思いながらも、玲香の中にちょっとした意地悪心が芽生えてきた。
「…簡単に言うと、あの子を怒らせたら、取り返しがつかなくなる場合もあるってこと」
「例えばどんなの?」
「…力を入れすぎたせいで、ぐちゃぐちゃになったりとか、バラバラになったりとか…」
「うわあ。あのカワイコちゃんも言ってたよ。失敗してバラバラって…」
そこに翔太が戻ってきた。眉間にしわを寄せたままだ。
「…小遣い減らされたで」
舞喜雄をにらみつける翔太に玲香が耳打ちをする。それに対してニヤリと笑う翔太。
「…ああ、取り返しつかななったときな。あれな」
「舞喜ちゃんが、やってほしいって言うんだから、やってみたら?」微笑む玲香。
玲香の言葉に応えるように、翔太が手を合わせて何かをぶつぶつと呟き始める。
「え、俺?…バラバラになるって、俺?」青ざめる舞喜雄。「いいよ、翔太、いいから、しなくていいよぉ」
「舞喜ちゃん、仮にも宿の人間やろ? この後どうなるかは自分で読みとりいな」
「嫌だよ、バラバラは困るよ」
泣きそうになる舞喜雄の言葉を無視して玲香が言う。
「無理よ、翔太。読み取れる力があるんなら、羽童の力なんかあてにしないわ。それに、いたいけな子供たちと乙女に不愉快な思いをさせてる時点で、宿の人間失格よ」
「玲ちゃん、それは言い過ぎや。やり方は間違うてるが、あのヒーラーのおっさんは人助けしたくて焦ってるんやし、舞喜ちゃんもドアホやから、騙されて借金だらけなったんやろ。全部ダメ言うたら気の毒や。…舞喜ちゃん、だいじょぶや。何もしてへん」
「翔太あ…」
そこへ禊屋が入ってきた。彼にしてみれば、疲れて自分の部屋に戻ってきたつもりだったのだが、まだそこは控えの部屋として使われていた。
「本当にすみませんでした。お嬢さんにもご迷惑おかけして」
「別にあなたが悪いわけじゃないかもしれませんけど…」
「すみません」
収まっていたはずの玲香の怒りは、禊屋の言葉で逆にぶりかえしてきたようだった。部屋全体にピリピリした空気が流れる。それを察したのか、翔太がおどけるように言う。
「それにしても、玲ちゃんのどこが乙女やねん。おかんが聞いたら、どつきよるで」
「何それ。翔太なんか、もう知らない」プイと横を向く玲香。「それに翔太。その、おかんですけど、家で待ってるから、ここの用事が済んだらすぐに帰るわよ」
「あ…。また絞られるんやな」しょんぼりする翔太。
「あの、ご両親にも、お詫びさせてください」玲香に頭を下げる禊屋。
「わざわざご足労いただかなくて結構です!」玲香がきつい声で言い放った。
禊屋は小さく溜め息をつき、その場を離れ、舞喜雄もその後を追った。
* * *
そこへ、紗由を連れた周子が入ってきた。
「玲香さん、ごめんなさい。少し紗由のこと見ててもらえるかしら。私と龍が呼ばれてるの。話を聞きたいって」
「ええ、どうぞ」
「僕が見てますから、だいじょぶです!」
「さすがに今日は説得力ないわよ」
「かくれんぼしたり、せえへんで…」玲香の言葉にしょんぼりする翔太。
玲香と翔太と紗由が遊んでいると、部屋のドアがノックされ、剣が部屋に入ってきた。紫がかったレンズのサングラスに長い髭、長髪を後ろに束ねている。
「あの…禊屋先生は…?」玲香たちがいるとは知らず、驚いて彼女たちを見つめる剣。そして、傍らにいる紗由の顔を見ると、剣は改めて驚いた。「君は!?…」
「さいとうあゆみです! もうすぐよっちゅです」
「失礼ですけど、どちら様ですか? 今この部屋、事情があって使わせてもらってますが」
彼の着ているマオカラーの上下が関根のそれと色違いだったので、おそらく弟子なのだろうと玲香は判断した。翔太と紗由を自分の後ろ側に引き寄せ、警戒するように剣を見つめる玲香。
「失礼しました。私は禊屋先生と一緒にこちらの宿にお世話になっている者です。ここ何時間か先生と連絡がつかなかったものですから、探していたんですが…」
「関根さんなら、つい先ほど出ていかれましたよ。どちらに行かれたかは存じませんけど」
「そうですか。ありがとうございます。…二人とも、びっくりさせてごめんね」剣は翔太と紗由に微笑むと、一礼して部屋を出て行った。
“あれ…? 横向いた顔が、あのにいさん…”
翔太が、あることに気づいた。
「おうまさんだ」にこにこと笑う紗由。
「え?」その言葉に驚いた翔太が紗由を見つめる。
「どうしたの?」
「あ、ううん、何でもないわ」
「あの人、知ってるの?」
「いや、知らん」
“俺は知らんけど、やっぱり、あのにいさん…”
「ねえ、紗由ちゃん。さっき何であの人に違うお名前言ったの?」
玲香が聞くと、紗由がそれに答える前に、翔太が玲香の袖をつかんで言った。
「なあ、玲ちゃん。龍くん、まだ終わらへんの?」
「そうねえ。話を聞かれると言っても、紗由ちゃんのぶんだけでしょうから、そんなに時間はかからないと思うわよ。何で?」
「…ほら、明日の午後のお出かけの相談せなあかんから」
「おまえねえ、今日の明日で、おかんがそんなの許すわけないでしょ」
“…それにしても、さっきの人、どこかで会ったことがあるような気がするんだけど…どこだろう。
どこかのヒーリングセミナーにいたのかもしれないわね。私もけっこうな数出てるから、全部はさすがに覚えきれないけど、その手の場所ですれ違うくらいのことはしてるのかもね。あの業界、広いようで狭いし”
玲香は、傍らで「おうまさん」と言いながらスキップする紗由の行動の意味を理解することなく、紗由の頭で揺れ動くリボンを見つめていた。
* * *
龍が隣の部屋から戻ってくると、翔太がその袖を引っ張って、部屋の隅に連れて行った。
「どうしたの、翔太くん」
「さっきな、知らん男の人がこの部屋に入って来たんや。紗由ちゃんが、その人を見て“おうまさん”言うとったで。だから、もしかして思たんやけど」
「そうか。やっぱり、翔太くんを呼んだ禊屋っていう人、昨日セミナーやってた人だ」
「やっぱりて?」
「何かさ、ここの屋根の形が、昨日のところに似てると思ったんだけど、昨日は裏のほうから大きい広間へ直接入ったから、はっきりわかんなかったんだ。やっぱり、ここなんだ」
「ああ、そうか。龍くん、入れ違いやから、会ってないな。会わんほうがええんか?」
「うん。別の名前で潜り込んだし。バレないほうがいい。でも、紗由は…」
「何も言わずに出て行きおったで。玲ちゃんが怖―い顔したせいかもしれへんけど」
そのときちょうど賢児が二人に声を掛けてきた。
「二人とも、帰るぞ。ほら翔太、おかんが家でお待ちかねだぞ」
「うん」鈴音のことが出たとたん、うつむく翔太。
鈴音とは、さっき電話で話したのだが、ただ電話の向こうで泣くばかりで、翔太も「ごめん」と「大丈夫やから」を繰り返すだけだった。
“おかんを泣かせたら駄目や。俺は、おかんのこと守らなあかんのに、泣かせたら駄目や”
翔太は唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握ると、賢児を仰ぎ見た。
「帰るで」
* * *
一同は清流に戻ることになったが、紗由がトイレに行きたいというので賢児と龍が先に車に戻った。
周子と紗由が少し遅れて玄関先から出てきた。紐が絡まって靴を履くのに手間取っていた翔太や、翔太に付き添っていた玲香と一緒になる。
そして、ちょうど、戻ってきた禊屋が、周子としっかりと手をつないだ紗由の姿を見て緊張した面持ちになった。
「あ、そうや」禊屋の姿を見つけた翔太が、急いで靴を履くと走り寄っていった。「おっさん、とりあえず、童様返してや」
「あ、ああ。ごめんよ。はい、ありがとう」
翔太に言われて影童を返すと、禊屋は、ふらふらと紗由のほうへ近づいて行った。
「あ、あの、すみません。少しだけ、このお嬢さんと話をさせてください。お願いします」
「あなた、何ですか?」
いぶかしげに禊屋を見る周子の答えを待たずに、禊屋が紗由の前に座りこむ。
「ねえ、お嬢ちゃん、教えてくれないかい」
「なあに?」首をかしげる紗由。
「ちょっと、関根さん!」玲香が怒鳴りつけるが、禊屋は紗由から目を離さない。
「大丈夫や。悪いことはせえへん。童様とずっと一緒だったさかい」
翔太の言葉に、周子と玲香は不審がりつつも、見守ることにした。
「おじちゃんに会ったの、覚えてるかい?」
「おうまさんにあったとこ」
「そうそう! ほら、お腹の痛いおばちゃんにスケッチブックを見せてくれたろ。あれの意味を教えて欲しいんだ」すがるような目で紗由を見る禊屋。
「すけっちぶっく」紗由が背中のリュックをからスケッチブックを取り出してめくった。
「…これだ。これだよ、お嬢ちゃん。この“治癒 障り 理由”の文字。これは、私のヒーリングで治癒しない、つまり障りがあるには理由がある。そういうことなんだろう?」
「うーん」禊屋の言葉が難しくてわからない紗由は首をかしげる。
「それ、前にうちで書いてたやつやな」翔太が口を挟む。
「何か知ってるのかい? これは…何なんだい?」
「さいんだよ!」紗由が手を上げながら元気に答える。
「サイン…何かの印、兆候…そういうことか…。以前から、わかっていたということか…」禊屋は立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
「何かしら、あの人。…紗由、あの人と前にも会ったことがあるの?」怪訝そうな周子。
「きのう、おうまさんがいたとこにいたよ」
「伯母様の家に行く途中で、どこかに寄ったのかしら」
「かもしれませんね…」玲香も不思議そうに紗由を見る。「お馬さんは、どこにいたの?」
「あゆみちゃんがいたお部屋」
さらに訳がわからないと言った様子で首をかしげる周子と玲香。これ以上、詳しく聞かれるのはまずいと思った翔太が話に割り込む。
「あのおっさん、何か、勘違いしとるんやな。このスケッチブックの字は、皆で清流に来てくれはったときに、紗由ちゃんが龍くんに字を教わって書いたやつやろ。部屋に行ったときにあったもん。何やろ思うて後で龍くんに聞いた」
「何でそれが治癒とか障りとかになるの?」
「紗由ちゃんと龍くんの名前書いてた言うとったから、うーん、これは、さゆ、さゆ、り、りゅう、の失敗作やな。俺も最初は、こんなん書いとったわ」
「…なるほど、そういうことね」くすっと笑う玲香。
「ずっこいこと考えたから、何でも自分を叱ってるみたいに思えるんや。つまみ食いしたとき、おかんが後ろから来たのと同じや。生きた心地せえへん」真剣な顔でつぶやく翔太。
「言われてみれば、ちゆ、さわり、りゆう、に見えるわね」くすりと笑う周子。
「名前を書いたからサインなのに、それまでああやって曲解しちゃうのね」
「おのれをヒーリングするのが先やな」
「そうよね。自分が癒されてないのに、他人を癒すなんてできないわよ」
「これみせたのに、げんきにならない」不服そうに翔太を見上げる紗由。
「あのおっさんは、特別や。紗由ちゃんといれば、みーんな元気になるんやで」
翔太はそう言いながら、紗由と手をつなぎ、車へと歩いて行った。
* * *
飛呂之の車で帰る途中、玲香と翔太は、さっきの禊屋のことを話していた。
「玲ちゃんの言うとおりや。ヒーラーいうんは世間のこと、よう知らんかったりするんや」
「そうねえ。少し世間離れしている人が多いかもね。あまり現実世界のことに興味がなかったり。…でも、5段重ねの押し寿司器を知らないのは、まあいいとしても、フタに玉をくわえた龍の彫刻が施されているからって、“龍の玉”だと思い込むっていうのは、どういう頭の回路なのかとは思うわね。特に舞喜ちゃん。あれぐらい見たことないのかしら」苦笑する玲香。
「舞喜ちゃんはアホやからしかたないけど、ヒーラーのおっさんのほうはなあ。なんでもかんでも、そういうことに結びつけんと気いすまんのやな」
「だから苦手なんだよ。あの手の連中は。与えられたもので満足するということを知らない。分不相応にいろんなことをしたがって、その挙句、他人に迷惑をかける」
「じっちゃん、舞喜ちゃんはただのアホやで。悪いこと考えてるわけやない」
「馬鹿なの自体が悪いことだ」珍しくきつく他人を評する飛呂之。
「ほんとよね…。雀のおじさん、つくづく可愛そう。実家で療養している小母さんだって、息子がああじゃ、よけいに具合悪くなりそうだわ」
「だがな、それでも…どんなに馬鹿でも、可愛いもんなんだよ、子供というのは」運転しながら、ミラーでちらりと玲香を見る飛呂之。
「それはどうも」自分が馬鹿だと言われてると思ったのか、いささか不機嫌になる玲香。
「俺、今度、“命”さまに聞いてみるわ。舞喜ちゃんのアホを直す薬ないのかて」
「おまえたちの無鉄砲を治す薬もないかどうか、聞いてみてくれ」
飛呂之の言葉に、玲香と翔太は気まずそうに黙り込んだ。
「翔太はまだ子供だから、多少配慮のないことをしても仕方ない部分もある。だが玲香、今回皆無事だったからいいものの、誰かに何かあったらどうするつもりだったんだ。向こうが凶器を持っていたら、おまえ一人じゃどうしようもないだろ」
「入る前に二人が丸腰なの確認したもの…」
「そういう問題じゃない。相手が二人だけじゃない可能性だってあるだろ」
「そうだけど…」
「下手すれば、西園寺家にも迷惑がかかったかもしれん。…もし、この先、賢児さんとのことを考えているんなら、少しは立場をわきまえて慎め」
「とうさん…」
「だいたい、おまえの腕じゃ、目の前の標的でも当たるかどうかわからないだろ。ああいうときはな、確実な腕を持った人間が行くもんなんだ」
「そや。じっちゃんやったら、百発百中や! 玲ちゃん、今度はじっちゃん、よこしてな」
「馬鹿もん! 今度なんて、あってたまるか!」
ミラー越しに睨まれた翔太が、気まずそうに下を向く。
「まったく賢児さんも奇特な人だよ。私なら、こんなじゃじゃ馬とは付き合わない」
玲香も気まずそうに下を向き、すみませんと小声でささやいた。
* * *
本当なら、翌日土曜日の午後から、華織の仮住まいに訪れる予定の翔太だったが、さすがにそれは鈴音が許さなかった。
ただ、翔太を探すのに紗由と龍の協力があったこともあり、また玲香と賢児の関係を考えれば、華織からのお願いを、そう無碍にも断れないと思った鈴音は、その翌週の週末に、玲香が付いて行くのならばという条件を付けて許可した。
「玲ちゃん、ごめんな。おかんに怒られてしもたな」
「いいのよ。ああでも言わないと、おかんも格好付かないのよ」
「おおきに。…あ、賢ちゃんの車や!」大きく手を振る翔太。
賢児の車が二人の横に停まる。
「お待たせ」
ドアを開けて玲香を乗せる賢児を見ながら、翔太が言う。
「賢ちゃん、王子様みたいや」
「王子様は、これから王様と仕事の話なので、ちょっと緊張しているのであります」
「グランパさんこと、苦手なんか?」
「うーん。仕事では、いちばん交渉したくない相手かも」
「切れ者ですものね。ついていけるのは常務だけって、昔はもっぱらの噂でしたよ」
「いきなり会社辞めたんやろ? めーわくやんけって、文句言うたらどうや?」
「たぶん、最初に平謝りしてくるよ」苦笑いする賢児。
「じゃあ、こっちが先に平謝りしたらどうでしょう。社長の思うような状態にはなかなか出来ておりません。資金繰りも大変なので、契約金まけてくださいなって」
「…いいかも。それで行くか」
「ねぎるんなら、俺、得意やで!」
「じゃあ、翔太部長にお願いするか」
賢児と玲香は楽しそうに笑った。
* * *
「でも、お義父さ…いえ、先生。これから選挙に向けて忙しくなる時期です。私は必要ないということですか?」
「違うよ、周子さん。君は私にとって、大事な仕事のパートナーであり、大事な娘だ。そして、可愛い孫たちの母親でもある」
「もしかして、伯母様から…」
「そういうことだ。周子さんが不安なままでは、紗由にそれが影響する」
「涼一さんは、このことを?」
「いや。あいつは明後日からしばらくアメリカへ出張だろ。ちょうどいい。その間に龍と紗由を連れて行っておいで。姉さんにできる限りのことを、してもらってくるといい」
「わかりました。ありがとうございます」
今の中途半端な“力”を調整しないと、紗由に悪影響を及ぼしかねない。華織からそう言われ、周子は静岡に来るようにと言われていた。
だが、保の選挙の準備もある。いったん断った周子だったが、華織から保へ連絡が行き、保は選挙の準備手伝いよりも、周子を華織の家に行かせるほうを優先させた。
保との電話が終わってから、周子が華織に連絡すると、どうやら翔太も来ることになっていた。
「どうしたの、かあさま。元気ないね」
「げんきない」紗由が心配そうに見上げる。
「…うん。何か、皆に迷惑かけちゃって…。翔太くんも伯母様の家に来てくれるみたいね。この前、あんなことがあったばかりなのに、鈴音さんも心配よね。申し訳ないわ」
「まあ、鈴音さんには、翔太くんを呼ぶ理由は言えないけど…」
「何だか騙しているみたいだわ」
沈みこむ周子に龍が言う。
「かあさま。そのぐらい平気にならなきゃ駄目だよ」
「え?」
「紗由の力が、もしこのまま育っていったら、紗由は外に出たときに、ずっとウソをつくことになるんだ。僕が今まで、そうして来た様に」
「龍…」
「すぐ近くで見ている人が、それを辛いって思ったら駄目だ。おばあさまも、グランパも、そんなことしなかった」きつい口調で周子に言う龍。
「ご、ごめんなさい…」
龍がこれまで、どんな思いで過ごしてきたのか、力のぶんの辛さが、自分の心の奥まで流れ込んでくるような気がして、胸が痛くなった。
「怒ってるわけじゃないよ。今、紗由を守れるのは、かあさまだけだから言ってるんだ」
「そうね…。そうだわ、龍。ありがとう」周子は静かに紗由の頭を撫でた。
「翔太くんはさ、喜んで協力してくれるよ。これって紗由のためでもあるわけでしょ? 翔太くん、紗由に夢中だもん」
「だもん!」
「ふふ。紗由ったら」
周子は、うれしそうに笑う紗由の鼻の天辺を、人差し指でちょこんと突いた。
* * *




