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その6


「奥のほうまで入るの初めてやなあ」翔太がキョロキョロと辺りを見回す。

「あれ、そうだっけ?」

「客やないし、消防署や保健所の人でもないのに、何しに来るん。…ところで玲ちゃん、どこにいるんや?」

「あ、えーと、ちょっと今、遅れてて、あと30分くらいかな」

「それにしても、玲ちゃん、何でこっちに来たんやろな。羽童持って来いって言うたんやろ? 意味わからへん」

「俺もよくわかんないけど…」


 舞喜雄は、嘘をついて学校帰りの翔太を連れてきていた。

 玲香が急にこちらに来ることになり、羽童がいるので持ってきてくれと伝言を受けたと翔太に話したのだ。

「でも、普通は玲ちゃん、直接電話してくると思うんやけどなあ…」

 翔太は玲香に電話したが、玲香が圏外でつながらなかったため、とりあえず舞喜雄に従って雀のお宿までやって来た。


 だが舞喜雄は、玲香が来ると言いながら、途中、翔太と一緒に1時間以上もゲームセンターで遊んでいた。

 翔太は翔太で家へ電話するのもすっかり忘れてしまっていた。紗由に似た、かわいい天使キャラが出てきたので、夢中になっていたのだ。

 だが、それがその後、どんな騒ぎにつながるのかは想像もしていなかった。


  *  *  *


「龍、おまえは地図から相手の居場所がわかるとか、そういうのは可能なのか?」

 賢児が聞くと龍が答えた。

「…やってみるよ」

 地図に手をかざす龍の脳裏に、昨日、車でヒーリング会場まで走ったときの風景がよぎった。

「どうした、龍?」

 龍がそれに答えようとすると、紗由が言った。

「ここ」紗由は清流から、そう遠くない地点を指差した。「とりさんち」

「ここに翔太がいるのか?」

「雀のお宿です、ここ」玲香がびっくりしたように言う。

「…さっきも言ってたよ。とりさんて」龍が補足する。「それに、ぽんぽんのおじちゃんていうのは…」

「何だ?」

「あ、何でもない」


 昨日、華織に言われて紗由と二人で入った会場にいた人のことを、紗由が“ぽんぽんのおじちゃん”と言っているのではないかと思ったのだが、それを言うと、おばあさまの探し物のことも話さなければならなくなる。そう思い、龍が口ごもったとき、玲香が叫んだ。

「もしかしたら…さっき龍くんが言ってたのは、雀のお宿の門かも。鳥が彫ってある石…」

「前に見た、あの写真の中にあったやつか?」

 賢児の問いに頷く玲香。

「間違いなさそうだな。手配するよ」賢児は、警察と私的な警護関係者に改めて連絡をして、指示をした。

 GPSは、ちょうど周囲にトンネルが多かったりもすることから、可能性のある場所の割り出しをしていたが、依然翔太は見つからなかった。

「少しの間、この近辺で反応が出たらしい。すぐに消えたらしいんだが。…宿にいるか、向かっているのだとしたら、また水筒が反応するかもしれない」

「賢児さま…」

「大丈夫だ。絶対に見つかる。見つけるから」涙目の玲香を、賢児は強く抱きしめた。


  *  *  *


「あ。これ、持ってきてもうたわ。やっぱり電話せんと」

 押し寿司の型を持ってきてしまったのに気づいた翔太が、光彦に電話しようとすると、舞喜雄が慌てて止めに入った。

「あ、いいじゃん。ね。別にいいじゃん、電話なんて」

「ようないわ。大事なものやからな、これ」

 ここで玲香と会うことは玲香から連絡が行っているかもしれないが、押し寿司の型のことは玲香は知らない。知らせておかなければと、翔太が光彦へ電話しようとするが、今2人が歩いている廊下には電波が入らなかった。


「あれ。ここ、電話でけへんのか?」

「ああ、この辺からもう入らないのかな。奥の部屋だと完全につながらない」

「舞喜ちゃんとこも、お忍び中できるんや」

「お忍び中?」

「電波入らん部屋行くことや」

「ああ、西側の奥の部屋のことか。へえ。翔太んとこにもあるんだ」

「うん、あるで。…でも、なんやな。廊下から電波入らんのか? この辺、客間やろ。めーわくな造りやなあ」

「いや、こっちの棟は手前の2部屋しか客入れてないよ。電波悪いと文句くるからなあ」

「せやろなあ。…にしても、宿の造りいうんは皆同じなんかな。よう似とるわ」きょろきょろと辺りを見渡す翔太。


「あ。…まあ、とにかくこっち来てよ、な」

 舞喜雄がそう言って翔太を招きいれたのは忍び部屋の隣の部屋だった。

「連れて来たよ」

 舞喜雄が声を掛けると男性が振り返る。

「こんにちは、翔太くん」

「あれ? このおじさん、前にうち来たことあるで。舞喜ちゃんの友達か?」翔太が舞喜雄に訪ねる。

「恩人なんだよお。へへ。ちょっと関根さん、いや、禊屋先生のお願い、聞いてくんない?」

「お願い?」

「驚かせて悪かったね、翔太くん。実は、おじさん、翔太くんが持っている羽童をおじさんに貸してほしいんだ」

「羽童様を? 人に貸したことなんてないで」

「ああ、そうかもしれないね。でも、おじさんには今その羽童の力が必要なんだよ。どうしても必要なんだ。ちょっとでいいんだ。貸してもらえないかな…」

 やさしく微笑む禊屋の顔を見つめながら、翔太はしばし考え、言った。「理由教えてや」


「おじさんはヒーラーなんだが…わかるかな、ヒーラーというのは…」

「ああ、知っとるわ。お医者さんみたいなもんやろ?」

「そうだよ。それをやってるんだがね、最近、全然効果がなくなっちゃって、お客さんたちを楽にしてあげられない。それで困ってるんだ。

 もしかしたら、その羽童があれば、私の力が元通りになるんじゃないかと思って。ほら、この前、庭の偽物に触れたことがあっただろ?

 あの後、だいぶ調子がよかったんだ。だから、本物だったらもっと調子がよくなれるんじゃないかと思ってね」

「ふうん、そないなんか。…今持ってるの、この前の子やけど。ええよ。…はい」羽童をズボンのポケットから取り出すと、それを手渡す翔太。

「ありがとう!」うれしそうな顔で翔太の頭をなでる禊屋。「これがあれば…きっと元に戻る。きっとまたヒーリングができる。…ああ、これだ、この感覚。心がすっきりと洗われていくようだ」

 しばらく羽童をなでながら、その“気”に触れ、吸収しようかとするように、頬ずりをする禊屋。

「気持ちええやろ? その子は、すごーく、ええ子やからなあ」

 ニッコリ笑う翔太に禊屋もニッコリと笑う。

「本当だ…。ありがとう」


「そうだ。そういえば、龍の玉ってやつは?」関根に聞く舞喜雄。

「羽童で、とりあえず様子を見ようか」

 なぜかはわからないが、羽童を手にして満たされた気分になっていた禊屋は、今すぐに龍の玉をどうこうという心持ではなくなっていた。

「でもさあ、龍の玉があれば、もっとすごいことになるんだろ。ついでにどうにかしてもらえば、いいじゃん」禊屋の肩を引き寄せて、舞喜雄が言う。

「なあ、翔太は特別な継承者なんだろう?」

「おれ? よう知らんわ」

「知らないんなら教えてやるよ」自慢げに説明を始める舞喜雄。「羽童の真の力を継ぐ者だってさ。未来を予知できる力なんだぜ。龍の玉とやら使うと、翔太はその力を使えるんだよ。それがあれば、何でも手に入れられるだろ。すげーじゃん」


 うれしそうに言う舞喜雄を見ながら、翔太は眉間にしわを寄せた。

「…あんなあ、舞喜ちゃん。ええ年こいて、ずっこいこと考えんとき。未来ちうのは、あてもんや。たまーに水色の玉や黄色い玉が出るから、おもろいんやで。金玉ばっかりやったら、しょーもないやないか」

「だって俺、親父に迷惑かけっぱなしだからさあ。イイ感じになりたいじゃん」

「それだからあかんのや。だいたい普通、初心者がいきなりそんなんダメやろ」

「羽童を使いこなすのが先ってこと?」

「せやなあ」


「ところで、その包みは何だい?」翔太の横においてある風呂敷包みを覗き込む禊屋。

「これ? ああ、これはな…うーん、まあ、俺の力の元やな」風呂敷包みを抱え込む翔太。

「力の元…? 見せて見せて」包みを取り上げる舞喜雄。

 包みの中からは五段重ねの木箱が現れた。その天辺には龍の彫り物が施されている。

「ねえ、もしかして、これ? これが、羽童の力を他人にも与える“龍の玉”ってやつ?」大声で叫ぶ舞喜雄を、禊屋が後ろから覗き込む。

「確かに玉をくわえた龍の模様が彫りこまれてるな。…つまり、君がそれを使えば、羽童が持つ力を手に入れられるんだね」

「いや、別にそんな大層な…」

“押し寿司と童様が関係あるなんて、聞いたことないけどなあ…”

 そう思った翔太だが、二人のうれしそうな様子に水を指すのも悪いような気がして、そのままにしておいた。


「すんげえ。龍の玉かあ!」翔太の言葉を聴かずに、勝手に興奮する舞喜雄。

「翔太くん…おじさんに、これの使い方を教えてくれないかい?」

「うーん…」

「頼むよ。なあ、お願いだよ」

「…でもなあ、けっこうコツがいるいうか、難しいし…俺も覚えるの時間かかったんやで」

「私がマスターするのが無理なら、それを持って、しばらく一緒にいてもらえないだろうか。ヒーリングの間だけでいい」

「そないなこと言われてもなあ…」何となくかみ合わない話に、少々戸惑う翔太。

「頼むよお。これの使い方教えてよ、な」


 ここは教えて、とっとと帰ったほうがいいかと思った翔太は、少し考えて二人に言った。

「うーん。じゃあ、必要なもん言うから用意してや。ほんとはシャリやけど、練習やから米でええわ」

「仏舎利か!?」傍にいた禊屋が緊張した面持ちで聞く。

「あとなあ…葉っぱ。榊の葉っぱでええわ」ネタの代わりに使える何かがないかと思ったとき、玄関先に榊の木があったのを思い出した。「それから…セイバーやな!」

「セイバー?」

「すぱっと、こう切れるんが、ええなあ。まあ、練習やから、何でもええけど」

「ナイフでいい?」

「今はほんとに切らんけど。それから、塩とお酢も。あ、そうや、あと…門の前にある火鉢な」

 最後に重石をしなければいけないと、翔太は思った。


 禊屋は、翔太の言葉を真剣に聞き入っていた。

“仏舎利、榊の葉、刃物、塩…。すべて、宗教儀式に関わるものばかりだ。火鉢もそうだ。朱雀、つまり鳳凰には火の属性があると言われている。そうか…やはり、それなりの覚悟で、この伝授に望まねばならないのだ”


「それと舞喜ちゃん、のど乾いた。飲みもん、欲しい」

「あ、ごめん、ごめん。オレンジジュースでいい?」

「コーヒー。ミルクだけ入れて。ブルマンとモカのブレンドな」

 賢児の真似をして、コーヒーを注文する翔太。前になめたとき、ものすごく苦くてひどい思いをしたのだが、子供というのは時として、もう一度だめな何かをしてみたくなることがある。

「うん、わかった。待ってて。禊屋先生は?」

「じゃあ、お茶をもらおうかな」

「おっけー!」

 舞喜雄は言われたものを準備しがてら、飲み物を用意しに再び厨房に向かった。


  *  *  *


 雀のお宿に向かう車の中でも、賢児や玲香は方々に連絡を取っていた。また、それぞれに翔太に電話をかけてはみていたが、相変わらずつながらなかった。

 ただ、玲香が前回かけてたときのように出ないのではなく、今度は圏外になっていた。

「清流のほうにも、特に連絡がないようだな。単純な誘拐なら…いいかげん犯人から接触があっていいはずだが…」

 かれこれ2時間以上が経っていた。

「すみません、翔太のために皆さんで…」

「だいじょうぶだよ、玲香ちゃん。僕と紗由が必ず見つける」強いまなざしで玲香を見つめる龍。

「…ありがとう、龍くん」

「さっき鈴音さんにも言ったけど、危険だったら、僕のところに何かしるしが来てるよ」

「しょうたくん、せんせいだよ」ニコニコしながら龍を見上げる紗由。

「えーと…よくわからないな。…紗由、翔太は元気でいるのか?」

 賢児の質問に、一同が紗由を見つめる。

「うん。…でも、にがいよ。ぺっぺってする」顔をしかめる紗由。

「龍…通訳してくれないか?」


 再び紗由の手を握る龍。

「ええと…先生っていうのは、たぶん翔太くんが誰かに何か教えてるんだ。でも怒ってるみたい。…ぺっぺっていうのは、よくわかんないや…」

「翔太が無事ならいい。よかった。それにしても、壮大なかくれんぼだな。翔太のやつ」

 賢児は玲香に微笑むと、龍に言った。

「かくれんぼ、さゆもする!」

「だーめ」

 賢児は紗由にメッという表情をしたが、紗由の頭の中は、このとき“かくれんぼ”で一杯になってしまっていた。


“紗由がここまで一度に反応したのは初めてだ…”

 龍はさっきからの紗由の様子を見ながら不思議に思っていた。

“かあさまの影響とは違う。“何か”を経由している気がする。でも、おばあさまとは連絡できないし、かあさまでも僕でもなかったら、誰? じいじ? いや、この前、僕と一緒にふさいだはずだ”

 この場では、紗由の“力”が一番役に立ちそうだとは思ったものの、龍は何か違和感を拭いきれずにいた。


  *  *  *


「ここが雀のお宿か…」

 車から降りた賢児は、辺りを注意深く見回した。

「ちょっとよろしいですか、賢児さん」

 後ろの車から降りてきた男性二人が賢児に声をかけた。龍と紗由が人が多い場所へ出かけるときに警護しているSPだ。昨日の一件があったため、しばらく付けておくようにと涼一が再度依頼していたのだ。

「宿の電話は留守電になっていて、一昨日から明日まで営業していないというアナウンスが流れます。それと宿には常駐の客が何名かいるようです。その人たちは、いるかもしれませんから、もし今回の件に事件性がある場合、その客の安全も確保しなければいけません。

 まずは、一般客を装って我々が中に入ります。皆さんは車の中で待機していてください」

「わかりました」


「あっ。これだ! かあさま、これだよ。さっき見たの、この石だ」

 龍に呼ばれた周子が石柱に近づいた。

「これが、紗由のいう“とりさん”なのね」

「たぶん、そう」

“ここ、昨日のところに似てるなあ。屋根がそっくりだ…”

「周子さん、車の中のスマホ鳴ってるよ!」

「あ、はい。ありがとう!」

 電話に出ようとした周子が龍と紗由の傍を離れ、車に走り寄った。

 龍も後に続こうとしたが、その途端、両足とも靴ひもがほどけてしまったので、紗由の手を離してしゃがみ込み、紐を結ぼうとした。


 紗由がそれを真似するように、龍の後ろでしゃがみこむ。リュックを背負ったまましゃがみこんだため、ちょっとバランスを失いかけ、横を向くように体の角度を90度変える紗由。

 すると、ちょうど紗由の正面に植え込みが見えた。紗由がしゃがんだ高さぐらいまで、ぽっかりと穴が開いている。

“かくれんぼだ!”

 そーっと、植え込みに近づき、穴の部分に入り込む紗由。最初はそこでじっとしていようと思ったのだが、ふと横を見ると、植え込みがちょうどトンネルのように向こうまで続いている。皆に見つからないようにと、紗由はどんどん進んでいった。


 靴の紐をしばり終えた龍が、紗由がいないことに気づいた。

「かあさま! 紗由は?」

 龍の声で、賢児たちが一斉に振り返る。

「賢ちゃん、紗由が消えちゃった!」

「消えた!?」

「靴の紐結んでたら、いなくなっちゃった…」泣きそうな龍。

「じゃあ、まだ遠くには行ってないはずだ。車の通れるところは封鎖してもらおう」

「紗由! どこなの!」

「紗由!」

「紗由ちゃん!」

 皆が声をあげ、紗由を探すが、紗由は植え込みの中で、その声を聞きながら、さらに進んで行ってしまっていた。

“かくれんぼだから、でないの”


「周子さん、GPSは?」

「今、接続してるわ」周子には、その20秒あまりが、まるで何時間もの長さに思えた。

「紗由…」周子のスマホを覗き込む賢児。「誤差があるにしても、宿の敷地内だな。車で移動とかじゃなさそうだ」

「あの…もしかして紗由ちゃん、かくれんぼしてるつもりなんじゃ…」

「そうか! さっき、やりたがってたもんな。…ごめん、俺がかくれんぼなんて言ったから」賢児が眉間にしわを寄せて目を落とす。

「僕が手を離しちゃったから…」

「違うわ。かあさまがいけないの。ちゃんと手をつないでいなかったから」

 責任の所在は自分だという3人に、玲香が強い口調で言う。

「今は探すのが先決です。紗由ちゃんも、翔太も」


  *  *  *


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