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その5


 翔太の影童に触れてからヒーリング能力戻っていた踊一郎だったが、しばらくすると、また力が落ち始めていた。今度は、前回よりも状態がひどい。

“やはり、本物が必要だ。あの影童以上の、本物の羽童に接触できれば、きっとこの状態は打破できる。きっと何とかなる…。

 いや、でも、どうしたらいいんだ。清流の主人は、何だか私を疎んじている感じがした。また訪ねて行ったとしても、結果は同じだろう。シラを切られるだけだ。

 かと言って、毎日、あの庭の影童に触れに行くわけにもいかない…”


 もう一度、雀のお宿の村島に、清流へ同行してもらおうかと思った踊一郎だったが、ちょうど村島は親戚の法事で田舎に出かけていた。

 そしてその間に、借金を作って母方の実家で謹慎させられていた駄目息子の舞喜雄が、およそ半年ぶりに宿に帰ってくるということだった。

“村島の息子か…。彼は何か知ってないだろうか。せめて清流のあの少年との接点はないのだろうか”

 禊屋は、とりあえず舞喜雄の帰りを待つことにした。


  *  *  *


「ただいまあ。…あれ、仲居さんたち、いないの? 今日、休みにしてんの?」

 玄関先で靴を脱いでいる舞喜雄に、男性が声を掛けた。

「もしかして、舞喜雄くん?」

「ああ。関根さんですよね? …あ、ここでは禊屋さんか。…その節は親父がお世話になっちゃって、どーも。ってか、俺か、結果的に世話になったのは。へへ」

 禊屋にぺこんと頭を下げるのは、雀のお宿の一人息子、舞喜雄だった。

「俺の借金、肩代わりしてもらったって。ありがとうございました」


「ああ。いいんだよ。こっちは代わりに、宿の半分を好きに使わせてもらっているからね。今日から3日間は、私ら以外のお客を取ってないようだよ。

 …それより、いいお父さんじゃないか。もう苦労かけちゃ駄目だよ」諭すように言う禊屋。

「あ、はい。そのうち、俺もガツンと一発当てて、親父のこと楽させてやりますんで」

「君はもう少し、堅実な生活を送ったほうがいい」

 へらへらと笑う舞喜雄を前にして、言いたいことは山ほど出てきそうになったが、踊一郎はそれらをぐっと飲み込んで、舞喜雄に確認した。


「そうだ。君は、羽童や文書について何か知っていること、あるのかい? あったら全部教えてほしいんだけどね」

「羽童?…うーん、むかーし、じいちゃんがそんな話してたような気がしますけど、親父は何も知らないんじゃ。羽童とかいう人形は、もう返しちゃったはずで、文書はどうかな。一緒に返したのかなあ。…あ、でも見たいんだったら、清流に行って聞いてみればいいっすよ」


「そうか、雀さんはもう持ってないんだね」さも今初めて知ったかのように繰り返す踊一郎。

「何でそんなこと聞くんすか?」

「不思議な力を持つ人形だと聞いたことがあってね。私はヒーラーをやっているもんだから、ヒーリングに役立てられるものは、いつでも探している。癖だね」笑ってみせる踊一郎。

「そうかあ」


「もうひとつ、ついでに聞くんだが…宿の中には、“龍の玉”というのを持っているところがあるらしいね。それは知ってる?」

「龍の玉? 聞いたことないっすよ」

「そうか…。おそらくパワーストーンだと思うんだが、それもできれば借りてみたくてね」

「それも清流かなあ」

「特別な跡取りと認められた子が持つらしいんだが…」踊一郎が舞喜雄の目を見ずに言う。

「特別ねえ」


「すまないが、君のほうから確認してもらえないだろうか」

「何で、清流のおじさんに直接聞かないんすか?」

「ははは。あそこのご主人は、ヒーラーとか、その手の人間があまりお好きでないようなんだよ。前にうかがったときも、そこまで話が行かなかったというか」

「ああ。そうっすね。おじさん、そういうの嫌いっぽいや。近所の祭りで神官みたいなことやってんのに、翔太にはビジネスだって言ってるらしいし」


「翔太?」

「清流の孫ですよ。可愛くて賢い子なんすよ、これが。お客に大人気。うちの親父なんて、おまえに翔太くんの半分でいいから脳みそがあればって言うし。へへ」

「ああ、もしかして、あの時の子かな。彼が特別な跡取りなのかな…」

「うーん、じゃあ、翔太、かるーく誘拐してきますから聞いてみてください。俺よりは、いろいろ知ってると思うし」

「そうか。お願いできるかい」真剣なまなざしで舞喜雄の手を取る踊一郎。

「1千万に比べたら、お安い御用っす。待っててください」

 舞喜雄はさっそく清流に向かおうと、自分の車に乗り込んだ。


  *  *  *


 踊一郎と舞喜雄の話を途中から耳にした美紗緒の心臓は、鼓動がどんどん早くなって行った。

“誘拐って、先生、そんなこと本当に…? それに、清流って玲ちゃんの家…”

 踊一郎=禊屋のところに来る前、様々な代替医療のセミナーに通った美紗緒は、2年前にアロマの講習会で玲香と知り合い、住所と電話番号を交換していた。

 終了後も年に3回程度、その集まりがあるようで、その都度、玲香から連絡が回ってくるのだが、美紗緒はその後、一度も会合に出るには至らなかった。

 玲香が東京に出たことを知らずにいたため、美紗緒は玲香がまだ清流で暮らしているものと思って電話をかけた。


「玲ちゃん、お久しぶり。美紗緒だけど…あの、あのね。実は…」

 とりあえず、翔太くんから目を離さないでと伝えようとしたが、玲香のほうが電話の向こうで慌てている様子だった。

「美紗緒ちゃん、ごめん。今、ちょっと取り込んでて。ごめんね。落ち着いたらこっちから電話する。じゃあ、また」

 昨日、龍と紗由が家出した件で、ばたばたとしていた玲香は、今日はその埋め合わせのために、さらにばたばたしていた。

「玲ちゃん…」

 あっという間に電話を切られた美紗緒は迷っていた。

“どうしよう。剣先生に相談しようか…”


  *  *  *


 美紗緒は剣の部屋を訪れた。

「先生、ちょっとよろしいですか?」

「はい、どうぞ。何でしょうか」物静かな笑顔で振り向く剣。

「あ、すみません。絵を描いていらっしゃったんですね」

「かまいませんよ。少し休憩しようと思っていたところでしたから」


 剣が初めて禊屋の元に来たのは、禊屋が雀のお宿で活動を始める少し前のことだった。きっかけは、禊屋のクライアントが見てきたイギリスでの絵の展覧会だ。10名ほどのアーティストが出展していた、その展覧会で、ひときわ人気の高い作品の作者が剣だったのだ。

 クライアントの男性は一目で剣の作品が気に入り、その場で何点もの購入を決めた。

 その作品をそばに置いておくと体調がよくなるという評判で、実際、彼が帰国してからも、その効果が見て取れたので、禊屋にも絵のうちの一枚をプレゼントしたのだ。

 禊屋も剣の絵を気に入り、描いた人に会って見たいと言っていたところ、剣が帰国することになったとクライアントから聞いて、二人は出会うに至った。


 剣は、禊屋のような形でヒーリングをしていたわけではなかったが、禊屋に言われるままに、見よう見まねで施術をしてみると、かなりの効果が得られることがわかった。

 それならもう少し勉強してみようかという剣と、自分の調子が下り坂だったため助っ人が欲しいと思っていた禊屋の思惑が一致し、剣は禊屋の弟子になり、実地を手伝いながら勉強をすることになったのだ。

 とはいえ、剣は1年後には行かなければならない場所があるということだったので、1年限りとの約束で禊屋の元にいることになった。


「どうかなさいましたか?」

「あの…考えすぎかもしれませんが、禊屋先生が最近、焦っていらっしゃるように思えて」

「ヒーリングのことですね」

「はい。先生はもうお気づきですよね、禊屋先生の不調が続いていらっしゃること」

「ええ、まあ…」


「それでですね、この辺の旅館に伝わる伝説みたいなものなんでしょうか、羽童とかいう人形があって、それに何か癒しの力があるようなんです。

 禊屋先生はそれを手に入れたがっているようで、この宿にはないんですが、清流旅館というところにはあるみたいで、そこの子供をここに連れてきて、その人形を手に入れようみたいなことを、さっき、ここの息子さんと話してたんです、先生が。

 で、その息子が車に乗って行って…。心配し過ぎかもしれないんですけど、あの息子、チンピラっぽかったし、小さい子を連れてくるなんて、誘拐にでもなったりしたらと思って、それで…」


「そういうことですか。…そのお子さんは、ここの息子さんとは知り合いなんですよね?」

「だと思いますけど…」

「その子の親御さんに断ってからなら、何も問題がないと思いますよ。ただ…」

「何ですか」

「何かの金品が絡むことになると、子供だけ連れてきてどういうというのは、かなり問題ですね。子供のおもちゃを借りるのとは訳が違うでしょうから」


「そうですよね。やっぱり、何かちょっとまずいですよね。どうしたらいいんでしょう」

「先生も、その息子と一緒に出かけたんですか?」

「いえ、車に乗って行ったのは息子一人です」

「そうですか。じゃあ、一緒に先生の部屋へ行ってみて、詳しい話を聞いてみましょうか」


 二人は禊屋の部屋を訪れたが、留守のようだった。

「どこへ行ったのかしら、先生…」

 電話をかけて居場所を確かめようと、スマホをポケットから取り出した途端に着信音がなったので、美紗緒はビクッとした。画面に出ている名前は禊屋ではなく、玲香だった。

「もしもし、玲ちゃん?」

「ごめんね、美紗緒ちゃん、昨日は。ちょっとバタバタしていて。今日も午前中ずっと倉庫で棚卸しだったから。ところで、どうかしたの?」

「あ、あのね、沙織さんの連絡先わからないかと思って。静岡に来るっていう噂を聞いてたんだけど…」

「うーん、わからないわ…ごめんね、お役に立てなくて」


「ううん。いいのよ。今お世話になってる先生のヒーリングがどうかしらと思ったものだから。…玲ちゃんは、その後変わりない?」

「私は、この春から東京で就職したの。今も東京からなんだけど」

「あ、そうなの。忙しいところ、ごめんね。今度戻ってくるときは、時間あったら連絡ちょうだい。久しぶりに会いたいわ」


「うん、わかったわ。じゃあ、またね。お役に立てなくてごめんなさい」

「いいのよ。じゃあね」

 美紗緒は電話を切った。剣が傍にいることもあり、タイミング的に玲香に翔太のことを言いづらくなっていたので、そのまま触れずにおいた。

「あ。すみません。先生にかけてみますね」

 そう言うと、美紗緒は通話履歴から慌しく番号を拾ってかけたが、禊屋の電話は圏外になっていてつながらなかった。


  *  *  *


「翔太くん、こんにちは。…これ、この前お借りした押し寿司の型。助かったわあ」

 学校から帰ってきて勝手口をくぐろうとしていた翔太に、そう言って声を掛けたのは、清流から歩いて5分くらいのところにある雑貨屋の娘、愛子だった。

「あ、愛子さん。こんにちは。今日もおきれいですなあ」にこにこと答える翔太。

「もう、相変わらずうれしいこと言ってくれるんだから」愛子もにこにこしながら翔太の頭をなでる。「悪いんだけど、これ、お父さんに返しておいてもらえる? お昼時お邪魔するのも悪いし」

「はい。渡しときます。…そや、よかったら、このお花持ってったってください」翔太は、今朝摘んだ、木戸の裏のバケツに入れてあった花を渡した。


「あら、ありがとね。翔太くんのくれるお花、売り物の花瓶に入れて店先に飾ると、花瓶がよく売れちゃうのよね。ふふ。

 …ああ、大変、遅れちゃう! 沙織ちゃん、駅まで迎えに行く途中なの」

「ご苦労さんですな。お気をつけて」


 愛子は、翔太から花束を受け取ると、手を振りながら近くに停めてあった車に戻っていった。

「お父さんには、またあとで電話入れるわ!」

「さよならあ」

 門のところで手を振る翔太に、愛子がクラクションで応答する。


“そういや、おかんが言ってたなあ。愛子さんちで、知り合いの娘さん、しばらくあずかるて。体の弱い言うてたっけか”

“こっち来て、ようなるとええなあ”

 翔太が勝手口を閉めようとしたとき、後ろから彼を呼ぶ声がした。


  *  *  *


「こんにちは」

 飛呂之の妹の弦子が、大きな風呂敷包みを抱えて勝手口から入ってきた。

「あら、大おかみ! お久しぶりです」

 仲居頭の宮城が弦子に深々と挨拶をした。

 弦子はいわば先代のおかみで、鈴音におかみ教育を施した人間でもあった。現在は引退して、隣町で染物の工房を開いている。

 ちなみに彼女は、賢児の父、現外務大臣の西園寺保の熱烈なファンでもあり、彼の選挙に一票を投じたいがために、その選挙区内にマンションを買って住民登録をしてある。そのマンションには現在、玲香が住んでいる。


「宮城さん、あいからわず福福しいお顔ねえ。見るたびに、いいことがありそうだわ」

「あらやだ、そんな」

 弦子の声を聞きつけた鈴音がやってきた。

「あら、伯母さん、いらっしゃい」

「持ってきたわよ、例の注文の品」そう言って弦子は居間へと上がり込む。


 弦子が持ってきたハッピを広げると、鈴音は、あちこち細かくチェックする。

「うわあ、すごいわあ。さすがは伯母さんね」

「頑張っちゃったわよ。だって、玲ちゃんが先生のサインをもらってくれるって言うんだもの」

 ほんのり頬を染める弦子を見ながら、鈴音は思った。玲香が先生の息子と付き合っているなどと知ったら、大変な騒ぎになるだろうなと。

「翔太は、そろそろ学校から戻る時間だから…もうちょっと待っててね」

 そう言いながら壁の柱時計を見ると、12時10分だった。

“ちょっと遅いわね。12時前には戻ってていいはずなのに…”


 鈴音は少し不安に思い、念のために勝手口まで出ると、翔太の同級生たちがちょうど前を通り過ぎるところだった。

「こんにちは、おばちゃん!」

 挨拶する子供たちに鈴音は聞いた。「こんにちは。翔太はまだ学校かしら?」

「ううん。僕たちより先に帰ったよ。今日は旅館の庭掃除当番だからって」


「先に帰った?」鈴音は途端に不安になり始めた。「そう。ありがとう。気をつけてね」

 子供たちを見送ると、鈴音は急いで厨房にいる光彦のところへ行った。

「なあ、今、山根さんから電話があって、押し寿司の型、翔太が受け取ったらしいけど、あいつどこに持ってったんだ?」

「あなた…どうしよう。翔太がまだ帰ってないのよ」

 質問への答えになっているようで、なっていない妻の答えに、光彦は一瞬息を飲んだ。


  *  *  *


 龍も紗由も昨日の大旅行で疲れてしまったのか、今朝は華織たちの家でぐっすり寝ており、時間はもう9時を回っていた。

 周子は、二人に学校と幼稚園を二日連続で休ませるには少し迷いもあったが、自分の気持ちも含めてリセットするには、そのほうがいいだろうという結論に至った。そして、2人が起きるのを待ちながら食事を作っていた。


「かあさま、おはよう。学校、遅刻だ」龍が紗由の手を引きながらリビングに現れた。

「かあさま、おはよう。ようちえん、ちこく」紗由が真似をする。

「おはよう。…今日は疲れてるだろうから、お休みにして、おばあさまのおうちにいましょう。先生たちには電話しておいたから」

「おやしゅみ?」うれしそうに紗由が聞く。

「そう。お休み。明日は土曜日だから、4連休になっちゃうわねえ」

「すごいや!」龍もうれしそうだ。

 二人とも学校や幼稚園は大好きだが、急な休みというのも子供にとっては楽しいものだったりする。

「おばあさまとグランパは?」

「お出かけになったわ。じゃあ、いつもより、ちょっと遅いけど朝ごはんにしましょうね」

「はーい!」

 声をそろえて返事する二人を見ながら、周子はしみじみと幸せをかみ締めていた。


 義父の保の秘書という仕事に生きがいを感じていた周子だったが、紗由を産んでから、そして龍を引き取ってから、日々、子育てに感じる幸せが大きくなっていた。

 結婚前は保の妻、涼一の母である麻美の後押しもあり、保の後を継ぎたいくらいの野心に溢れていた周子。彼女が、こうして母としての充実感に見舞われるた時、次に出てきた野心はと言えば、子供に保の跡を継がせることだった。


 正確に言うなら、周子自身の野心というよりは西園寺家のための野心なのかもしれなかった。だが西園寺家の人々は野心という言葉からは程遠く、そんなものを持たずとも、自分の志す場所にいることが可能な人たちだと周子は感じていた。

 それゆえ、自分だけが下卑た人間のように感じることもあったが、今現在はとにかく紗由を一人前の女性に育て上げること、そして龍を保の立派な跡取りに育て上げることが、自分に課せられた使命のように感じている周子だった。


「紗由、おいしい?」

「うん! かあさま、おにわでぴくにっくしよお!」

「そうね。お庭に行きましょうか」

「じゃあ、僕、水筒持ってくるね!」

「さゆも!」

 龍と紗由は手をつないで水筒を取りに行き、その間に周子は庭の芝生に引くシートを準備し、サンドイッチと何品かのおかずを、重箱に詰めていた。

 リビングの窓から漏れる庭の光を浴びながら、周子は願った。

“どうか、この幸せが続きますように。ずっと、ずっと、二人の傍にいられますように”


  *  *  *


 三島での打ち合わせが午前中で終わった賢児が、玲香と共に帰社すると大垣に連絡し終えると、その横で玲香のスマホが鳴った。電話している玲香の顔が、見る見るうちに青ざめていく。

「どういうこと? それ、どういうこと!」

 声を荒げる玲香の様子を心配した賢児が、玲香の腕をつかむ。

「どうした?」

「…賢児さま…翔太がいなくなったって……今日は学校は午前中で終わりだったはずなんですけど、帰ってこないって。電話しても出ないって…ご近所の人がうちの裏口で翔太と話してたらしいんですけど…でも、それから、もう1時間たつって。まさか、この前、賢児さまと言ってたことが本当に…」


 賢児は震える玲香の手からスマホを取り上げた。

「鈴音さん、賢児です。もう少し詳しい状況を教えていただけますか。うちのほうでも、出来る限りの手配をしますので…はい。はい、それで…」

“翔太、いったい、おまえどこに…”

 賢児は右腕で玲香の体を強く握り締めた。


  *  *  *


 華織たちの家でテレビを見ながらのんびりしていた3人の元に入った賢児からの電話は、途端に周子の表情を一変させた。「え? 翔太くんがいなくなった?」

 それを見ていた紗由が心配そうに聞く。

「にいさま、しょうたくんいないの?」

「あ…ちょっと、よくわからないや。かあさまの電話が終わるまで待とうね」

「とりさんとこ…」龍を見上げる紗由。

「とりさん?」

 龍は、紗由のそのセリフが、どこかで聞いたことがあるような気がしながらも、周子の電話の様子に注意を払った。


「じゃあ、いったん家に戻ったけど、その後、行方がわからないのね?……ううん、こちらには連絡来てないわ。……いいえ。実は今日、二人とも休ませちゃったのよ。まだ静岡の伯母様の家なの」

「ぽんぽんのおじちゃんだ」

「え? ごめん、紗由。何?」

「賢ちゃんは玲香さんと、これから静岡に向かうのね?…ええ、はい。わかったわ。じゃあ、こちらサイドでできることはないかしら」

「かあさま、ちょっと電話変わって」


「え?…あ、龍が電話変わってって」

 周子が龍にスマホを渡す。

「賢ちゃん、翔太くん、いなくなったの?……わかった。僕、清流へ行くよ。待ってて」

「さゆもいく!」

「ちょ、ちょっと、二人とも」


 いったん電話を離して、周子に話しかける龍。「かあさま。もしかしたら、もしかしたらだけど、うちと関係あるかもしれないから。紗由が“とりさん”て言った。清流で聞いた言葉だよ。このままにはできないよ」

 龍の言葉に絶句する周子。

「清流に行かせて。お願い。僕と紗由の力が役に立つかもしれないから」

「…わかったわ。電話変わって」


 龍が周子に電話を渡した。

「賢ちゃん、これから私たち、清流にうかがうわ。そちらで合流しましょう」


  *  *  *


 ちょうど午前中にピクニックごっこをしていて、外出の用意がほぼ出来ていたということもあり、周子、龍、紗由の3人は、すぐに家を出て、数十分後には清流に到着していた。

 賢児と玲香も、少し前に到着したところだった。


「玲香さん! 翔太くんは…?」

「まだ行方がわかりません。電話は通じているようなんですけど、全然出ないんです」

「家には一度帰ったというか、勝手口の辺りまでしか来てなかったみたいだ。GPSで繁華街に反応が出たんだが、警察が到着する頃には消えていて、その後の行方がわからない」

「誰かお友達のおうちに遊びに行ったとかはないの?」

「同級生の家にも連絡して聞いたんですが、そういう約束もしてなかったようです」

「じゃあ、お出かけの約束はなかったのね」

「週末には華織さんのところへ遊びに行くという話以外は特に…」


「ごめんなさい…私のせいよ、きっと」泣きそうな顔になる周子。

「周子さん…?」

「いや、龍の宝探しのことを言ってるなら、それとは別件かもしれないよ。周子さんが責任を感じるようなことじゃない。伯母さんにも一応話を聞きたいんだけど、こっちも、つながらないんだ。龍、行き先知らないか?」

「…たぶん、伊勢に行ってる。用事が済むまで電話は通じないと思うから、“直接”聞いてみるよ。玲香ちゃん、この前の、奥の部屋を貸してもらえる?」

「あ、はい。どうぞ」

 忍び部屋に向かう一同。


 部屋に入ると、龍が窓際に座って目を瞑った。それを見守る一同。しばらくすると、龍が目を開け、難しい顔になる。

「だめだ。奥のほうに入ってるみたい」

「そうか…伯母さんには連絡つかないか」

「かみさまとおはなしちゅうは、じゃましちゃだめなんだよ」

 怒ったようにつぶやく紗由に、皆の視線が注がれた。

「しょうたくんは、ぽんぽんのおじちゃんとこ」

「…龍。紗由の言ってること、意味わかるか?」

「ちょっと待って」紗由の手を取り、集中する龍。


「速いよ…」

「え?」

「おばあさまが普通のスピードで話してるときみたいだ。僕と話すときには、ゆっくりにしてくれるんだけど…紗由、何でこんなスピードなんだろう」

 龍の困惑した様子に賢児が尋ねた。

「紗由が…すごいスピードで何かを受け取っているということなのか?」

「うん。見えたのは言葉じゃなくて、風景。…入り口の大きな石に鳥が彫ってある。…あと…男の人が二人。羽童…」


「どういうつながりがあるんだ?」

「…ごめん。今の僕にはわからない」

 泣きそうになる龍。龍自身も、今まで経験のなかったパターンなのか、少々動揺しているように見えた。

 周子は、そんな龍を抱きしめると言った。「大丈夫よ。わからなくても、大丈夫だから」


  *  *  *


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