その2
「美紗緒さん、私、最近なんだかあまりパッとしないんですよ」
禊屋のクライアントの一人である山本という女性が、そう言ってきたとき、美紗緒は“またか”と思った。今週4人目だ。同じように感じている人が多いということなのだろう。
実際、自分が禊屋からヒーリングしてもらったときも、何だか今までほどにはスッキリしない感じが残る。
「山本さんは、最初にものすごく効果が出てましたからね。停滞期かしら」わざと声を上げて笑う美紗緒。
「そういうのって、あるものなんですか?」
「ヒーリングでよくなった状態を、体はだんだん当たり前に感じてきますからね。もっともっとと思って期待しすぎると、なーんだということになったりもするんです」
「そうですか…じゃあ、私より具合が元々良かった人は、この程度の感じ方なんですね」
「そうかもしれません」
「効き目が以前のように長持ちしない気もするんですけど…」下を向いてつぶやく山本。
「先生には、よくお話しておきますので、次回のときにまた、直接ご相談してみましょう」
「はい。そうします。どうもお世話様でした」
山本を出口まで見送った美紗緒は、ヒーリングルームに戻った。
禊屋に声を掛けようとしたが、禊屋はヒーリングベッドの端に座り、顔を覆うようにしてうつむいたままだったので、そっとドアを閉めるとキッチンへ行った。コーヒーメーカーに粉と水を入れ、スイッチを押すと、しばらくして、ぽたぽたとコーヒーの抽出が始まる。
その滴をじっと見つめながら考える美紗緒。
“先生は、わかっているんだ。力が落ちていることを。去年の秋、お父様が亡くなられる少し前から、その兆候はあった。クライアントが気づくレベルではなかっただろうけど。
そして、お父様が亡くなってから、先生の力は落ちる一方だ。そろそろクライアントも不安がり始めている。剣先生がいるおかげで何とかなっているけど…。
どうしたらいいんだろう。何が原因なんだろう。酒量も増えているようだし、このままではいけない。剣先生に相談すべきなんだろうか。いったい、どうしたら…”
* * *
美紗緒が禊屋の元に来たのは昨年の春だった。
禊屋の不思議な言葉に導かれるように、彼の事務所を訪れた。
「ここはね、青い桜を見たい人が来る場所なんだ」
「じゃあ、見せてください」
「見られるかどうかは、君次第だよ」
「え?」
「人は、望んだことのすべてを叶えられるわけじゃない」くすりと笑う禊屋。
「な、何なんですか。…帰ります!」
腹を立てた美紗緒が禊屋に背を向けると、彼は後ろから言った。
「いいの? 見られなくても」
「見られるかどうか、わからないって言ったじゃないですか、あなたが今!」
「そう。わからない。でも、見たいと思うことが、見るための第一歩なんだ。…痛みを消したいと思うことが、痛みを消すための第一歩だ」穏やかな表情で美紗緒を見つめる禊屋。
「…痛み?」禊屋の言葉に、美紗緒の表情が一変する。「どういう意味ですか」
「どういうって…言葉通りだよ。じゃあ、僕が今、その痛みを消すから」
「痛みって、この…足のこと?」
「ああ」
「何を言ってるんですか? 医者にも、痛くなったら静かにして我慢しろって言われてるんですよ。もう20何年もこの痛みの中で暮らしてるんですよ。バカなこと言うのやめてください!」突然わけのわからないことを言われ、混乱しながら怒りを露にする美紗緒。
「青い桜は、すぐには見られない。だったら、せっかく来たんだら、痛みぐらい取っていけばいい。ほら、いいからそこに座って」美紗緒をソファーに座らせる禊屋。
「本当は、そっちのヒーリングベッドのほうがいいんだけど、何かよからぬことをするみたいに思われそうだしね。とりあえず、こっちで」
「な、何なんですか!」押されるようにして座ったソファーから立ち上がったときに、美紗緒は自分の体の変化を感じた。
“あ、あれ?…急に立ち上がったのに痛くない…”
「もう一回座って」
禊屋の言うままに座る美紗緒。その傍で、禊屋が目を閉じる。
「消えたよ。立ってみて。部屋の中を歩いてみて」
わけがわからぬままに、恐る恐る言葉に従う美紗緒。
“軽い…。足を踏み出したときの、軋む感じがまるでない”
「…どうして?」驚いて禊屋を見つめる美紗緒。
「じゃあ、さっき通った駅前のスーパーで、フルーツを買ってきてくれないかい。はい、これ」千円札を美紗緒に渡す禊屋。
「あ、あの…」
何がなんだかわからずに、ただ禊屋の顔を見つめる美紗緒に、禊屋は言った。
「お使い、できるよね?」
* * *
“痛くない…。もう10分以上歩いているのに、全然痛まない…”
足の痛みと共に生きてきた美紗緒には、それは夢のような出来事だった。
美紗緒は思った。
幼い頃から自分の生活には、制限しかなかった。足が悪いのだから、これをしてはだめ、あれもしてはだめ。そんなふうに、できないことばかりを自分の中に染み込ませてきた。
自分には決してできないことを、目の前で当たり前のようにしている友人たち。彼らの充実感に満ちた笑顔と汗を見るたび、自分が何の意味もない存在のように思えた。
“私は、彼らとは違う。私は、彼らのようにはなれない。私は、彼らほどの価値はない”
美紗緒がいちばん嫌いなのは、体育祭だった。ホームルームで、誰がどの種目に出るかを決めるとき、面倒くさそう、うっとおしそうにする同級生たち。
「えー。なんで俺なんだよー」
だが美紗緒には、そのうっとおしさのひとつひとつがうらやましかった。体育祭に向けての練習が時間を重ねると共に、みんなの中にも疲労の色が見えてくる。
いつも見学の美紗緒に向かって、ある友人が言った。
「いいなあ。いつもさぼっていられて。私も足が悪ければよかったよ」
美紗緒は息が止まりそうだった。
“好きで、参加していないわけじゃない。好きで、足が悪いわけじゃない。好きで、こんな体に生まれたわけじゃない。
じゃあ、変わってみる? あなた、私の体に変わってみる? 変われるの? 変わって、この体に耐えられるの? ねえ、耐えられるの?”
美紗緒の脳裏には一瞬の間に幾多の質問が浮かんでは消えた。
それでも出てきた言葉は、心の叫びとは程遠いものだった。
「わりぃ、わりぃ。でもさあ、さぼりもけっこう飽きるんだよねー」
美紗緒は、笑顔でそう答える自分が情けなかった。一人になると、そんな自分を思い出しては泣いた。悔しさとも、悲しさとも違う。情けなさ、そう、情けなさだった。
“でも、もうあんな思いはしなくてすむのだろうか。普通の人のような生活が送れる…のだろうか”
美紗緒の頭の中では、うれしさと疑念が交互にわいては消えて行く。
少し歩を速めてみた。
“大丈夫だ”
少し大またで歩いてみた。
“大丈夫だ”
だんだん、痛みから解放された実感がわいてくる。
「ありがとう、ありがとう…」美紗緒はそう口にし、ポロポロと泣きながら、彼のマンションへ戻った。
* * *
「梨でいいですか?」そう言う美紗緒の目からは、涙が滴り落ちていた。
禊屋は、彼女をそっと抱きしめると、「いいよ」と言った。
「ここはね、先生が、傷を癒してくれるところなの」
いつのまにか、2人の後ろに女性が立っていた。びっくりして、禊屋から体を離す美紗緒。
「驚かせてごめんなさい」女性がくすりと笑う。
「彼女は木下さん。僕のヒーリングルームを手伝ってくれている人なんだ」
「木下です。初めまして」
穏やかに微笑む女性は、年の頃は30代半ばといったところだろうか。着物が似合いそうな日本的な顔立ちで、とても感じのいい印象だ。
「は、初めまして。岸田美紗緒です」慌てて頭を下げる美紗緒。
「美紗緒さんて言うんだ」
つぶやく彼に木下が苦笑する。「先生、名前も聞かずにヒーリングなさったんですか?」
「ああ、ごめんごめん。顧客管理上、そういうのは困るんだったね」事務的なことを取り仕切っている木下に謝る彼。
「でも、彼女をクライアントにするつもりはないんだ」
「え?」美紗緒と木下が同時に彼を見つめる。
「ヒーリング、手伝ってもらえないかな。…君、その手のこと、やったことあるでしょ?」
「は、はい。…でも、どうしてそれを?」
「そのぐらいわからないと、こういう仕事はできないよ」彼が笑う。
「でも、プロとしてヒーリングができるほどの能力は…」
「大丈夫。先生がちゃんとご指導してくださいます。それに、あなた自身体が癒されて、痛みから解放された経験を、他の人にも味あわせてあげたらいかがかしら」
「あ、はい…」木下の言葉に戸惑う美紗緒。
「今まできっと、心無い他人の言葉に傷ついたこともあったんでしょう?」
木下が自分の足を眺めながら言うのを見て、不自由な足をとやかく言われているような気がして、そして過去の嫌な経験を思い出したのか、一瞬、美紗緒の表情が暗くなる。
「それも許してさしあげれば、あなた自身が救われると思います。体だけじゃなくて心も」
「木下さん。そう、せっかちにならないで。許すとか、許さないとか、そんな言葉で片付かないくらい、彼女の傷は深いんだよ」
木下をたしなめるように言う彼の言葉に、美紗緒は思わず声を上げて泣いた。
* * *
「あ。こちら、どうぞ」
翔太はリュックからレジャーシートを取り出すと、手早く広げて華織に手で示した。海岸沿いのベンチは砂が多くて、そのまま座るとあとで払うのが大変だ。
「ありがとう、翔太くん」
「お茶いかがですか? おかんにジャスミンティー作ってもらいましたん」旅館の名前が入った水筒を両手で握り、にこにこと華織を見上げる翔太。
「本当に気が利くのね。このお花といい、翔太くんにかかったら、どんな女性もイチコロだわ」華織が芙蓉の花束を眺めながら、ふふふと笑う。
「それが、そうでもあらへんのです。紗由ちゃんは、岡埜堂のおまんじゅうあげても、嫁はんになってくれへんて…」少し寂しそうにうつむく翔太。
「あら、そうなの。…でも、もう少し経ってから、また言ってみるといいわ」華織は翔太が入れてくれたお茶をおいしそうに飲む。
「“命”さまは、どうして静岡に来ることにしなはったんですか?」
「主人が黒亀亭を、もう一度こちらでやるの。だからよ」
「ふうん。…でも、お宿は昔のように4つで一緒にやるわけやないなら、どこでやっても同じとちゃうんですか。
東京のおうちは、あないに広くて、お庭に宿5つくらい建てられますやろ。何でこっちなんですか。龍くんとも別々なってまうのに」
翔太の言葉に、華織は翔太の顔をじっと見つめて笑い出した。
「そうよねえ。どうして皆、そこに気づかないのかしら」
「僕とデートしやすいようにですか?」手をあごに当てポーズを取りながら聞く翔太。
「そうそう、それよ」楽しそうに華織が笑う。
「じゃあ、2番目のわけは何ですか?」
「探し物のためかしら」
「黒亀はんちには、あの子がいるから、すぐ見つけてくれますわ」
翔太が“あの子”と言っているのは、黒亀亭の羽童のことだ。翔太が以前、賢児の部屋で探し物をしたときに手伝いをしてくれた。
「ねえ、翔太くんも手伝ってくれないかしら。宝探しする予定なの…皆にはナイショよ」
「うーん。おかんにナイショは、あかんですわぁ。ばれたら、えらいことなります。怒ってるおかんには、じっちゃんでも近づかれへんのです。
でも、この子も、お伊勢さまでピカピカ強うしてもらったご恩があるし…」フィッシングベストのポケットに入っている影童を撫でながら、少し考え込む翔太。
「夏休み入る前なら、ええでっせ。休みに入ると、旅館はお客ぎょーさん来よるさかい、忙しゅうてあかんですから」
「わかったわ。じゃあ、来週の週末、二日間限定、集中捜索でお願いするわ。詳しいことは、主人が飛呂之さんとの話を終わってからね」
* * *
「玲香、ありがとうな。紗由のやつ、ものすごく喜んでたよ」
「あ、いえ。お礼を言うのはこちらのほうです。あんな子供のいたずら描きを、ちゃんとしたデザイン画に起こしていただいて、水筒にプリントまでしていただくなんて」
「アルバイトしてもらった高橋ADも、驚いてたよ。「仮面ライダーセイリュウ」「旅館戦隊トマルンジャー」、それから「セレブ戦隊サイオンジャー」。6歳でこのデザイン力はすごい、思ったとおりだって。…高橋さん、翔太のこと知ってるんだね」
「ええ。高橋さんと遠山さんと塩谷さんが、うちの旅館に遊びに来たことがあって、その時、高橋さんが36色クレヨンのセットを下さって、それからなんです、お絵かきに夢中になったのは。
でも、プロにお褒めを頂いたなんて、翔太が聞いたら喜びます。私が言うのもなんですけど、サイオンジャー、よくできてると思いました。
イエローは、もちろん紗由ちゃんで、賢児さまはレッド、涼一さんがグリーンで、周子さんがオレンジ、龍くんはゴールド、先生はシルバーって、すごくぴったり」玲香がうれしそうに笑う。
「今朝、翔太からお礼の電話もらったから、紗由がイエローをプリントした水筒をかけてるところを写メしといた」
「ありがとうございます。あの子のことだから、きっと一日中ながめてると思います」くすりと笑う玲香。
「それと…紗由は最近やたらと翔太の名前出すんだよなあ。今度のお遊戯会で、ほらポンポンていうの? あの花みたいのを持ってチアガールやるらしい。それを翔太くんにも見せてあげると言ってる」賢児がボールペンをくるくると回す。
「あら。将来、龍くんと三角関係になったら、どうしましょう」
「まあ、今から心配しても仕方ないけどな」
二人は顔を見合わせると、楽しげに笑った。
* * *
「玲香……龍が紗由を連れていなくなった」
電話を切った賢児がつぶやくと、玲香が驚いて走り寄った。
「いなくなった?」
「ああ。置手紙があって、行き先は静岡、宝探しに参加してくると。伯母さんたちの静岡の仮宿にでも行くつもりなのかと思って電話したが、二人とも連絡がつかないようだ。
どうしたんだ、いったい。今まで兄貴たちに黙ってこんなことしたことなかったのに。しかも紗由まで連れて行くなんて…」眉間にしわを寄せる賢児。
「この前おっしゃってたGPSで探知できないんですか?」玲香心配そうに聞く。
「探査をかけたら紗由の水筒が反応したようだ。今は神奈川と静岡の県境あたりらしい。周子さんが向かったって」
「龍くんはしっかりしてますけど、やっぱり子供2人だと心配ですよね。一応、うちの者にも連絡しておきますね。静岡方面なら、翔太に連絡があるかもしれませんし」
玲香が清流旅館に電話をかけると、飛呂之も鈴音も取り込み中らしかったので、光彦に事情を伝えて伝言してもらうことにした。
「ありがとう。面倒かけて悪いな」
「いえ、そんな。…賢児さま、さっき確か“宝探し”っておっしゃいましたよね?」
「それがどうかした?」
「この前、翔太が電話で言ってたんです。週末、宝探しの手伝いに行く。でも、おかんにはナイショだ。ペガサスの…よく聞き取れなかったんですけど、何とかを見つけに行くって。
その時は、旅館の新しいイベントを計画しているだけかと思っていたんですけど…」
「ペガサス?」
「はい、そうです。ペガサス座の天馬ペガサスです」賢児を見上げて答える玲香。
「天馬ペガサス…」
「どうかなさいましたか?」
「天馬って言うんだよ。龍の本当の父親の名前…。まさか翔太と一緒に天馬を探しに行ったってことないよな?」自問する賢児。
「龍くんのお父さんは、お亡くなりになったんでしたよね? お墓が静岡にあるんですか?」不思議そうに賢児を見つめる玲香。
「詳しい話をしてなかったよな。実は…天馬の遺体は上がらなかったんだ、事故の時」
「車が崖から落ちたんですよね」
「ああ。天馬と奥さんの真央さんが前列に、周子さんが後部座席で龍を抱いてた。
事故のタイヤ痕からすると、蛇行運転の末の転落。車がだいぶ壊れててはっきりはしないんだが、おそらくブレーキ故障。
落ちる寸前に、周子さんが龍を抱いたまま車から飛び降りた。周子さんも龍も奇跡的に擦り傷程度で済んだけど、海に落ちた車からは、真央さんの遺体だけが見つかった」
「そうだったんですか…」
「だから、伯母さんは天馬がまだ生きていると主張してた。たぶん7年経った今も、そう思ってる。災いの予兆を受け取らなかったということもあってね。
…まあ、正確に言えば、天馬が事故に遭う前後3日間、伯母さんはいきなり倒れて眠り続けてたんだ。
だけど、“命”を辞めても、通常の人間よりは遥かにその手の能力は強いらしいから、はっきりした何かを受け取らなかったということは、伯母さんにとっては納得が行かなかったんだろうな」
「親としては、子供が先に逝くなんて信じたくないという気持ちもあるかと思います」
「ああ。だから皆、伯母さんの言うことに黙って耳を傾けるだけだった。龍を兄貴たちの養子にと言い出したときは、やっと天馬のことを諦めたのかと思ったんだけどな。
まさか龍は、伯母さんの指示で翔太と一緒に天馬を探すつもりなのか?」考え込む賢児。
「賢児さま…でも、それは少し不自然な感じがします。翔太に頼むのはまだしも、龍くんが涼一さんたちの養子になって、ちょうど生活にも慣れてきた頃ですよね。
万が一、天馬さんが生きて見つかった場合、伯母様は龍くんをどうするおつもりなんでしょう。というか、龍くん自身、どうするつもりなんでしょう。あんなに仲良く暮らしているのに」
「そうだよな。だったら最初から、龍を養子にせずに天馬を探せばいいよな。でも、ペガサスの何とか…だっけ? それを見つけにという翔太の言葉は…」賢児が玲香を見つめる。
「ええと…直接電話して聞いてみますね」
スマホを取り出し、翔太にかける玲香。だが、翔太は電話に出ない。
「出ません。この時間だと遊んで帰ってきて、庭掃除かな…。また後でかけてみますね」
「ああ」賢児が壁の時計を見ると、5時を指していた。
「あの時の会話、会話…」その時の会話を必死に思い出そうとする玲香。
「ペガサスっていうのは、単純に星座のことなのかな。天体観測とか」
「星座のことではないと思います。ペガサス座は秋の星座で、よく見えるのは10月ごろですから。ペガサス座流星群というのもありますけど、これは7月でないと見えません」
「そうか…」
「あの… “宝”なんですけど、文字通りに捕らえれば、何かの宝飾品だとか、貴重な品物ということですよね。羽龍のようなものが別に何かあるということかもしれません。宿の人間にとっての “龍の玉”みたいな特別なもの」
「伯母さんと龍と翔太が協力して探し出すとしたら、何か…必要性があるわけだよな」
「そうですね。例えばですけど、“命”と宿の人間が一緒にする儀式のためだとか」
「なるほど」
「翔太に何かの力を与えるために必要なものだとも考えられるかもしれませんよね」
「だけどそれなら、紗由を連れて行かなくてもいいだろうし、兄貴たちに秘密にする必要性もよくわからないな。初めから伯母さんちに遊びに行くと言えばいいだけだ」
「行くのがわかったら、涼一さんや周子さんに反対されるような場所なんでしょうか」
「親に黙って出かけたら、場所がどこだろうが叱られるよな。そのくらい龍はわかるだろうから、二人が知ったときに何かの理由で特別心配するような場所ってことかな」
「天馬さんを探しに行ったら、御二人、心配なさいますよね…」
「やっぱり、そこに行き着くのかなあ」小さく溜め息をつく賢児。
「あと、“宝探し”の宝が比ゆ的に人を指すのだとすれば、誰にとっての宝なのか、ですよね。
龍くんは参加する、翔太は手伝いをすると言ったわけですから、直接二人の宝ではなくて、手伝う相手の宝物なんですよね、その人は」
「つまり、伯母さんの宝物が天馬で、探すのをヘルプするのが龍と翔太…か」
「ただ、その場合、翔太の“手伝い”はともかく、龍くんの“参加”という表現が、ちょっと他人行儀すぎるかと。生きているかもしれない父親を探しに行くのに“参加”…」
「言われてみれば、そうだよな。じゃあ、龍は父親探しだと知らずに伯母さんを手伝っている…わけないか。
写真で天馬の顔は知っているわけだから、何も知らせずにいきなり遭遇でもしたら、いくら龍でもパニックだよなあ。伯母さんがそんな状況に龍を追いやるとも思えないし」賢児が腕組をして天井を見上げる。
「ところで、電車で移動してるんでしょうか。子供2人じゃすぐ目に付きますよね。早く見つかるといいんですけど…。
今回は幸い探知できてますけど、行方のわからない人間を待つのって、寿命が縮まりますよね。周子さん、大丈夫でしょうか」
「まったくなあ。うちは血筋なのかな、こういうの…」
「天馬さんのときは、もっとご心配だったでしょうね」
「ああ。おまけに…もう一人いるんだよ、実は。現在も消息不明なのが」
「え?」
「天馬の双子の弟、風馬。画家なんだけど、海外行って、しばらくしたら音信不通。一回戻ったんだけど、伯母さんともめて勘当されて、それっきりだ」
「そんなことが…。息子さんお二人ともでは、伯父様と伯母様は、さぞかし…」
「まあ、風馬は大学の頃から、海外行ってふらっとしてくる生活でさ。伯母さんたちも彼のことは諦めてる節もあったからな。
でも、家で彼の名前を出すのも、ちょっと憚られる感じがある。彼は天馬の事故のこと、きっと知らないんだよな…」
「早く帰ってくださるといいですね。なんだかんだ言っても親子なんですから、伯母様も、心のどこかでやっぱり心配ですよね」
「まあ、何かあったら連絡が来るだろうし、知らせがないのが無事な証拠というか。昔からそういうヤツだと思ってたから、あんまり深く考えたことなかったが…」考え込む賢児。
「伯母様が危険の兆候を受け取っていらっしゃらないなら、きっとご無事なんですよ」玲香は静かに微笑み、賢児の手を握った。
* * *




