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15/17

その15


 翌日、禊屋と美紗緒は、清流を発つ時に見送りに出た玲香に包みを渡した。

「玲香さん…これを、翔太くんに渡しておいていただけますか?」

「これは…?」

「羽童です。翔太くんから、受け取ったものですが」

「翔太から? 羽童をですか?」驚く玲香。

「ごめんなさいって言っておいてね」美紗緒が言う。

「…それから、ありがとうと」禊屋が続ける。

 何が何だかわからずにいる玲香が、事の仔細をただそうとした時、後ろから声がした。


「美紗緒さーん!」

「翔太くん!」

「間に合ったあ。…これ、お弁当です。ええと…難しい言葉で…お餞別です!」翔太が美紗緒に包みを差し出した。

「ありがとう…翔太くん。…あのね、羽童は玲ちゃんにお返ししたから。ごめんなさいね」

「あ…でも、僕は返せません」翔太が困った顔で美紗緒を見上げる。

「あれは、お世話になった君へのプレゼントだ」禊屋が翔太の頭を撫でる。

「ありがとうございます」体を深く折り曲げて礼を言う翔太。

「こちらこそ、本当にありがとう。翔太くん。また、いつかね」

 禊屋と美紗緒はハイヤーに乗り込み、翔太は車に向かって、いつまでも手を振り続けた。


  *  *  *


 美紗緒たちを見送った後、翔太は今朝方見た二つの夢のことがずっと気になっていた。


 一つ目の夢。紗由と翔太が手足を縛られて、部屋に閉じ込められている。紗由を元気付けようと思った翔太が、紗由に話しかける。


「紗由ちゃん、もうちっと我慢してな。大丈夫やからな。これは宝探しの一部なんや。ほら、先週またするはずだったの、行かれへんかったやろ?」

「しばられたら、さがしにいけないよ?」

「そやなあ。…じゃあ、二人で一緒に頭の中で探しに行こか。おばあさまと、にいさまに、お話して、二人にも一緒に探してもらお。龍くんも“命”さまもは宝探しの名人やからなあ」

「うん!」

「じゃあ、今感じたもの、それから、ここに来るまでに見たもの、あのねえさんの顔とか、全部そのまま写真みたいに送ってみい。一緒に宝もん探そう言うて」

「えーと」

「そやな。送りやすいとこからでええわ。ほら、あそこに掛けてある着物とか」

「…おにんぎょさんだあ」

「そうや。見えたもん、ほらって、見せたげればええんや。二人に」

「二人だけ?」

「他にも…ああ、かあさまにもや。見せたるとええで」

「はい!」うれしそうに笑う紗由。


「お手手、痛うないか?」

「だいじょうぶだよ。しょうたくんは?」

「大丈夫や。…何か、映画みたいやなあ。紗由ちゃんと俺は、正義の味方なんや。ヒーローとヒロインやで。もうしばらくしたらな、悪いやつ、やっつけるんや」

「さゆはイエローだもん!」

「そや。サイオンイエローの武器を使うんや」

「でも…さっきのおばさんは、よわい人だよ」

「弱い人?」

「あのね、いっぱい、かなしかったの。ひとりだと、だめなの」

 泣きそうな声の紗由に向かって、翔太は明るく言った。

「大丈夫や。紗由ちゃんが、やさしくしてやったら、大丈夫や」

「…うん」

 紗由の笑顔で、一つ目の夢は終わった。


 そして二つ目の夢。おそらく一つ目のときと同じ部屋だ。


 女の腕が、紗由を無理やり抱きかかえようとする。

「いやだ! いやだ!」

 女の腕に飛び掛り、噛み付く翔太。女の腕から紗由が離れる。

「イタッ! 何するのよ!」

 女に振り飛ばされた翔太が、テーブルの角に額をぶつけた。

「いつっ…」翔太の額からは血がにじむ。

 その様子を見ていた紗由が、リュックからリモコンのような形状のものを取り出すと、女に駆け寄り、それを彼女の腹部に当ててスイッチを押した。

「しょうたくんをいじめるなあっ!」

「うぎゃあっ!」のけぞるようにして床に倒れこむ女。

「紗由ちゃん!…なんでそないなもん…いや、とにかく逃げよ。行くで!」


 翔太は紗由の手をしっかりと握ると、部屋の入り口に向かったが、そこで一瞬動きを止めた。

「ちゃう。こっちやない」そう言うと、入り口のドアを大きく開け放ち、倒れている女の脇を通り抜け、床の間の上に立った。

“確か、この辺や”

 翔太が掛け軸の下側の軸の右端を押すと、掛け軸に隠れていたドアがぎいっと音を立てて開き、中には通路が現れた。ドアが開くと同時に電気が点灯した。

「紗由ちゃん、入り」高さが80センチほどしかない天井の低い通路に紗由を中に入れ、自分も中に入ると、翔太はその扉を内側から閉めた。


 5分ほどだろうか。翔太と紗由は、その通路を体をかがめながら、時には手を付きながら、ひたすら進んだ。行き止まりには高さ50センチほどのドアがあった。

 その右側の壁をまさぐり、スイッチを押す翔太。ドアが開く。

 急いでドアから外に出ると、そこは落とし穴のような高さ1.5メートル、直径2メートルほどの空間になっていた。天井側が藁のようなもので蓋されている。


“これじゃ出られへん…”

 翔太が辺りを見回し、壁面を丁寧に触っていると、突然ふたが取れ、上から光が差し込んだ。

「さあ、これに捕まって」

 投げ入れられた縄梯子の上から、聞き覚えのある声がした。


  *  *  *


 夢の内容が内容だけに、気になって仕方がないものの、鈴音や光彦や飛呂之に話せば心配をかけてしまうと思った翔太は、どうしたらいいのか困っていた。


“ほんまになるのんか。女の人、顔見えなかったけど誰やろ。襖が雀の模様やった。ちうことは、舞喜ちゃんちか…? 最後に助けてくれた人…あの人やろか。

 ええと、ほんまになったときのために、大きいばんそこ、カバンとリュックに入れとこ。靴は、賢ちゃんにもろたやつにして。あとは、えーと、紗由ちゃんのお腹空くとあかんから、岡埜堂のおまんじゅうも入れて、ちっちゃい懐中電灯もあったほうがええかな。

 でも…ほんまになったとき、どないして皆に知らせれば、ええんやろ。

 …そうや。ノートに書いておこ。そすれば、ほんまになったとき、誰かが助けてくれるわ”


 翔太は部屋を飛び出した。


  *  *  *


「賢ちゃん、おるかあ?」

「翔太か。入れよ」部屋の中から賢児が答える。

「賢ちゃん。文房具屋さん行こうや」賢児の袖を引っ張る翔太。

「文房具屋?」

「うん。玲ちゃん今、おかんの手伝いしとるから、その間に行こ」

「う、うん…」

 わけがわからぬまま、賢児は翔太と一緒に部屋を出た。


  *  *  *


 文房具店に着くと、翔太は中へずんずんと進んでいく。後から小走りに追う賢児。

「何買うんだ?」

「日記帳や。これから、神様と交換日記するんや」

「交換日記?」

「うん」

 それだけ言うと、ノートのコーナーを熱心に見て回る翔太。

 賢児は、ただ後をついて回る。

「これにするわ」翔太が紫の表紙のノートを手に取った。

「けっこー、渋いとこ行くなあ」賢児がそのノートを受け取って、ぺらぺらとめくる。

「相手は神様やで。幼稚なもんは、あかんやろ」

「神様なんだから、そんなこと気にしないだろ」

 賢児が笑うと、翔太がキッと賢児を睨む。

「神様が気にされなくても気を遣うもんなんや。大事にするって、そういうことや」

「…ご、ごめん。そうだよな、うん」恥ずかしそうに下を向く賢児。

「賢ちゃん。玲ちゃんも同じや。性格男前やから、なーんも気にしいへんように見えるけど、ちゃーんと、かわええなあて、ぎょーさん言わなあかんで!」

「わかりました」真面目な顔で賢児が頷く。

「よっしゃ! じゃあ、それ買うて」賢児の手元のノートを見ながら、にいっと笑う翔太。

「え? あ、ああ」

「おおきに!」翔太は満面の笑みで答えた。


 帰り道、翔太が賢児に尋ねた。「なあ、賢ちゃん。この交換日記な、おかんに見つからんようにするには、どこ隠したらええと思う?」

「うーん…本棚の後ろとか、ベッドのマットレスの下とかは、ありふれてるよなあ。…そうだ、机の大きい引き出しの裏に貼り付けておくってのは、どうだ? ビニール袋に日記を入れて、それごとテープで貼り付けるんだよ」

「それ、ええな! おおきに、賢ちゃん!」翔太はにんまりすると、賢児の手を取り、ぷるんぷるんと上下に振った。「帰ろ!」

「う、うん」

 何か腑に落ちないものがありながらも、翔太が甘えてくるのをうれしく思った賢児は、ぶるんぶるんと手を振り返した。


  *  *  *


 翔太は家に戻ると、自分の部屋の外に「勉強中」の札を下げ、交換日記を書き始めた。

「うーん。字で書くと、細かいとこがわかりづらくなりそやなあ…」しばらく腕組みして考え込む翔太。

「あ! そうや。マンガにしよ」

 翔太は引き出しから色鉛筆を取り出し、夢に見た風景を左ページに絵で描いて、右ページに説明文を書いた。

 そして、夢の内容そのものと、それに対して自分が思ったことの区別をつけるために、前者には「ゆめ」と書いて周囲を紫で丸囲みし、後者には「しょうた」と書いて周囲を青で丸囲みした。

 さらに夢以外のことでも、神様に話しかけられた内容については、「かみさま」と書いて金色で丸囲みし、華織や龍や紗由が言ったことで気になったことにも、それぞれ「みことさま」「りゅうくん」「さゆちゃん」と書いて、赤紫で丸囲みした。


 右ページの下に少し余白があったので、翔太は紗由の似顔絵を、ぴかぴか付きで描いた。

「かわええなあ。やっぱり、紗由ちゃんのぴかぴかが、いっちゃんかわええ」

 そうつぶやいてうれしそうに笑うと、翔太は賢児に言われた通りに、用意したジッパー付きのビニール袋にノートを入れ、袋の外側からガムテープで引き出しの裏側に貼り付けた。


  *  *  *


 日記を書き終えた翔太が庭で灯篭の影童たちを拭いていると、後ろから龍が声をかけた。

「それ終わったら、紗由がかくれんぼしたいって」

「あ、龍くん」

 翔太が振り向くと、龍の影から紗由がぴょこんと顔を出した。

「しょうたくん、かくれんぼしよ!」

「ええけど…紗由ちゃん、また遠くまで行ってしまうとあかんし…」

 渋る翔太に龍が言う。

「範囲を決めようよ。あそこの松の木のところから、玄関の前まで。…紗由、いいね?」

「はい!」元気に手を上げる紗由。

「せやな。それなら安心や。でも紗由ちゃん、茂みに無理に入ったらあかんで。木の枝のとげとげで引っかいたりするからな」

「わかりまちた!」紗由が敬礼のポーズをする。


 3人は鬼を決めるためじゃんけんをした。翔太が負けて鬼になることになった。

「じゃあ、20数える間に隠れるんやで。…いーち、にーい…」

 翔太が玄関傍で背を向けて数を数え始めると、慌てて隠れる場所を探す龍と紗由。

 龍は最初から決めていたのか、範囲の一番端にある松の木に向かって走り出す。少し出遅れた紗由は、きょろきょろしながら隠れる場所を探していた。


 と、そのとき、玄関の正面に一台のバンが入ってきた。業者専用の簡易駐車スペースに泊まる車。そのドアが開くと、サングラスをかけた女が運転席から降りてきた。後部座席にあった荷物を取ろうとしてか、後部のドアを開く。

 だが、辺りを眺め回した女は、その視線の先に、後ろ向きになって数を数える翔太を発見した。

“彼だわ!”

 女は取り出そうとした荷物をそのままにして、翔太に近づき始めた。


 その瞬間、隠れ場所を探していた紗由が、開いていた後部座席に一目散でダッシュした。

“かくれた!”座席にあった毛布の中に隠れこむ紗由。

 女は翔太に気をとられていたせいか、紗由には気づかぬままだった。そして、翔太の真後ろまで行くと、彼の口をハンカチで押さえた。

「うっ」と小さくうめいて手をばたつかせると、まもなく気を失って足元から崩れ落ちそうになる翔太。

 女は地面に倒れる前に翔太の体を抱きかかえると、急いで車に戻り、助手席に翔太を放り込んでドアを閉めた。素早く運転席に戻り、翔太の上に覆いかぶさるようにして翔太にシートベルトをすると、車を急発進させた。


  *  *  *


「かあさま! 紗由と翔太くんがいない! かくれんぼしてたら、いなくなった…」

 慌てた様子で部屋に駆け込み、周子に抱きつく龍。

「どうしたの、龍。いなくなったって、どういうこと?」

 問いただす周子の横で、その場にいた華織が龍に言った。

「落ち着いて。大丈夫よ、龍」

「かくれんぼしてて、隠れてたら、翔太くん、鬼なのに探しに来なくて、それで出てみたら、紗由もいなくて…。隠れてる時に車の音がしてたし、誘拐かもしれないよ…」

「誘拐…」その単語に青ざめる周子。


「龍。切り替えて。“声”を聞いてみて。今日はできる日よ」

 そう言われて、龍はハッとしたように華織を見上げた。周子から離れ、目を瞑る龍。

 その傍らで、周子が慌ててスマホを取り出し、GPS探査をする。

 龍は、しばらくすると、目を開けて華織に言った。

「おばあさま、これって、もしかして…」

「そう。グランパのときと同じ。必要なことなの」

「でも、翔太くんの羽童は、おばあさまが持ってるし」

「影童の中で一番力のある童が、今朝戻ってきてたわね。翔太くんは、それを身につけているはずだわ」

「でも、それだけじゃ力が弱いよ」

「紗由が龍の玉を持ってるわ」

「でも、翔太くんがそれに気づかなかったら…」

「あなたが呼びかけなさい。…友達を信じなさい。そして、妹を信じなさい」華織は、そう言うと部屋を後にした。


「龍。GPS反応してるわ。出かけるから、賢ちゃんに知らせきて」

「わかった!」龍は、周子の言葉に部屋を飛び出した。


  *  *  *


 目が覚めた翔太は、自分の身に何が起こったのか、よくわからず、ぽかんとしていた。

“どこや、ここ…。確か、かくれんぼの鬼してるときに口ふさがれて…”

 意識を失う前のことを思い出しながら、ゆっくりとあたりを見回す翔太。

“宿か…?”

 入り口と思われる場所の様子が清流に似ているので、どこかの旅館なのではないかと翔太は思った。次に正面前方左側にある床の間に目をやった翔太は思わず叫んだ。

「舞喜ちゃんちや!」

 いきなり大声を出したせいなのか、かがされた薬のせいなのか、一瞬頭がクラッとする。

 床の間には、先日の誘拐騒動の時にも見たことのある、親子雀の姿を描いた掛け軸が掛けられていた。


“事情聴取に使った部屋やな。奥から二番目の、お忍び中の手前んとこや。まさか、今朝の夢につながるんか?…紗由ちゃんがおらんでよかった。俺一人なら、何とかなるしな”

 部屋の様子を詳しく探ろうとして立ち上がろうとしたとき、翔太は自分の手足がゆかたの紐のようなもので縛られていることに気づいた。

「おっと…」

“手首はきっちり縛っとるけど、体と足はユルめや。手がほどければ大丈夫そうや…”

 そう思い、もぞもぞと足を動かしていると、入り口が開き、一人の女が入ってきた。

“あ。この顔…!”

 翔太は、つい最近見たことのある顔であることを認識し、眉間にしわを寄せながら、彼女の顔を見つめた。


「あら、もうお目覚め? あまりご機嫌がよくなさそうね」

「あんなあ、おねえさん。誘拐されて、手足縛られて、機嫌のいい奴、どこにおるねん」

「確かにね…。ごめんなさい。手荒なことをして悪かったわ。でも、欲しいものが手に入ったら、すぐにお家に返してあげるから」

「悪いけど、うち金持ちやないから、身代金はそないに払えんで」

「人気の高級旅館なのに?」

「人気出るためにはなあ、お金かかるんや。バリアフリーいうのにしたり、サウナ作ったり、庭に露天風呂掘ったり、役員研修用の洋間こさえたり。楽やないんやで」

 翔太の言葉に女は笑い出した。


「…ウワサどおり頭がよさそう。…でも、身代金なんか要らないわ。お金なら山ほど持ってるし」

「じゃあ、何でこないなことするん。俺に何の用や」

「身代金は要らないけど、さっき返してしまった羽童と、それから…龍の玉が欲しいの。後であなたのお祖父さんに持ってきてもらうことにするわ」

“美紗緒さんが返してくれはった影童さまのことか? 何でそないなこと知っとるんや”

「他人の宝物を、いきなりよこせいうのは感心せえへんなあ。ふつうは丁寧にお願いするもんやろ。それとあいにくやけど、龍の玉はうちにはあらへんし」

「でも、この前の誘拐騒ぎのとき、あったんでしょ、龍の玉」

「誘拐騒ぎ知っとるんか。そやなあ。関根さんのお弟子さんやし、木下さん…唐子さんは」


「え?…何で名前…」驚いて翔太の顔を見つめる木下。

“やっぱりこの子、特別な力があるんだわ…”

 だが、翔太は木下の問いには答えずに続けた。

「あれは関根さんと舞喜ちゃんの勘違いや。俺が持ってたのは、5段重ねの押し寿司器。龍の玉やない。確かに上の蓋に龍の彫りもんしてあるけどな。二人がうれしそうに盛り上がっとるから、ちゃうて言いづらかったん」

「何それ…」しばらく言葉を失う女。「それでも…手に入らないと困るのよ…」


 と、その時、少し開いていた縁側の襖の向こうにあるガラス窓に、こちらを覗いている紗由の顔が映った。

「うわあ!」

「な、何?」

「い、いや…ゴ、ゴキブリ走っとったから…」口ごもる翔太。

 木下は窓側に背を向けて座っていたので、紗由の姿には気づいていない。

「いやねえ。こんな旅館でも、やっぱり夏は出るのかしら」

 翔太が視線を落とした先を、眉間にしわを寄せながら見つめる木下。

 もう一度、うつむき加減に翔太がちらっと窓のほうを見ると、もう紗由の姿はなかった。

“紗由ちゃん、何でここに? 皆で探しに来たんか?…やたらなとこ、行かんでくれよ…”


  *  *  *


 翔太が連れ込まれた車の後部座席で、毛布をかぶって隠れている間に眠り込んでしまった紗由は、ようやく目を覚ました。

 辺りをキョロキョロと見回し、車のドアを引っ張ってみる。開かないので困っていると、頭の中で華織の声がした。

“窓の下のところにある黒いぽっちを上に引っ張りなさい”

 言われたとおりにする紗由。

“ドアの取っ手を横に引っ張ればドアは開くから、気をつけて降りるのよ”

 紗由は、力いっぱいドアを開け、ぴょんと飛び降りた。

“紗由。そこはとりさんちだからね”

 今度は龍の声が頭の中に響いた。


「にいさまだ。あれ?…さゆ、かくれんぼしたら、とりさんちきたの?」

“そうだよ。翔太くんもいるから、探しに行こう。前に一緒に遊んだ部屋だよ。芙蓉の花が左側のほうにあるだろ。お花のとぎれるところまで歩いて行って”

「おはなは…あれだ!」

“お花がなくなったら、右に歩いていくんだよ。部屋と部屋の区切りのところが木で壁みたいになってるから、部屋と反対側の外側のほうを歩いて行くんだよ。じゃりだから、転ばないように、気をつけて歩くんだよ”

「わかった」

 言われたとおりに歩いて行くと、行き止まりの壁が目の前に見えた。右側にはガラス窓がある。紗由はそーっと中を覗いた。


  *  *  *


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