その14
「紗由、しゃべりすぎだよ。おうまさんのことは、他の人には秘密だって言っただろ」
龍が言うと、紗由は龍の手を振りほどいて、ぷいと横を向いた。
「すこししか、いってない」
「少しがいいかどうかは、紗由が決めることじゃないんだ」
珍しく紗由が口答えをしたのが気に障ったのか、いつになく強い口調で言い返す龍。
翔太は、少し気まずそうな龍の顔を下から覗き込むと、にっと笑って、紗由のほうに向き直り、彼女に話しかけた。
「あんまり口うるさい、にいさまはイヤやなあ、紗由ちゃん」
こくんと頷く紗由。
「でも、今までにいさまが、紗由ちゃんのためにならんこと、言うたことあるか? にいさまは、いっつも紗由ちゃんこと守ってくれてるやろ?」
龍のほうをじっと見つめると、うなずく紗由。
「そやろ。それにな、決まりが守れんと、大人の女とは言えんのやで」
翔太は自分の手を紗由から離し、龍の手と紗由の手を取ると、もう一度つながせた。
「仲直りや」
「…ありがと、翔太くん」
「ごめんなさい…」小さい声で紗由が言う。
「でもなあ、俺も正直しんどいわ。おとんにも、玲ちゃんにも、言えんことがどんどん増えよる。賢ちゃんにもや。ようしてもろてんのに。それに、さっきみたく、結局大人たちだけで話し合い始めたりして、なんか半端もんやねん」
「そうだね。もう終わったはずだけど、何話してたんだろう。こんなの初めてだ。今まで、おばあさまは何でも話してくれてたのに」
「さゆがおばあさまに、とうひょうする! いってもいいように、とうひょうする!」怒ったような顔で叫ぶ紗由。
「投票? 選挙でもやりよるんか?」
「うーん、そうじゃなくて、似たような音の違う言葉なんだと思う。紗由は、ちょっと前まで、キャベツとシャベルが一緒になってたから」
「紗由ちゃん、とうひょうって、どないなことするん? 誰かやってたんか?」
翔太が聞くと、紗由はしばらく考えてから、話し始めた。
「たのむよ、あにきぃ。もうさんどめだぜ、とうひょうにくるのも。……でもなあ、うちも、どくろぎょうてんせいじんになってから、いろいろうるさいんだ」
終わったのか、翔太の顔を見ると、うなずく紗由。
「あ。わかった! 翔太くん、交渉だよ。今のはきっと、賢ちゃんがとうさまに仕事のことか何かお願いしているところだよ。
紗由は、おばあさまに自分でお願いして交渉するって言ってるんだ。…紗由、それは、投票じゃなくて、交渉って言うんだよ」
「こうしょう」
「なるほどなあ。さすが龍くんや!…せやけど、ドクロ仰天星人ちうのはなんや? 涼一はんの研究所って、そないな怪人…作っとんのか…?」
涼一から、研究所に遊びにおいでと言われていた翔太は、自分が改造されてしまうかもしれないと思い、ドキドキしながら尋ねた。
「うーん。たぶん人間の研究してると思うんだけど…」
龍と翔太が廊下の隅で、ああだこうだと話していると、賢児と玲香が追いついてきた。
「何だ。廊下で談合か?」
「ろうかでおだんご!」
紗由が言うと、龍が迷惑そうな顔で賢児を見上げた。
「お願いだから、これ以上、話をややこしくしないでよ、賢ちゃん」
「何がだよ」わけがわからないと言った顔で見返す賢児。
「あ、そや。紗由ちゃん、賢ちゃんの前で、さっきの物まね、も一回やってんか」
そう言われて、さっきの物まねを繰り返す紗由。
「たのむよ、あにきぃ。もうさんどめだぜ、こうしょうにくるのも。……でもなあ、うちも、どくろぎょうてんせいじんになってから、いろいろうるさいんだ」
紗由が翔太を見つめて、終わったという合図をする。
「ねえ、このドクロ仰天星人て何?」龍が聞く。
「賢児さま、涼一さんに何かお願いされたんですか?」
「うーん。この前、ソフトの監修のことで話したけど…ああ! 独立行政法人だよ。それ」
「それ、なんや?」
「そうだなあ。簡単に言うと、切り離されたロケットみたいなものかな。切り離しをして、皆、別々に仕事をするんだ。
そのほうが、ひとつになってる時よりも、効率よく仕事ができて、見ている人にもわかりやすいだろ」
「国がやってるいろんな仕事をね、そうやって分けて、会社扱いにしたものがあるの。それらのことを、そう呼ぶのよ。
涼一さんがお勤めの…大学じゃなくて、研究所のほうね。そっちは、そう呼ばれてるわ」
「ドクロの顔した半魚人、作てるわけやないんやな」ほっと胸をなでおろす翔太。
「さゆが、こうしょうにいってきます。みんなはまっててください」そう言って、スタスタと歩き出す紗由。
「紗由、待って!」後を追いかける龍と翔太。
「どうしたんだ?」
「さあ…」
不思議に思いながら、後を付いて行く賢児と玲香。
紗由は、華織と躍太郎の部屋の前で止まり、声を掛けた。
「おばあさま。こうしょうにきました」
紗由の声に、中から躍太郎が現れた。
「お入り。龍も翔太くんも。おばあさまが待ってるよ。…賢児と玲香さんは、後で呼ぶから、今は遠慮してもらえないかな。ごめんよ」
* * *
華織の前に正座をして、厳しい表情で華織を見つめる紗由。
「紗由の言い分を聞きましょう」
「とうさまがかなしいので、ないしょは、いけないとおもいます。けんちゃんと、れいかちゃんと、みつひこさんにないしょは、いけないとおもいます。
さゆがいい子にするので、ないしょはやめてください」紗由がぺこりと頭を下げる。
「紗由の言い分はわかりました。紗由の言う通りにするかどうか、少し皆でお話をしましょう。だから、もう少し待っててね」華織が静かに微笑む。
「…あ、そうだ、おばあさま。“あれ”、美術館にあるよ。…紗由、さっきの賢ちゃんのおみやげ、おばあさまに見せて」
「おともだちだよ」
紗由がポストカードを差し出すと、しばらくカードに見入る華織。
「御園家所蔵になってるわ」カードの裏の説明書きを躍太郎に示しながら華織が言う。
御園というのは躍太郎の旧姓だ。
「やってくれるなあ、まったく」笑い出す躍太郎。
「これって、引き取りに来いってことよね」呆れたような顔で、カードを見つめる華織。
「じゃあこれで、かあさまは大丈夫だね」龍が華織を見上げる。
「とりあえず、美術館に行きましょう、あなた…」華織は難しい顔をして黙り込んだ。
* * *
部屋に入れなかった賢児と玲香は、賢児の部屋に戻りながら、少々足取りが重かった。
「俺たち、やっぱり蚊帳の外だな」口調は明るいが、少し寂しそうに笑う賢児。
「うーん。私たちは残念ながら、能力者でも継承者でもありませんものね」
「でも、能力者とも継承者とも思えない周子さんが、中途半端に呼ばれてたりしないか?」この数週間の動向を思い返しながら、賢児が言う。
「当事者ということなんじゃないでしょうか。私たちがずっと、何かが変だと思っていたことの、その何かの当事者」
「どういうこと?」
「夕べ、鈴ちゃんが翔太に聞いてた…というか、自分の考えを翔太に話していたんです。翔太の周囲で何が起きているのか、それに関する彼女の考えを」
玲香は夕べの鈴音と翔太との話、そして美紗緒たちとの話を賢児に説明した。
「なるほどな。そういうことか…」
「鈴ちゃんの言うとおり、紗由ちゃんに何かが起きているのなら、翔太が鈴ちゃんに隠し事をしてまで、協力する意味も理解できるんです」
「まったく伯母さんもさ、最初から飛呂之さんに説明して翔太を借りればいいのにな」
「最初の時点では、大げさにするほどのことでもないと思ったのかもしれないですね。秘密裏にさっさと事を済ませようとするのが、超常的な儀式の常ですから」
「だけど、済ませられなくなってきたんだとしたら、大変な事態なのかなあ。あるいは翔太の力か、清流にある何かが必要になったか…」
「うちにあるもの…羽童と文書と龍の玉ですか?…天珠でしょうか?」玲香が考え込む。
「考えてみれば、命側のアイテムって羽龍だけなんだな。まあ、羽龍の口にはめ込まれた針水晶を別に数えたとしても二つ。それに対して、宿の側には、文書、羽童、龍の玉の3つががある。文書を除いたとしても、同じ数だ。ちょっと、どうなんだろう、それって」
「同じだといけないんですか?」
「いけないっていうか、普通、力の大きいもののほうが、より複雑な仕組みになってると思うんだよ。
アイテム数を増やすか、役割の種類を増やすかして。暴走しないための制御装置っていうのかな。羽龍だけで、何種類もの役割と大きい力を持っている可能性もあるけど、ひとつだけじゃ、危険すぎると思わないか?」
「そうですよね。それを“命”ごと奪われて悪用されたら、止める術がありません」
「どこかにあるのかもしれないな、他のアイテムが」
二人は考えながら、軽く天を仰いだ。
* * *
4時を過ぎた頃、華織夫妻が皆を隠し部屋に呼び集めた。今回は、飛呂之、鈴音、龍、紗由、翔太だけでなく、賢児と玲香、そして光彦も呼ばれていた。
光彦と玲香たちが部屋に入ると、すでに中にいた他の人間たちが立ち上がった。
「光彦さんと玲香さんと賢児は、そこに3人で座ってもらえるかな」
躍太郎が指差した場所には3枚の座布団が置いてある。
「正座かな」
賢児が玲香に聞くと、玲香は小さくうなずき、賢児を真ん中に座らせた。
他の人間は、まるで兵隊がフォーメーションを組むように、それぞれ自分の席に着いた。
中央の奥には華織、その右側の少し手前に、前から順に躍太郎、翔太、飛呂之、鈴音が座り、華織の左側の少し手前には、二人分空席があり、それに続くように龍、紗由が座っていた。
一同は座り終えると、一斉に手を着いて華織に頭を下げる。華織の左手には、美術館に展示されていたスギライトとラリマーのブレスレットが輝いている。
「あ…!」
気づいた玲香は思わず叫ぶが、慌てて自分の口を手でふさぎ頭を下げた。
華織が、光彦、賢児、玲香の3人を見つめながら言う。
「3人とも、どうしてこういう席順なのかという顔をしてるわね。順を追って、それも説明します。…さて、龍、“命”の数は何人ですか?」
「ひとつの地域で4人です。“壱の命”と“弐の命”、それぞれ見習いがひとりずついます」
「では、翔太くん、宿の数は?」
「“命”さまと見習いさんには、宿の亭主がひとりずつ担当としてつくので、宿は4つが基本です」
「へえ…」思わずつぶやく賢児。
「そうですね。じゃあ、龍、“命”の役割は?」
「“壱の命”は吉事を、“弐の命”は凶事を受け取ります。
“壱の命”は祝祭の神事を司り、“弐の命”は、程度の大きい凶事には夢違えを行って、それを防ぎます。夢違えというのは、受け取った凶事が現実にならないように行う神事です。その方法には3種類あって…」
「今は、そこまででいいわ。ありがとう」
華織は龍の言葉を途中で遮り、玲香を見た。
「玲香さんは、この席順をどう思いましたか?」
「“命”さまの左側が“命”さまの血筋の方、右側が宿の血筋の人間ではないでしょうか」
「ええ、その通りです。では、宿側の並び順はどう思われますか、光彦さん」
「…翔太が、義父や鈴音よりも上ということは、継承順ではありませんから、おそらく特殊な能力順、そして継承順。黒亀のご亭主が一番上ということは、ご亭主は、特殊な能力的に翔太より上ということかと思います」
「おっしゃる通りです。…賢児さん、“命”側の空席についてはどう思いますか?」
いつもは“さん付け”にされることのない賢児は、少々緊張した面持ちになった。
「…そこに座るべき人間が、今ここにはいないということではないですか」
「ええ、そうです。…現在、西園寺家には、私の跡を受け継ぐ可能性のある者、まず、能力的に受け継ぐ可能性のある者が、ここにいる龍と紗由を含めて4名います。
ですが、実際に受け継ぐためには、機関と私が承認することが必要です」
「空席には誰と誰が座るのですか?…一人は親父ですよね?」
華織は、賢児の質問には答えずに、次の説明を始めた。
「私は、3ヵ月後に再び“命”の任に就きますので、もうひとつの宿が必要になります。先ほど飛呂之さんに清流の巫女寄せ宿復興を打診して、お受けいただきました」
華織の言葉に、驚いて飛呂之を見つめる玲香。
「でも、宿が4つなら、あと2つ足りないよな」ひとりごちる賢児。
「雀のお宿を買い取ることにしました。先ほど、村島さんのほうにお話をしてきました。…残りのひとつは、縞猫荘の継承者が何年後かに再興するでしょう」
「関根さんにそういうお話をされたんですか?」
「いいえ。再興するのは彼ではありません。その次の代になってからの話です」
「新しい雀のお宿は、どなたが亭主になるんですか?」
「いずれ別のところから来るはずですが、当面は律子さんです。玲香さんもご存知よね」
「常務ですか!?」
律子は躍太郎の妹で、躍太郎の社長時代に常務を務めていた人間だ。
「そういうわけですから、私が“命”に戻り、清流が巫女寄せ宿に戻ったあかつきには、賢児さんには“命”および継承者候補の一族の一員として、光彦さんや玲香さんには巫女寄せ宿の一族の一員として、お役目をはたしていただくことになります。涼一さんも同様です」
「伯母さん、それって…」
「ないしょがなくなる!」紗由が立ち上がった。「とうさまもいっしょ!」
「紗由。勝手に立っちゃダメだよ」
龍が紗由を座らせ、華織に頭を下げる。
「そうね、紗由」華織が微笑む。「紗由の交渉は成立しました」
「ありがとうごじゃいます!」華織に向かって頭を下げる紗由。
「話は以上です。3ヵ月後、必要なことは改めて説明します」
華織がそう言うと躍太郎が「下がって結構です」と皆に告げ、龍から順番に部屋を出た。
* * *
「なーんか、ちょっと拍子抜けだな」部屋に戻ると賢児が言った。
「そうですね…。でも、なんで周子さんがいなかったんでしょう」
「そうだな。用意されていた座布団は3つだけ。最初から、周子さんの席がなかった」
「今まで私たちよりは…優遇…されていたのに、肝心の席に呼ばれていない。変ですね」
「龍と紗由、伯母さんたちの部屋に戻ったよな。周子さん、一人で何してるんだろう」
「それに、“命”さまの左手にあったブレスレット、あれ昨日美術館で見たものですよね」
「…これか?」ブレスレットのポストカードをジャケットのポケットに入れたままにしてあった賢児が、カードを取り出した。
「ええ、このブレスです。…御園家所蔵となってますね」カードの裏を見る玲香。
「御園って、伯父さんの旧姓だ…」
「ええっ。そうなんですか」
「ブレスのことは龍に確認しておくよ」
「まあ、3ヵ月後までははっきりしたことは、わからないのかもしれないですけどね」
玲香は半分諦め顔で賢児にウインクした。
* * *
食事が終わり、鈴音に借りた除光液を返しに来た玲香が居間に入ると、鈴音、光彦、翔太の3人が雑誌を開いて歓談していた。
「懐かしいわ。もう8年も経つのね」
「鈴と鼓が描かれた着物だったよな、おまえは」
「よく覚えてるわね」
「そりゃあ…こんな…」
「あ、思い出したわ」上から雑誌を覗き込みながら話に入る玲香。「鈴ちゃんが初めて着物モデルしたときのやつね」
「おかんが、いっちゃんきれえや」ニコニコ顔の翔太。
「うふふ。ありがと。…そうそう、モデルの子たちの名前にちなんだ着物が、ちょうどあって、すごく盛り上がったのよね」
「見事に全員分あったんだよな」
「百合菜さんが百合の柄でしょ。檜垣さんは檜垣文。唐子さんは唐子人形だったわね」
「それだよ、さっき言ってたのは。その“とうこ” さんが“からこ”人形の着物」
「さすがにあの着物は見間違えないわよね。…これこれ。この着物ね」
鈴音が楽しそうに指差した着物を見た玲香は、驚いて叫んだ。
「…これって、木下さん!」
「玲ちゃん、知ってるの?」光彦が尋ねる。
「あら? 確か…内藤さんていう名前だったような。結婚したばかりで、いい記念になったとか、そんな話をなさってたわよ」
「でも、関根さんのお弟子さんよ。間違いないわ。HPにも載ってるもの」ノートパソコンを部屋から持ってきて、写真を見せる玲香。
「本当だわ。こんな近くにいたなら、一言ぐらいご挨拶したかったわ。あのとき私、すごく緊張してて、いろいろ気を遣っていただいたのよ」
「そいえば舞喜ちゃんが、他にも女の人いてるて言うとった。この人なんやな」
「今日はびっくりすることばかりだわ。清流クイズの唯一の正解者が“命”さまのご主人で、しかも黒亀亭のご亭主だったり…。ところで、彼女は一緒に渡米しないのかしら」
「二人だけみたいよ」
「なんや、二時間ドラマのにおいがするな。三角関係で殺人事件が起こりそうや!」
「こら。よけいな詮索しないの」鈴音が翔太を見る。
“三角関係…。そうか、だから口ごもったのかしら、二人だけかと聞いた時に”
玲香は、関根と美紗緒のもとを訪れた時のことを思い出しながら思った。
ヒーラーの師匠と弟子が内紛分裂などよくある事なので、それなのかと思っていたのだが、もしかしたら、翔太が感じたほうが正解なのかもしれないと思い直していた。
* * *




