その13
周子たち3人と賢児と玲香が清流で合流するのが当たり前のようになっていた、この一ヵ月間の毎週末。だが、今回は珍しく、華織と躍太郎も清流を訪れていた。
「周子さんに車のキー返して来なくちゃな」
ポケットの鍵に気づいた賢児が、玲香と共に周子たちの部屋を訪ねると、そこには鈴音と翔太もいた。
「鈴ちゃん、何でいるの?」
「今ね、父さんが“命”さまたちとお話してるの。それが終わったら私たちも呼ぶからって…」
「そうなの…」
「紗由、何見てるんだ?」
賢児が紗由の手元を覗き込むと、紗由は背中を向けて、手の中の何かをリュックに仕舞い込んだ。「ひみちゅ。」
「じゃあ、私たちはこれで」
玲香がその場を離れようとすると、賢児が周子に言った。
「周子さん。車、少し借りててもいいかな。ちょっと玲香と出かけてくる」
「ええ、もちろん。…行ってらっしゃい」
「うん。ありがと。夕方前には戻るよ。じゃあ」賢児は玲香の手を引っ張って部屋を出た。
「行こう」
「賢児さま…」
「俺たち、メンバーじゃないんだ。呼ばれるべきメンバーじゃない」
賢児の言葉に唇をかむ玲香。
「…そうですね。じゃあ、デートに出かけましょう。…そうだ! 美術館で天然石の工芸品の展覧会してますよ。私が初めて命さまとお会いした美術館です。いかがです?」
「お。いいねえ。パワーストーンとか、あるのかな。龍並みの力を授けてもらおうか」
笑い合うものの、どこか気まずい感じになりながら、二人は車に乗り込んだ。
* * *
訪れた美術館は、他に誰も客がおらず、二人の貸切状態だった。
目の前のブレスレットをじっと見つめて動かない賢児に、玲香が聞いた。
「この石、気に入りましたか?」
「…この石、可愛いな」
「スギライトとラリマーですね、このブレスレットの石。どちらも、かなり高レベルのパワーストーンです。でも、こんな高レベルの石に可愛いって、何か変です」笑い出す玲香。
「うん…昔もさ、石を可愛いなって思ったことがあるんだ。
…俺がまだ5つぐらいの時かな。天馬の部屋に行ったら、テーブルの上にその石があって、なぜだかわからないけど、俺はその石がすごく可愛いなって思えたんだ。それで、石を撫でた。犬を撫でるみたいに。
そうしたら、天馬が入ってきて、触るなって怒って、俺を突き飛ばした」
「まあ、ひどい」
「ちょうど風馬と兄貴が入ってきて、怒った兄貴が天馬に飛びかかろうとしたら、風馬がそれを止めて、自分で天馬をぶん殴ったんだ」
「殴っちゃったんですか…」
「俺も兄貴もびっくりした。気性の激しい天馬と違って、風馬はいつも物静かで穏やかな人間だったから、そんなことするなんて思いも寄らなかった。
おまけに、天馬を怒鳴りつけたんだよ。おまえがそんなことをするなら、僕のものにするからなって。天馬は泣きながら飛び出して行った。
風馬は俺に謝って、そして兄貴と俺に言った。今のことは絶対に誰にも言うなって。
その時は、ケンカしたのがバレたら怒られるという意味だと思ってたんだけど、問題はケンカじゃなくて、あの石だったのかもしれない」
「何か…特別な石だったんでしょうか」
「で、さっき紗由が、ハンカチに包んだ何かを撫でてたんだけど、一瞬見えたそれ、昔、天馬が持ってたのと同じものだと思うんだ。葉巻型をした、茶色と白の幾何学模様の石」
「それって…もしかして天珠?」
「知ってるの?」
「一種の焼き物なんですけど、パワーストーンの中でも、かなり珍重されているものです。それが天馬さんから紗由ちゃんに渡ったということですか?」
「天馬は紗由が生まれる前に事故に遭ってるから、誰かを経由してるんだろうけど」
「あ…!」何かを思い出したかのように叫ぶ玲香。
「どうした?」
「天珠ならうちにもあるかも…。昔…父が磨いてました」
「飛呂之さんが?」
「はい。変な石だなと思いました。綺麗とも違うし。でも、なんか目が離せなくて。父は大事そうに磨いてました。
…あ、でも、このことは内緒にしてくださいね。こっそり覗いたんです。勝手に入ってはいけないと言われていた、あの隠し部屋に入り込んで」
「翔太並みに、やんちゃだったんだなあ」思わず笑い出す賢児。
「で、その天珠だけど、玲香が見たそれ、おそらくそれが龍の玉だな。たぶん形的にもうまくはまる」
「形的に、はまる?」
「羽龍は口にまあるい針水晶をくわえてるだろ。羽童にも、そういう何かがあるんじゃないかと思ったんだよ。両腕で何かを抱えているみたいに見えないか、羽童の形って」
「あ、はい。確かに。この前も翔太がペンライトを羽童の腕のところに入れて、“ちいと持っててな”って」
「羽童から、“ペン立てちゃうねん!”って突っ込み入りそうだな」
「はい。自分で突っ込んでました」
「…そこまでは読めなかった」少し悔しそうな賢児。
「でも、天珠だったら、大きさも形もぴったりかも」
「『龍の玉が子を拓く 龍の子が玉を拓く』という文章の“ひらく”という字が手偏に石だろ。だから、最初は手に着ける石、ブレスレットか何かかと思って龍にも確認したんだけど、それらしき物が見当たらない。
で、この前、翔太が漬物石を抱えて運んでるところを見てひらめいたんだ」自慢げに言う賢児。
「すごいです、賢児さま。じゃあ、それで決まり」
「うん。よしとしよう」
「ふふ。勝手に決めちゃいましょう」
「ああ。仲間はずれなんだから、それぐらいさせてもらわないとな」
ニッコリ笑う二人。
「でも…うちの天珠は羽童の腕の中でいいとして、紗由ちゃんの持っている天珠は、何に使うんでしょう。単独なんでしょうか、それとも、また別にアイテムが?」
「さすがにそこまでは、わからないなあ」
「ですよねえ…」
「でも、もうひとつ発見したんだ」
「何ですか?」
「この後のお楽しみ」賢児はウインクすると、美術館の出口を開けた。
* * *
車に乗り込むと、賢児はすぐに話を始めた。
「わけのわからない一文の意味だよ。『一、二足を東へ 二、一足を南北へ 三、命が宿る』」
「あれが、わかったんですか!?」
「こっちは、龍がテレビのクイズ番組見ながら爪楊枝をいじってるのを見て思いついた」
「爪楊枝?」
「うん。四分音符の記号が書いてあって、『この‘音’を4回動かして、色にして下さい』という問題なんだ。それを解くために、龍が爪楊枝並べてたんだよ」賢児は問題文をさらさらと書いた。
「『この‘音’を4回』ですか…」考え込む玲香。「ええと、こうでしょうか」
バッグから手帳を取り出すと、「音」という文字を書き、図示しながら説明を始める玲香。
「四分記号は関係ないと思います。まずこの、一番上の点の部分を、下の『日』の部分の真ん中に持ってきます。上に突き出させる形で。理由の『由』ですね」
「ふんふん」
「そして、点の下にあった棒を、少し下にスライドさせます。
音の文字をくくってあった‘’をその下に持ってくる。そうすると、黄色の『黄』になります。答えは『黄色』」
「ご明察」
「で、それとあの一文がどういう関係があるんですか」
「今の問題が解けたんなら、自分で解いてごらん」ニヤリと笑う賢児。
「え?…」少し考えた後、玲香はさっきのメモの横に「羽」と書いて、それを見つめた。
「違う。これじゃない」そう言うと玲香は、メモのページをめくり、「童」という文字を書いた。そして、再びそれをしばらく見つめると、おもむろに説明を始めた。
「…『里』の部分の下2本が“二足”です。それを“東へ”、つまり、北を上としたときの右方向に移動させます。ちょうど、真ん中の棒に、2本の左端が来るくらい。
次は、“一足”、そのうちの一本、この場合は上の一本ですね。それを南北、つまり上下の方向にする。立てるんです。そうすると、『竜』という字になります」
「よくできました」微笑む賢児。
「あの…もしかしたら、前社長のお父様がお亡くなりになったときに、傍に残されていた“羽音”というのは、“羽童”と書こうとしていた途中なんじゃないでしょうか」
「そうか。そうかもしれないな…。伯父さんに、羽童を守れというメッセージだったのかもしれない」
「…でも、“命が宿る”というのは?」
「童が竜になれば、“いのち”ではないな…新たな“みこと”が生まれるということだろうか。…仮の住処とするということなのか、最後だけは、よくわからない」
「…漢字だけ取って考えれば、“宿命”にもなりますね」
「なんか、いきなり重いな」少し緊張した表情になる賢児。
「じゃあ、もう少し簡単に考えて、“命”の能力を授かるということでしょうか」
「全部かもしれないな」
「どういうことですか?」
「童が龍になることで、新たな命とも言える存在、つまり“命”のような能力を備えた存在になる。その童は龍になるべくしてなった。その流れは宿命ということだ」
しばらく考え込む二人。
「まあ、とりあえず、この点についてはこれでいいか。…それにしても、いろんな細工品があるんだなあ。
宝石っていうと、普通のアクセサリくらいしか知らなかったけど、いろんな工芸品や、宝石画なんていうのもあるんだな」
いろんな色の石を砕いたかけらで描いた画を見た賢児は、その微妙で繊細な色具合に感心していたようだった。
「天然石はいろんな色のものがありますから、絵の具代わりにはもってこいなのかも」
「光の具合でいろんな色合いが出るし、ある程度の大きさなら、質感も楽しめるよな」
「そうですね。今度、やってみますか?」
「道具っていうか、ああいうのに使う石は簡単に手に入るの?」
「ネットでも売ってますし、義兄さんに頼めば、くず石なら簡単に手に入ります」
「光彦さん…そう言えば確か、ご実家が天然石の問屋さんだったっけ」
「はい。なので、たまーに私や翔太もくず石をもらって、ブレスレット作ったりしてます。翔太は、女性のお客様に差し上げたりして、けっこう評判いいんです」
「翔太、そんなのもできるんだ。すごいなあ。デザート、花、アクセサリ。女性が喜びそうなところを一通り抑えてるし。…でも、玲香がそんなブレスしてるの見たことない」
「ほとんど人にあげてますから」
「へえ、そうなんだ。じゃあ今度、俺にも作ってよ」
「じゃあ、ネクタイピン、作ってみましょうか」
「ほんと?」
「はい!」大きく頷きながら玲香は微笑んだ。
* * *
賢児が信号で止まったその時、声がしてガラスをノックされた。
「玲ちゃん!」
声の主は光彦だった。
「義兄さん! どうしたんですか?」驚いて玲香が尋ねる。
「牧場から電話があってさ、いいベーコンができたからって。それで今持ってきたところ」
「じゃあ、乗ってください。すごいタイミング!」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」クーラーバッグを抱えて、素早く後ろに乗り込む光彦。
「車じゃなかったんですか?」
「この前、義父さんがチューニングしてあげた牧場のバイクに乗って行って、置いてきたんだ。…お言葉に甘えちゃったけど、デートの邪魔じゃなかった?」
「そんな。今日はもう帰って、義兄さんの美味しい料理を堪能するだけです」
「それならまかせといて。“命様”ご夫妻もいらっしゃるし、美味しいものをお出しするから」
「ありがとうございます」運転席から、お辞儀する賢児。「今、ちょうど光彦さんの話してたんですよ」
「俺の?」
「ご実家が石の問屋さんなんですよね」
「ええ。原石なら安く卸せますよ。指輪の加工もできるし。…あ、まだ早かったかな?」明るく笑う光彦。
「あ…あの、その節は、よろしくお願いします」頭を下げる賢児。
「…そうだ。ちょっと気になってたんだけど、二人とも部外者扱いだったから外出してたのかな。ごめんね」
「そ、そんなことないです。…それを言うなら、義兄さんだって…」
「俺は慣れてるよ、玲ちゃん。今までだって、鈴音と父さんと二人だけでということが、何度もあったよ。…最近は、翔太と三人だけで…ということもね。仕方がないことだよ」
「そうなんですか?…」
「わかります。最近、うちでも、そんな感じですから」賢児が言う。
「父さんと鈴ちゃんは、わかります。でも、翔太もって、どういう…」
「鈴音が言うには、小学校に入る頃、つまり物事の道理が理解でき始める年齢に、レクチャーを受けるらしい」
「知らなかった…」
「廃業したとは言え、翔太の代になってからじゃないと返せないものがある以上、鈴音は半分、巫女寄せ宿の次の跡取りだからね。
義父さんと彼女で翔太にレクチャーするわけだ。俺も、どこからどこまでが介入してOKとかNGとか、はっきり言われたし」
飛呂之も鈴音も、玲香の前でそんな素振りを見せたことはなかった。飛呂之にいたっては、神だの宗教だのというものを、あまり快く思っていないように見えていたし、普段、商売に連動する部分以外で話題にすることもほとんどなかった。
しかも玲香は、光彦のようにOKやNGの範囲をはっきりと言われたわけでもない。
玲香は、今までの二人の言動を思い出しながら、自分がずっと取り残されていたような気がして、軽いショックを覚えていた。
光彦の言葉に黙り込んだままの玲香の手を左手で握りながら、賢児が言う。
「そうやって、守られていくんだな。巫女寄せ宿も、“命”の血筋も。…俺たちは、それを客観的に見守る証人だ。光彦さんもです。俺たち、仲間っていうか」
「そうだな。…じゃあ、3人で同盟でも作ろうか」光彦が答える。
「いいですね、それ」
賢児と光彦が笑う。だが、玲香はまだ下を向いたままだった。
沈黙が車内を包んだまま、道のりが過ぎて行った。
しばらく走った後、雀のお宿の駐車場入り口傍の信号で止まると、窓の外を眺めていた光彦が、横断歩道を渡り始めた女性を見つめながら、つぶやいた。
「あれ? あの着物…」
ずっとその女性を見つめたままの光彦に賢児が尋ねる。
「どうしたんですか? お知り合いですか?」
「…あの唐子人形の着物、間違いない、前に見たことがある」
「唐子人形?」
信号が変わり、車を発進させる賢児。女性の姿は駐車場の中に消えていた。
「8年くらい前かな…鈴音と会ってまもない頃に、出版社にいる先輩から、着物モデルができそうな人間がいないかって頼まれたんだよ。
それで鈴音にお願いして、東京まで行ってもらって…。その時の撮影で、出版社の人も何人かモデルをしてたんだ。営業だか、広告担当の人だったかな。その中の一人が着ていたのが、唐子人形を描いた着物だった」
「すみません、唐子人形というのは…」賢児が聞く。
「瀬戸内のほうの民芸品だよ。からくり人形にも使われていることが多いかな」
「詳しいんですね」
「義兄さんは、民俗学者を目指していた人だから」下を向いていた玲香が顔を上げ、小さい声でつぶやく。
「ああ、そうか。鈴音さんより、珍しいカンザシのほうが気になったんですよね」
笑う賢児を見て、軽く咳払いをする玲香。
「それを言わないでよ」
「で、その社員さんだったんですか、さっきの人は」
「帯も同じだったから、たぶん…」
「すごいよな。覚えてるのが顔じゃなくて物って」
もう一度咳払いする玲香。
「ははは。翔太にもよく注意されるんだ。鈴音の着物ばかり褒めずに本人を褒めろって」
「難しいですよね、女性って」頷く賢児。
「だから、なるべく顔を褒めるようにしてるんだけどね。今日は小じわが少ないねとか」
「義兄さん…けっこう怖いもの知らずですね」目を見開く玲香。
「え。駄目なの?」賢児が聞く。
「それじゃ、いつも小じわが多くて、今日はたまたま少なく見えるって言ってるみたいですよ。そういうときは、今日も綺麗だねって言うんです。…翔太は何て言ってました?」
「“少しはしわでも増えてくれないと困るけどなあ。お客様に、お姉さんですか言われるの、もう飽きたわ”って言ってたよ」
「さすがね…。義兄さんの立場を壊さずに、しかも第三者の発言を利用して。完璧だわ」
深く頷く玲香の横で、首をかしげる光彦と賢児。
玲香は心の中で溜め息をついた。“そんなところ似てなくていいから…”
* * *
玲香たちが清流に戻ると、皆の話し合いも終わったらしく、庭先で翔太と龍と紗由が遊んでいた。
「お帰り! デート楽しかったか?」にいっと笑いながら賢児に声を掛ける翔太。
「まあな!」親指を立てて賢児が答える。
「おみやげがある!」
紗由が賢児に駆け寄ると、賢児はさっき買ったポストカードを取り出して紗由に渡した。
「ほら。おみやげ」
賢児から渡された袋のセロテープを、そーっとはがそうとする紗由。
「紗由ちゃんは女の子らしい剥がし方やのお。玲ちゃんは、がちゃがちゃ、びりびりやで」
翔太に頭を撫でられると、うれしそうに笑う紗由。
「そうか? この前、包装紙のセロテープ、アイロンかけてきれいに剥がしてたよ。しわも伸ばしてさ」賢児が玲香をフォローする。
「あ…えーと、あれはフランス製の高級包装紙で、使いまわそうかなと思って…」
照れ笑いをする玲香の横で、紗由がいきなり難しい顔をして賢児に言う。
「アイロンでしわをのばすのは、ダメなんだよ!」
「ど、どうして、紗由ちゃん?」
「この前ね、かあさまが、笑いじわができちゃうって言いながら、目の横のしわを伸ばしてたんだ」龍が説明する。
「こう。こうだよ」両手の人差し指を両目の目尻に置き、こめかみ方向に引っ張る紗由。
「かあさまの真似なんだな」
「それで紗由がハンディアイロン持ってきたんだ。かあさまのしわを伸ばしてあげようとして。そうしたら、とうさまは笑い転げて、かあさまは傍で般若みたいな顔になってた」
「ここもね、しわしわになってた」紗由が自分の眉間を手で撫でながら言う。「アイロンかけようとするとね、よけいにしわがふえちゃうんだよ。こまったね」
「そりゃあ困ったな」噴出しそうになるのを必死にこらえる賢児。
その横では、すでに玲香が背中を向けて肩を震わせている。
「さゆね、とうさまのまねもできるよ」
「おう。やってみ」
賢児が言うと、紗由はその場にしゃがみ込んで、何かを撫でるような仕草をした。
「いいか、さゆ。なにかをおねだりするときはな、賢ちゃんにいうんだぞ。なーんでもかってくれるからなあ」
「さ、紗由、それはダメだよ」慌てる龍。
「…兄貴の野郎…」眉間にしわを寄せながら、低い声でつぶやく賢児。
「け、賢児さま」
だが、当の紗由は、自分の物まねのせいで穏やかならぬ雰囲気になりそうになったのにもかかわらず、賢児からもらった包みの中身を確認していた。中身は、さっき賢児と玲香が見ていたスギライトとラリマーのブレスレットの写真カードだった。
「むらさきのおともだちと、みずいろのおともだち」うれしそうに笑う紗由。
「お友達?」紗由の言葉でカードを覗き込んだ龍の表情が変わる。
「どうかしたか、龍」
「…ううん。紗由はさ、何でも“お友達”って言うんだよね」
「お友達は多いほうがええもんなあ、紗由ちゃん」翔太もカードを覗き込んだ。
「この石、知ってるの?」カードを指しながら聞く玲香。
「おばあさまと、じいじと、おうまさんと、おともだち。なかよしだよ」
「親父と伯母さんは、そりゃあ姉弟だから、仲良しなあ。お馬さんて何だ?」
賢児が紗由に言うが、紗由はそれには答えない。
「お馬さんていうのは、なあに?」玲香も尋ねるが、やはり紗由は答えない。
「紗由ちゃん、前にポニー見た言うてたもんな。だからお友達なんやな」翔太が言う。
「おばあさまとじいじが、お馬さんと仲良しなの?」
「えーと」考え込む紗由。
「紗由、部屋に戻ろう」
龍がきつい口調で言うのを見て、翔太が言う。
「そや。紗由ちゃん、部屋でレゴやって遊ぼ」
「おうまさんは、あゆみちゃんがさがしにいったよ」玲香をにこにこと見上げる紗由。
「あゆみちゃん…?」
「ほれ、紗由ちゃん、行くで」
紗由は、翔太と龍に手を取られ、建物の中へ入って行ってしまった。
「翔太…! ん、もう。どうしたのかしら、急に。紗由ちゃんの話もわけがわからないし」
「におうな…」
「そうだわ。えーと…あゆみちゃん、あゆみちゃん…」下を向いて考え込む玲香。
「心当たりあるの?」
「どこかで聞いた覚えが……あ!」
「どうした?」
「あの時だわ。剣さんが部屋に入ってきたとき、紗由ちゃんが言ったんです。“さいとうあゆみです。もうすぐ4つです”って。何で違う名前言うのかなと思って聞いたんですけど、紗由ちゃんが答える前に、翔太と違う話になってしまって」
「ということは、紗由の別名なんだな。何でそんなもんがいるのか、わかんないけど」
「まあ、女の子って“ごっこ”が好きですから。…あ、そうだわ! 紗由ちゃん、他にも言ってました。お馬さんは、あゆみちゃんがいたお部屋にいたって」
「馬ねえ。聞いてないけどなあ。それに、いくらポニーでも、部屋にはいないよなあ」
「確かにそうですね。それに龍くんと一緒に見たなら、龍くんがデジカメでいっぱい写真撮って、賢児さまに見せてくれていそうですよね」
「うーん。スギライトとラリマーの写真見たときの、龍の反応も何かおかしかったしなあ。このブレスレット、何かあるのかなあ」自分用のポストカードを取り出して眺める賢児。
「翔太も知ってるのかしら…」
「光彦さんの言うとおり、この手の事って仕方ないのかもしれないけど、やっぱり目の前で変な感じになれば、どうしても気になっちゃうよなあ」賢児がぽりぽりと頭をかく。
「…よし。いっそ、“命”さまにはっきり聞いてみましょうか。義兄さんは、どこからどこまでが介入してOKというのを言われたって言ってましたよね。
だから私たちも、せめてそれぐらいは教えてもらいましょう。何なら誘導尋問して、うっかりしゃべってもらえばいいんです」玲香が拳を握り締める。
「立ち直り早いな、おまえ。…よし、そうするか」
車の中でしょんぼりしていたのは何処へいったやら、このままじゃおかないと言わんばかりの玲香の様子に、賢児はふっと笑みをこぼした。
* * *




