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12/17

その12


 賢児が玲香に、今週は静岡の華織の家に行ったほうがいいような気がすると強く言うので、玲香はいったん清流に戻ってから、翌日に華織の家で賢児と合流することにした。


 玲香が清流の前でタクシーを降りると、一人の男性が門の傍に佇み、正面玄関のほうを見つめていた。

「あの…旅館に御用でしょうか?」

「い、いえ…。失礼します」

 玲香の呼びかけにハッとした男は、うつむき加減に玲香に一礼をし、足早に立ち去った。


“何かしら…”

 スーツケースを木戸の裏に置くと、玲香は男の去ったほうへ駆け出したが、すぐ先の三叉路のところで、もうその姿は見えなくなっていた。

“でも、あの人、どこかで見たことあるような気が…”

 気にはなりながらも、玲香はとりあえず家に入ることにして、裏口に回った。

 玄関から、2階の自分の部屋へ向かう途中、玲香の部屋の手前にある翔太の部屋から、泣き声が聞こえてきた。何事かと、スーツケースを自分の部屋の前に置いたまま、翔太の部屋をノックする。


「翔太。今帰ったよ。入るよ~」

 玲香がそーっとドアを開けると、翔太が羽童を握り締めながら座り込んでいた。

「どうしたの? 何かあったの?」

 玲香が傍に座り頭を撫でると、翔太は泣きながら玲香にしがみついた。

「玲ちゃん…」何も言わずにただ泣き続ける翔太。

 玲香が困惑しているところに、鈴音がドアをノックして入ってきた。

「あら、玲ちゃん…お帰り」玲香がいるとは思わなかったのか、驚く鈴音。

「た、ただいま…ねえ、どうしたの? 翔太、さっきから泣きっぱなし」

「…うん。なんかね、じっちゃんに怒られちゃったみたい。ね、翔太?」

 鈴音の声に、翔太は恐る恐る顔を上げた。


「おいで」鈴音がそう言うと、翔太は玲香から離れて鈴音の前に座った。

「翔太。無理しなくていいから。話したくないなら、無理して話さなくていいから。おかんは翔太のこと信じてるから」

「おかん…ごめん。俺、悪い子や。おかんのこと心配させて、悪い子や」

 涙でぐしょぐしょになった顔で鈴音にしがみつき、胸に顔をうずめようとする翔太に、玲香が慌てて、その横からティッシュを山ほど挟み込むと、鈴音と翔太がゆっくりと玲香を振り返る。


「あ…あの、鈴ちゃんの着物が、鼻水でぐしょぐしょになっちゃうかなあって。えへへ」

 玲香の言葉に、コホンと小さく咳をする鈴音。

「まあ、確かにね、先月新調したばかりだけど、これ。でもね、着物のクリーニング代より、親子の愛情のほうが大切でしょ?」

 そう言いながらも、素早く翔太の顔をティッシュで拭き、鼻をかませる鈴音。

「おかん、口と手が一致しとらんで」翔太が口を尖らせながら鈴音をじっと見る。

「そういうのを難しい言葉で“二枚舌”って言うのよ」玲香がもっともらしい顔で教える。

「ふーん」

「玲ちゃん」鈴音が玲香をキッと睨んだ。

「一般論よ。翔太は龍くんみたいに、難しい言葉一杯覚えたいって言ってたから」


「俺、知っとるで! こういうのを難しい言葉で“一触即発”言うんや。龍くんが言うとったわ。先生の事務所のくたびれたお嬢さん方が、そんな感じなんやて。誰かが、ぎょーさん先生に声かけてもろたら、火花バチバチで“一触即発”なんや」

「すごくわかりやすいわね、それ」感心する鈴音。


「そういえば、この前、届け物をしに先生の事務所にうかがったのね。

 ちょうど催し物の前日で大勢いらしてて、周子さんのこと、すぐに探せるか不安だったんだけど、“一番地味な服着てるのが私よ”って言ってたの。

 行ってみたら確かにそうなのよ。ていうか、他の…くたびれたお嬢様方が、めちゃくちゃ着飾ってて。ダンボール運ぶのにシャネルスーツなのよ」

「いつ先生が来てもええように、“勝負服”いうやつやな」

「そういうこと。お嬢様方は、先生命なのよ。賢児さまも言ってたわ。事務所に“こんにちは”って入っていくと、賢児さまの声が先生に似てるから、皆で一斉に笑顔で振り返って、その後、皆で一斉にがっかりした顔になるんですって」

「先生の息子やん。失敬な話やなあ」

「賢児さんでがっかりって、すごいわねえ」鈴音も苦笑する。


“あれ?…”玲香は自分の言った言葉に反応した。

「そうだ。さっきの人の声…誰かに似てる。一言だったけど、聞き覚えが…」

「いきなり、どないしたん」

「さっきの人って?」

「門のところから中を覗いていた男の人がいたのよ。声を掛けたら、すぐに立ち去って」

「知ってる声だったん?」

「うん。野球帽に黒いサングラスしてたから、顔ははっきり見えなかったんだけど、一言言葉を交わしたときに…どこかで聞いたことがあるような。何となく見覚えもあるような…」


 慌てて立ち上がり、いきなり廊下へ駆け出す翔太。

「翔太! ちょっと待ってよ! どうしたの?」玲香が後を追いかけた。

 勝手口から外に出て、通りを左右に見回す翔太。

「翔太ってば! もう、いないわよ。私も追いかけようとしたんだけど、すぐに見えなくなっちゃって…」玲香が翔太の腕をつかみ、息を切らしながら言う。

「どっち行ったん?」それでもキョロキョロと辺りを見る翔太。

「誰なの、翔太。誰を探してるの?」後から来た鈴音が言う。「玲ちゃん、その人、うちを覗いてたん?」

「うん。玄関のほうをじっと見てたのよ」

「何かしら。変質者とかかしら」

「そんな感じでもなかったんだけど…」

「でも、何で翔太がその人を気にする必要があるの?」

「別に、気になんぞしとらん」

 すたすたと部屋に戻ろうとする翔太。二人も後を追う。


「宿題するから、あっち行ってや」自分の部屋に入り、ドアを閉めようとする翔太。

 鈴音が腕を差し入れ、ドアをゆっくり押し開ける。

「宿題なら、夕飯の前に済ませたでしょ? それとも、学校以外の宿題でもあるの?」

 静かに翔太を見つめる鈴音。翔太は左手を握りしめながら、緊張した顔で下を向く。

「おかんは、さっき言ったわ。無理に話さなくてもいいって。だから、無理には聞かない。…でも、その代わり、おかんの考えを聞いてもらうわね」

「おかん…」


「おまえは、おかんに何か隠してる」

 鈴音の言葉に黙り込んだままの翔太。

「おまえは隠し事をするとき、左手をね、ギュって握り締めるのよね。…玲ちゃんたちと華織さんの家に行ってから、ずっと変だもの、おまえ」

“やっぱり、あのとき何かあったのね…”

 その日の華織たちの様子が、どこかおかしいと感じていた賢児と玲香は、翔太に探りを入れてみたのだが、はぐらかされてしまっていて、玲香はずっと気になっていたのだ。

「おまえは、自分のためにウソをついたりしない。誰かのために言えない何かがあるのね」

「そないなこと…」

「おまえは、その何かをしに華織さんの家に行った。原因は…たぶん紗由ちゃん」

 やはり黙ったままの翔太。


「鈴ちゃんは、何で原因が紗由ちゃんだと思うの?」

「あのときね、翔太は珍しいレゴを、いろいろと持って行ったの。特に、紗由ちゃんの大好きな黄色のをたくさん。

 翌日、周子さんに翔太を送っていただいたときに、紗由ちゃんに聞いたのよ。レゴ楽しかったかって。紗由ちゃん、ポカンとしてたわ。それで遊んでないって言ってた。

 じゃあ、何して遊んだのかって聞いたら、かあさまとお昼寝したとか、皆忙しいからひとりでお絵描きしたとか。…変でしょ?」

「だから、帰りがけに私に聞いたのね。翔太が華織さんちで何してたかって」

「ええ。でも、玲ちゃんは、当日も翌日も、西園寺さんや賢児さんと仕事の打ち合わせをしていて、食事時間以外は、あまり翔太と一緒にいなかったって言ったわよね。お風呂も寝るときも、翔太は龍くんと一緒だったって」


「確かに、皆、変だったの。賢児さまと私だけ蚊帳の外って言うか。でも、翔太に聞いても、何でもないって言うだけだし…」

「紗由ちゃんたちと遊ぶために伺ったのに、紗由ちゃんは周子さんと一緒で、翔太とはほとんど遊んでいない。

 玲ちゃんと賢児さんと西園寺さんは仕事。他の皆、つまり華織さん、龍くん、翔太も、やはり忙しく何かをしていた。…そして、この3人の共通点は何かしら?」


 しばらく考えた後、玲香が言った。「…特殊な能力?」

「私にも、それしか思いつかなかったわ。3人が協力して何かをしていたんだとしかね。そのために翔太が呼ばれたのなら、紗由ちゃんと遊んでないのも理解できるわ。

 そして、その“何か”が、紗由ちゃんのためなら、なおさら理解できる。私に隠し事をしてまで、何かをするなんて、紗由ちゃんのためぐらいだわ」少し声がきつくなる鈴音。

「今、ちょっとシュートメ目線入った感じ…」

 小声で囁く玲香を鈴音がキッと睨む。


「あの後、周子さんたち、毎週こっちにいらしてるでしょ。龍くん、週末にバイオリン習ってるって聞いたわ。一ヵ月も休ませて、何度もこっちに来るなんて、何か特別なことがあるのかしらと思ったのよ。東京では、できないことがね。

 そして、その何かに、さっきの人も関わってるんじゃないかしら。そういえば、おまえ、関根さんのお弟子の男性のこと、気にしてたわよね。…ええと、剣さんて言ったかしら」

「お弟子の人…あ、あの時部屋に入ってきたヒゲの人ね。…そうよ、あの時の声だわ! 印象が全然違うから気づかなかった。ねえ翔太、おまえ何か知ってるの?」

 玲香が翔太に確認するが、翔太はずっと下を向いたままだ。

「何でその、剣さんという人を気にするの?」

 重なる問いにも答えずに、くるりと背中を向ける翔太の頭を撫でながら、玲香が言った。

「翔太。おかんに隠し事なんて、百年早いわよ。おまえは、おかんの宝物なんだから、おかんは一生懸命おまえのこと考えてるんだから、隠したって、わかっちゃうのよ」

「…もうちょっとだけ、待ってや。頼むから」翔太はか細い声でそう言うと、ベッドの上に突っ伏した。


「玲ちゃん、行きましょう」

「で、でも…」

「いいのよ。もうちょっと待つわ」

 鈴音と玲香は部屋を出た。


「そうだ、玲ちゃん。美紗緒さんのところにご挨拶に行かなくていいの?」

「あ。そうそう。行かなくちゃ。…剣さんのことも聞いてみるわ」

「ごめんね。翔太のせいで余計な心配かけちゃって」

「なーに言ってるのよ。翔太は私にとっても宝物なのよ!」軽く鈴音の背中を叩く玲香。

「もし、紗由ちゃんに何かあったんだとしたら、周子さんもご心配でしょうね…」

「周子さん…」はっとしたように鈴音を見る玲香。

「どうしたの?」

「あ…ううん、じゃあ、美紗緒ちゃんのところに行ってくるね」

 玲香はニッコリ笑って、美紗緒たちの部屋へと向かった。


“もしかして、周子さんに何か関係が…?”

 翔太の行方がわからなくなったとき、周子がうろたえて、自分のせいだと言っていたのを玲香は思い出した。

“確かに龍くんと翔太は会う約束をしていた。でも、あの時点で、そんなふうに責任を感じるほどのことだろうか?”

 そして、もうひとつ玲香の胸には疑問が宿っていた。

“鈴ちゃんが言ってたように、龍くんのバイオリンの件もある。そして何より、選挙の準備期間に入ったというのに、第二秘書の彼女が週末を子供の遊びに付き合ってつぶすなんて何か変だ。賢児さまも不思議に思ってたし…”

 次から次へと湧いてくる疑問。だが、そのうちの多少は、美紗緒と関根に確認すれば、はっきりするのかもしれないと玲香は感じた。

 二人の部屋の前に立った玲香は、静かに外扉をノックした。


  *  *  *


「玲ちゃん、本当にありがとうね。いろいろ迷惑かけたのに」

「その節は申し訳ありませんでした」頭を深く下げる関根。

「あ、いえ…その件はもう。私もあの時は感情的になってしまって、すみませんでした。

 ところでお二人はいつ日本をお発ちになるんですか? どちらのほうへ」

「ビザが下りるまで一週間くらいかかるそうだから、出発は早くて来週の半ばくらいかしら。セドナに行く予定よ」

「セドナ…メッカですものね、ヒーリングスポットの」

 セドナはアメリカ屈指のパワースポットとして知られる場所で、ラテン語で“渦巻き”を意味するボルテックスと呼ばれるエネルギースポットが点在している。


「初心に戻って、やり直そうと思っています」

「そうですか…ところで、他のお弟子さんたちもご一緒なんですか? あの騒ぎの時に部屋に入って来られた男性…ええと、剣さんとおっしゃいましたっけ?」

「剣先生とは、今、連絡が取れないのよ…」

「私の知人のところへ行くと言って出たきりなんです。心配は心配ですが、彼とはそろそろ契約期間が切れる頃なので、無理に探し出しても仕方ないかという気もしていまして」

「契約というのは、いつまでだったんですか?」

「あと2週間ぐらいかしら。行くところがあるから、それ以上はいられないという話で。元々、ヒーリングアートの作家さんだし、そちらのお仕事に戻られるんじゃないかしら」


「当時私が不調だったこともあって、美紗緒と木下君だけでは、とてもやっていけなかったので、一年でいいからとお願いしたんですよ」

「じゃあ、もう戻って来ないままかもしれないですね。あの、木下さんとおっしゃるのは?」

「私のマネジメントもやっていてくれた女性です。今回は…彼女は同行しません」

 下を向く禊屋の横で美紗緒も目を伏せた。聞いてはいけないことなのかと思った玲香は、急いで話題を変える。


「あちらには、どれくらいいらっしゃるんですか?」

「しばらく向こうで暮らそうかと思っています」

「その間、沙織さんのヒーリングは…」美紗緒のほうを見る玲香。

「休止させていただくことにしたの。昼間、他の先生をご紹介したところよ。

 …あ、そうだわ。向こうで活動する際にHP作ろうと思ってるの。今もあるけど、バイトの事務員さんがやってた素人臭いものでね、もう少し何とかしたいの。玲ちゃんの会社ってIT系でしょ? 料金はきちんとお支払いするから、協力していただけないかしら」

「あ…そうね…うちの会社はHP製作はやってないんだけど、周囲には、そういう仕事をしている人が大勢いるから、そちらのご要望にあわせてご紹介するわ」

「ありがとう、玲ちゃん。じゃあ、その件は向こうへ行ってから連絡させていただくわ」

「すみません。お手数おかけします」頭を下げる関根。


「ええと…明日以降、ご出発まではどちらかに行かれるんですか?」

「東京にいる息子に会ってから出発しようと思いまして」

「息子さんがいらっしゃるんですか」

「ええ。15年前に別れたきりで、会ってくれるかどうかわかりませんが…」

「そうですか。お二人とも、どうか、お気をつけて」

「ありがとう。玲ちゃんも元気でね。行く前に会えてよかったわ」

 玲香は二人に微笑むと、よかったら明日この辺を案内するからと言って部屋を出た。


“さっきの男の人、剣さん…? 二人に会いに来た? それなら、なぜ逃げるのかしら。それに、2人が泊まることになったのは急なことよね。翔太が誘ったと言ってたし。二人をマークしていたの? まさかね。何のために?”


 考えがまとまらぬまま、玲香は自分の部屋に戻り、ノートパソコンを開くと、さっき美紗緒が言っていた禊屋のHPを訪れてみた。

“うわあ。確かに素人臭いわ。初パソコンのおじいちゃん作、家族のアルバムみたい”

 ヒーラー一同が笑顔の集合写真がトップページを飾っていた。剣が禊屋の右隣にいる。

“なんか、髭がなければ涼一さんぽい感じ。メガネが似てるのかしら。でも、何で翔太は剣さんを気にするのかしら…?”

 剣の隣には美紗緒の姿もあった。そして、禊屋の左隣にも女性の姿があった。

“この人が木下さんね。優しそうな感じのきれいな人”


 次のページに進むと、各ヒーラーのプロフィールが書かれていた。禊屋以外の3人は、そんなに長くヒーラーをやっているわけでもないようだった。

“一番長い木下さんで3年か…。でも、舞喜ちゃんの話だとセミナーも盛況だったみたいだし、木下さんて人、マネジメント力ありそう。…って、そんなことは今関係ないわね”

 玲香は、改善点のメモ等を書きつけながら、他のページもザッピングし終えると、いったんパソコンを閉じた。


  *  *  *


「あら、木下さん。木下さんじゃありませんか」

 雑貨店の前で掃き掃除をしていた沙織が、道の向かい側のポストのところにいた木下に気づいて声をかけた。会釈をしながら、道路を渡ってくる木下。

「こんにちは。ご無沙汰してます。お宅、こちらだったんですね」

「ええ。そう言えば木下さんとは、旅館のほうでしかお会いしてませんでしたね。私、ここの家に下宿させてもらってるんです」

「そうだったんですか」木下は、さも初めて知ったというふうに、店を見回した。

「昨日は、わざわざありがとうございました」

「え?」

「次の先生をご紹介いただいて。明日、さっそくお邪魔しようと思ってるんです」

「あ、ああ…そうですか」

「近々東京へ戻るので、そちらの先生を紹介していただいて助かりました」

「ええ。やっぱりクライアントさんのご都合をできるだけ、と思いまして」


「来週発たれるんだと、いろいろとお忙しいですよね」

「ええ、まあ」

「いつ戻られるかわからないっていうお話でしたけど、どうか、お体に気をつけて行ってらして下さいね。またお戻りになったら、よろしくお願いします」

「あ…はい。でもきっと、その頃には沙織さん、すっかりよくなられてます。もう、私たちのセッションは必要なくなってますよ」

「ありがとうございます」

「もう発作も治まっていましたよね。このまま養生なさって下さいね」

「はい。木下さんも、アメリカへ行かれてからもお元気で」

「ありがとう。…それじゃあ、沙織さんもお気をつけて。失礼します」

 木下は深々と頭を下げると、その場を立ち去った。


“アメリカ…”

 禊屋と美紗緒が姿を消してから、木下は美紗緒のクライアントの元を訪れていた。

 几帳面で律儀な美紗緒のこと、何らかの挨拶なり処置なりをクライアントにしていると考えたからだ。その時に、今後の予定を話していることもあるかもしれないと思ったのだ。

 これまで訪問したクライアントからは、取り立てて情報らしいことを得られなかったが、最後の一人で思いもかけぬことを聞けた。

“来週の出発なのね…”


 駅前で喫茶店に入った木下は、禊屋が置いて行った手紙を見つめた。

「加えていくのではなく、妨げになるものを排除することが必要だったんだ。そして、どのマイナスを取り除くべきなのかを、やっと理解できた。だから私は、それを排除したい。今の思いはそれだけだ」

“排除……彼は何を排除するつもりなのか。私?

 まあ、そんなのはいつものことだ。これで3回目。でも、ほとぼりがさめると彼は何事もなかったように、私の元へ戻ってきていた。だから違うはず。私ではないはず。そうよ。私であってはならない。

 彼は、龍の玉を手に入れて、力を取り戻すべき。そして私とヒーリングを続ける。二人で続けるの。

 私が彼に龍の玉を手に入れてあげれば、彼は私のところに戻ってくる。彼に必要なものを与えられるのは私だけ。そうよ。私だけのはず。羽童より上の力を持つものを、私は手に入れてみせるわ…”


  *  *  *


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