第二十三話 海戦
北太平洋アリューシャン列島沖 アメリカ海軍駆逐艦
『本艦6時の方向より、所属不明の飛翔体が急速接近中! 数1!』
「ちっ、やはり来たか……!」
部下からの無線に舌打ちする。
情報通りといえば聞こえは良い。
だが、良い知らせとは言い難い。
数時間前にアメリカ国防省から命令が下った。
ロンドンを廃墟とし、ニューヨークで大暴れしたという紫髪の少女、通称、ナイトメア。
彼女の撃墜命令だ。
彼女がアリューシャン列島に向かっているという情報も、併せて入っていた。
「恐らくそいつは、あの“ナイトメア”だ。速度は?」
『速度、マッハ3。本艦到達まで、あと60秒』
近いな。
レーダーに映らぬよう低空飛行してきたのか……小賢しい。
そして何より、速い。
マッハ3といえば、対艦ミサイル並の速度だ。
果たして迎撃が間に合うか。
それに、そもそも迎撃できるのか。
たったひとりで、ロンドンごとイギリス陸軍を壊滅させた化け物だ。
一筋縄では行くまい。
どちらにせよやるしかないが。
俺は無線を取り、指示を飛ばす。
「総員、戦闘用意。取舵一杯。艦対空ミサイル、準備でき次第発射しろ。主砲、機関砲、左舷対空戦闘用意」
「取舵一杯よーそろ」
『了解。シースパロー、攻撃開始!』
『主砲了解。目標捕捉、撃ち方用意……』
『サー。ファランクス、起動準備よし』
各個から無線が返ってくる。
皆、問題は無いようだ。
「シースパロー、発射確認」
副長が左舷を見ながら言う。
見ると、2発の対空ミサイルが艦後方から発射されたところだった。
シースパローという名の双矢は、背後に白煙を曳きながら水平線へと向かう。
『シースパロー、命中25秒前』
「うむ」
戦闘指揮所からの報告に、無表情に頷く。
そんな俺に、若い水兵が不安を隠しきれていない様子で話しかけてきた。
「か、艦長。シースパローを2発も撃ち込むんです、倒せますよね?」
「…………」
すぐには返答出来ず、口をつぐむ。
俺の見立てでは、“撃墜不可能”だ。
通称、ナイトメア。
少女の姿をしていながら、奇怪にも彼女は生身で空を飛ぶ。
さらに、戦闘機のミサイルが効かず、戦闘ヘリ部隊の総攻撃に耐え、戦車隊の一斉射でも倒せないような化け物らしい。
シースパロー2発程度では、傷ひとつつけられないだろう。
「……最悪を想定しておけ。だが、決して諦めるな。奴は必ず倒せる」
「……イエス、サー」
若い水兵は、あまり納得していないような雰囲気で持ち場に戻った。
曖昧な返答であった事は否定できない。
もしこれがナイトメアではなく、ロシアや中国、北朝鮮のミサイルだったなら、彼がうんざりするほど自信ありげな言葉の数々をかけてやっただろう。
『命中5秒前!』
「頼む、効いてくれ……」
だが、相手が特殊すぎる。
今回ばかりは、俺も祈るしかない。
『……3……2……1……マークインターセプト!』
「命中か!?」
副長が叫んだ。
艦橋からでは、ミサイルの命中確認など行えない。
肉眼では見えない距離だからだ。
俺は黙って、レーダー担当員からの報告を待つ。
『シースパロー命中! ……っな!?』
「どうした!」
『ナイトメア、依然として飛行中! 効果無し!』
「ば、馬鹿な!?」
副長が声を荒げる。
やはり無理か。
だが、落胆している暇はない。
個艦の防空システムは、3段階からなる。
第1段階は、対空ミサイルによる迎撃。
だが、これは今しがた破られた。
ならば、次は第2段階。
「主砲、撃ち方用意」
艦砲による対空射撃だ。
「撃て!」
前方甲板に設置された、軍艦色の単装砲。
左舷を向いたまま待機していたそれが、唐突に火を吹く。
『ナイトメア、目視!』
ウイングからの報告を受け、双眼鏡を覗く。
遥か遠くに、海面スレスレを飛ぶ人影が見えた。
巻き上がる水飛沫から、凄まじい速度で此方に向かって来ているのが分かる。
すると。
『砲弾命中!』
人影の周囲に、黒い花が咲く。
1秒間に2発のペースで速射される対空砲弾が、信管を作動させ次々と炸裂しているのだ。
だが。
『さらに命中、しかし効果は認めず!』
やはり、効かない。
この化け物めが。
「構うな、砲身が焼き付くまで撃ち続けろ! 取り舵一杯、奴に艦首を向けろ! ファランクス、撃ち方始め!」
やることは決まっている。
個艦の防空システムの第3段階、機関砲射と回避行動だ。
『ファランクス起動!』
艦橋の目の前に配置されたガトリング砲が、機械音を発しながら狙いを定める。
そして、唸り声を上げながら大量の鉛玉を吐き出し始めた。
毎分3000発という連射速度を誇るこの砲は、個艦を守る最後の盾だ。
「取舵、サー」
艦は、主砲弾と機関砲弾を撃ち込み続けながら、大きく左に舵を切る。
そして、ナイトメアを艦の正面に捉えた。
双眼鏡を覗く。
此方を見つめながら向かってくる、紫髪の少女が見えた。
すれ違うか、正面衝突か。
どちらにせよ、我が艦に残された時間は10秒も無いだろう。
「目標正面! 両舷機銃座、射撃始め!」
『左舷機銃座、撃ちます!』
『右舷機銃座、同じく』
艦砲が、ガトリング砲が、機銃が、ありったけの弾丸を射出し続ける。
ナイトメアへと向かういくつもの火筋が、海面を埋め尽くす。
しかし、その全てを身に浴びながらも、奴は怯みすらしない。
「目標、未だ健在! 来ます!」
この化け物が。
さっさと墜ちろ。
墜ちろ、墜ちろ。
『し、衝撃に備え!』
紫髪の少女が、艦の目の前まで迫る。
無感情にこちらを睨む、紫の双瞳。
貴様。
なぜ……死なない。
「墜ちろおおぉぉ!!」
瞬間、正面からの閃光と爆風。
顔を焼くような熱さと、身体中に突き刺さる鋭い痛み。
気が付くと、俺は艦橋の床にうつ伏せで倒れていた。
死んでたまるか。
軋む身体を無理矢理起こしながら、口を開く。
「……状況、報告」
だが、返事はない。
顔を上げ、辺りを見回す。
皆、倒れていた。
動けるのは俺だけのようだ。
艦橋全面の窓ガラスが割れたために、冷たい外気が通り抜けている。
電源がやられたのか、電気系統も全てダウンしている。
「……ぐ」
痛みをこらえてどうにか立ち上がり、前方の艦長席にもたれかかる。
そこから見える甲板の様子は、本当に酷い有り様だった。
主砲とファランクスは大きく抉られ、原形を留めていない。
ミサイル発射口は無事に見えるが、火器管制がやられている現状、発射など出来ないだろう。
こんなもの、もはや駆逐艦とは言えない。
北の大海に浮かぶ、ただの廃墟だ。
「シット……ナイトメアめ……!」
人智を超えた力。
まさに、悪夢か。
「……私を、呼んだ?」
背後から響いた、冷たい声。
俺は反射的に腰の拳銃を引き抜き、振り向きざまにそれを構える。
「ナイトメア……!?」
無表情に無感情に、流暢な英語を話す、紫髪紫眼の少女がそこに居た。
「何処で私の名前を知ったの? 人間に名乗った覚えは無いのだけど」
身長がそれほど高いという訳でもなく、体つきも華奢だ。
この程度の少女ひとりがロンドン、ニューヨーク、そして我が艦を……?
あり得ない。
やはり人間ではないのか。
「安心して。あなたは殺さない。私は、このフネを無力化する命令しか受けていない」
「黙れ! よくも我が艦を、部下たちをやってくれたな!?」
激昂し、拳銃を発砲する。
放たれた弾丸は、その整った顔面に風穴を開け……。
「……馬鹿な」
ることはなく。
額の数インチ手前で、砕け散った。
「運悪く死んでいない限り、じきにほかの人間も目を覚ますから」
そう言うが早いか、彼女は窓に向かって歩き出す。
「っく!」
少女の背中に、拳銃の残弾8発を速射する。
だが、やはり銃弾は全て空中で砕け散った。
窓際まで歩いた彼女は、それを気に留めることもなく。
「……あなたは、アヤクラ様に感謝すべき」
それだけ言って、窓から外へ飛び立った。
「……許さないからな、ナイトメア……!」
俺は、動くものの無い艦橋でひとり、呟いた。
* * *
アメリカのフネから出、寒空へと舞い上がる。
任務は達成した。
通りすがりにアメリカ軍艦を無力化しろとは、なかなか急な命令だったが、簡単な任務でもあった。
このフネからの弾丸の嵐は凄まじいものだったが、妖力壁を破るには到底足りなかった。
人間は、物理兵器では分が悪いのだとまだ気付かないのだろうか。
まあいい。
ともかく、早く東京に向かわなければ。
「綾蔵様、軍艦を無力化しました。これより東京へ向かいます」
心通信を送り、返事を待たずに振り返る。
南西の方角を見据え、飛翔しようとして。
「成る程。首謀者の名はアヤクラ、ですか」
進路を塞がれていた。
邪魔者の名は。
「……レイ……!?」
照月零。
ニューヨークで私の任務を失敗させた、憎き妖怪。
「東から来たのに西に去るなんておかしいと思っていましたが、そういうことでしたか。よくも私を謀りましたね、ミラージュ・ナイトメア。この罪は重くつきますよ」
感付かれたか。
だが、ほぼ不必要だった上に付け焼き刃の嘘だ。
大した影響は無い。
「……謀ったのは、あなた。追撃しないと言ったのに……嘘つき」
「“追撃しない”とは言いましたが、“追跡しない”とは言っていません。言いがかりはよして欲しいものですね」
零は悪びれる様子もなくいい放つ。
卑怯な。
それでも正義の具現か。
怒りがこみ上げてくるが、どうにか静める。
今は取り合っている暇も無ければ、やりあう時間も無い。
「……邪魔、しないで!」
叫びつつ、剣鬼の群れを召喚する。
「かかれ!」
続けざまに突撃命令を下す。
剣鬼達は咆哮し、零を目掛けて飛翔する。
私は、彼らに紛れるように飛んだ。
零は、向かってくる剣鬼に光線を浴びせる。
が、そのあまりの数に気をとられ、紛れ込んだ私には気付かなかった。
「しまった……!」
零の後悔の言葉が聞こえたが、それはあっという間に背後へ遠ざかる。
海面スレスレまで高度を下げた私は、飛翔速度を限界まで上げた。
「……!」
妖力を感じ、僅かに身を傾ける。
瞬間、海面に次々と突き刺さる白金の光線。
間一髪だ。
回避のため左右に蛇行しつつ、再び心通信を開く。
「……申し訳ありません、綾蔵様。邪魔者を引き連れて帰ることになりました」
綾蔵様はそれを待っていたのか、返事は早かった。
『状況は把握している。構わん、そのまま帰投しろ。決して墜とされるな』
東京にさえ着けば、綾蔵様に会えれば。
零は倒せる。
綾蔵様が、助けてくれる。
「はい、綾蔵様」
つくづく、良い主に恵まれたものだ。
「必ず、帰ります」
私はさらに疾く、空を駆ける。
目指すは東京、無明天蓋。




