第63話 知らん!!
地上へ戻ると、見覚えのある黒い穴が宙に浮かんでいた。
夕凪の魔法と同じものだ。
このワープゲートがここにあるという事は……。
「成功したのか」
「はい、何とか。療養先が、私たちの現場からそれ程離れていなくて助かりました」
隣を走る文月がこくりと頷く。
文月の魔法『叡智の書』は、自身が見た魔法を記録し、必要な時に再生することができる魔法だ。
一見、万能な最強能力に感じるが、実はそういうわけでもない。
魔力の消費量はオリジナルの倍以上、逆に効力は半減以下。
そして魔法にも格というものがあるらしく、夕凪の『天涯門』や朝比奈の『生命の大樹』といった強力な効果を持つものは、発動が安定しない。
器用貧乏、かつ一か八か。
下手をすると、そんな微妙な性能になりかねない力なのだ。
「よく成功させたな、文月」
「えへへ……」
文月は顔を赤らめる。
だが、目の前のゲートは輪郭が明滅し、萎み始めていた。
「あっ、まずいです! もうあまり保ちません!」
「分かった。とにかく行こう」
詳しい話は向こうで聞けばいい。
俺と文月は、消えかけた門へ続けて飛び込んだ。
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足が床についた瞬間、むせ返るような魔力を感じた。
「……酷い有様だな」
辺りを見回して、俺は小さく呟いた。
壁も床も抉れ、氷塊と瓦礫があちこちに散らばっている。
部屋の隅では、麗華とライラが手足を拘束されたまま倒れていた。
雪禰と鉄華に至っては傷だらけで床に転がっている。
そして中央付近。
黄金の魔力を放ちながらこちらを睨みつけるエリオと、その脇に立つ一体の魔物。
体長は二メートルほどだろうか。
黒い甲殻に覆われた異形の身体。
歪に肥大した手足に、鋭い爪と棘。
右目の周囲にだけ、人間の瞳と白い肌が残っている。
身体から漏れ出す魔力も尋常じゃない。
魔物と呼ぶにはあまりに不安定で、人間と呼ぶにはあまりに禍々しい。
……あれが、セレネか。
「状況はだいたい理解した。最悪の事態が起こっちまったってことだな」
俺の呟きに、エリオが首を傾げた。
「魔法を発動して何をするかと思えば……助っ人を呼んだだけか?」
俺を上から下まで眺め、ハッと鼻で笑う。
「しかも、あの地味なおっさんじゃないか。くだらないな」
なんだこらクソガキ。ぶっ飛ばすぞ。
……いや落ち着け、俺。今そこはいい。
そんな事に目くじらを立てている場合ではない。
「いいかお前ら! この第2位が!」
エリオが、地べたに這いつくばる月詠を指さした。
その体はセレネの触手によって拘束されている。
「この世で一番強いって言われてる奴がやられたんだよ! もうお前らには、1位の情報を吐く以外の選択肢はねえんだ!!」
エリオが叫んだと同時、鉄華がチラッと俺を見る。
次いで文月も。
それから麗華もライラも、月詠まで全員。
「なんだ……お前ら、何を見てる……?」
エリオも気づいたらしい。
皆の視線を追い、その先にいる俺を見た。
「……は?」
顔から、さっきまでの勢いが消える。
「お、お前……なのか……?」
できれば否定したい。
というか今でも納得してるわけじゃない。
だが、ここで誤魔化しても話がややこしくなるだけだ。
俺は大きくため息をついてから頷いた。
「公的に認められてるわけじゃないし、俺としては不本意なんだが」
麗華、ライラ、月詠を見る。
「そこの三人が言うには、そうらしいな」
「お前だったのか……!」
エリオの唇がぷるぷると震える。
ずっと探し続けてきた相手が、想像よりずっと冴えないおっさんだったから嘆いている――って感じでもないな。
目に明らかな憎悪が宿ってやがる。
「……なんでだ」
「あ?」
「なんで父さんと母さんを殺した……?」
今度は俺が固まった。
エリオはお構いなしに怒声を放つ。
「なんで……なんでオレたち家族じゃなきゃいけなかったんだよ!!」
絶叫が部屋に反響し、やがて消えた。
エリオは肩を上下させながら、こちらを睨みつけている。
目は真っ赤で、握り締めた拳からは血が滲んでいた。
こいつはきっと、七年間ずっとこの瞬間を待っていたんだろう。
両親を奪った理由を、妹をこんな姿にした理由を。
その答えを、世界一位なら知っていると信じて。
「答えろよ……」
掠れた声が落ちる。
「何でなんだよぉおおおおおおっ!!」
俺はしばらく、エリオを見つめていた。
そして――。
「――知らん!!!!」
「っ……!?」
エリオが口を開けたまま固まる。
「よーく聞け」
俺は腰に手を当てて続ける。
「お前らに何があったのかは、さっき科学者の爺さんから大体聞いた」
「な……博士に何を……っ」
「両親が死んだことも、妹が事故でそうなったこともな。その上で言うぞ」
一度区切る。
「俺にはまったく心当たりがない」
「は……!? そ、そんなはず……」
「最後まで聞け。確かに俺はダンジョン黎明期から攻略部隊にいた。歴だけなら結構なベテランだ。けどな」
自分の胸をビッと親指で指す。
「俺は現場一筋だ。研究なんかに携わったことは一度もない。魔力工学なんて専門外もいいところだし、研究職に知り合いすらいない」
「っ……!?」
「それにな。事故が起きたのは七年前なんだろ?」
床に転がっている鉄華へ顎を向けた。
「その頃、俺は二十八だ。ちょうどそこの鉄華と一年近く一緒にいた時期だな。少なくとも、お前らの親御さんの研究所で事故を起こす暇はなかったよ」
「う、嘘だ……」
エリオは、何も言えなくなった。
俺は頭を掻く。
気の毒だとは思うが、知らないものはしょうがない。
「月詠、ライラ、麗華の三人が1位だって言ってんのは俺だけど、お前の両親が言い残した1位は俺じゃない」
俯いて肩を震わせるエリオを見つめ、俺ははっきりと言い切った。
「人違いだ。悪いけど他を当たってくれ」
「ひ、人違い……だと……?」
エリオが呆然と呟いた。
その可能性は、考えたことすらなかったのか。
どうしたものかとポリポリ頬を掻いていると、後ろから麗華の声が聞こえた。
「で、ですわよね……」
「絶対、仁くん何も知らないと思ったよ……」
ライラまで妙に納得した声を出す。
「も、もちろん……私は存じておりました……」
月詠はセレネに捕まった状態のまま、さも当然のように頷いた。
「じ、事情はよく分かんねっすけど、アニキが悪い事するはずないっすよ……!」
床に転がった鉄華は何とか顔を上げる。
「つまり……私たちは、とんでもない勘違いに巻き込まれたということですか……?」
文月が俺とエリオを交互に見る。
まあ、今んとこはそういう結論になっちまうな。
「な……」
エリオの顔が引きつった。
四方八方から否定されて、さすがに揺らいだらしい。
「違う……」
それでも、首を振る。
「違う……そんなはずない……! 『太陽炉心』!!」
黄金色の魔力がエリオの身体から噴き上がった。
迷いを力ずくで振り払うように。
「セレネ! そいつはもうボロボロだ! 捨てとけ!」
「ァ……アア……!」
異形が応え、月詠を床に滑らせる。
月詠は固い床に体を打ち付けながら、麗華たちの前まで転がった。
「文月、皆を頼む」
「は、はいっ」
文月は俺の背後を回って、拘束されている麗華たちの方へ駆けた。
しかし、その進路を遮るように、煌々と光る魔力弾がさく裂する。
「きゃっ……」
「勝手な事をするな!」
俺は双子に視線を向ける。
セレネは黒い甲殻の隙間から魔力を噴き出し、身を屈めていた。
「やる気なのか。人違いだと分かっても」
「――うるさい!!」
エリオが叫ぶ。
「お前らの言う事なんて、信じるわけないだろうが! とにかく知ってる事を全部吐かせてやる!!」
話を聞く気はなし、と。
まあ、九歳の頃から七年間、それだけを信じて生きてきたんだ。
今さら「間違ってました」で片づけられるほど、簡単な話でもないんだろう。
「エリオ」
「あぁ!?」
「お前たちが辛かったのは、よく分かるよ」
両親を失った。
妹は訳の分からない病気に侵され、頼った医者にも次々と断られた。
九歳のガキが、マッドサイエンティストに魂を売り、自らの命を賭して妹を背負って生きてきた。
そりゃあ、きつかっただろう。
「……周りの大人に助けてもらえなかったのも、不幸だったな」
「何が言いたい……!」
「だからさ」
俺は頭を掻いてから、エリオを見る。
「両親以外で、お前たちが初めて出会う真っ当な大人に、俺がなってやる」
「……は?」
「まず、お前に教えることはこれだな。悪いことをしたら『ごめんなさい』だ」
「ふ、ふざけるな……!」
「いや、マジな話だ」
人差し指を立てて俺が言うと、エリオの顔が一気に険しくなる。
「人を攫っちゃいけません。薬を盛っちゃいけません。監禁をしちゃいけません。人を殴るなんて以ての外です」
「っ……!」
「あと、そもそも助けて欲しいなら、それ相応の礼儀ってもんが――」
「馬鹿にしやがってぇぇぇッ!!」
「あーあー、すぐ怒る」
エリオの胸のリアクターから魔力が爆発する。
それに呼応するように、セレネからも濁った魔力が膨れ上がった。
「やるぞ、セレネ!」
「ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!!」
二人が同時に地を蹴る。
エリオは黄金の閃光となって正面から。
セレネは床を砕きながら、その巨体を弾丸みたいに加速させる。
やれやれ。
言って聞かないなら仕方ない。
「身体で覚えてもらうか。……ただし、俺は絶滅危惧種だぞ」
足元から影が広がった。
漆黒が沸騰するように波打ち、幾筋もの影が俺の脚を、胴を、腕を這い上がっていく。
「『影操術』――」
迫る二人を見据え、その先を詠唱する。
「――『闇影武装』」
黒光りする闇が、俺の全身を覆った。




