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第62話 無限の可能性を秘める魔法

 本話の前半は『鳳城(ほうじょう) 麗華(れいか)』視点で進行します。

 後半から『御影(みかげ) (じん)』視点に移ります。





「なっ……!?」


 エリオが大きく体勢を崩す。

 麗華もライラも、そして月詠さえも音のした方へ視線を向けた。


 先ほど月詠が砕いた扉の向こう。

 そこに二人の人影が立っている。


「アタシの姉弟子に、何やってんだコラァ!」


 世界ランキング第12位――鷹峰 鉄華。

 

「まさか私たちが後になるなんて……すみません、少々遅くなりました」


 世界ランキング第27位――文月 知世。

 その二人を見て、エリオは忌々しそうに舌打ちをした。

 

「チッ……ザコがぞろぞろと」

「アァン……!? お仕置きが必要みてーだなぁ、このクソガキが!」


 鉄華が今にも飛びかからんばかりに身を乗り出す。


「鷹峰さん、落ち着いてください!」


 すかさず文月が制した。

 麗華も胸中で同意する。


(挑発に乗るんじゃありませんわよ、鷹峰さん……!)


 異形となったセレネと月詠が、おおよそ同程度の実力だと仮定するならば。

 エリオは鉄華と文月の二人で倒す必要がある。

 しかし今のエリオは、どういう手段を用いてか、魔法の出力が極限まで引き上げられている。

 真正面から戦えば、世界ランカーの二人と言えど敵わない。

 まして雪禰はすでに傷を負っている。


 状況は、決して好転していない。


「文月、ちょっと……」


 鉄華は文月へ顔を寄せ、何事かを耳打ちした。


「本気ですか? 他にもやりようがあるのでは……」


 文月の表情が曇る。

 だが鉄華は逆に、口角を上げた。


「それが一番、確実っすよ」

「……そうですね」


 数秒の逡巡の末、文月は小さく頷いた。


「何をこそこそと……チッ。セレネ、そいつを押さえておけ」

「ァ……アア……」

「っ……」


 巨大な腕が月詠へ伸び、胴ごと掴み上げた。

 月詠は抵抗しようとするが、強く締めあげられうめき声を上げる。

 エリオはそれを確認すると、鉄華たちへ向き直った。


「もう、あんまり時間がねーんだ」


 黄金色の魔力がゴウッと噴き出し、全身を覆う。


「三秒で始末してやるよ」


 床が爆ぜた。

 超高速で迫るエリオを、真正面から迎え撃ったのは鉄華だった。


「上等だコラァ!」


 拳と拳が激突し、空気が弾ける。


 鉄華は踏み止まり、そのまま左を振るう。

 エリオは首を傾けてかわし、脇腹へ蹴りを返した。

 鉄華は腕で受けるものの、衝撃を殺しきれず数歩後退する。


「う……!」


 そこへエリオが追いつく。

 拳、肘、膝、足。

 高速の連撃を、鉄華は辛うじて捌いていった。

 だが、押されているのは明らかだ。


「ああっ……! なんで知世ちゃんは参戦しないのさっ……!」


 ライラが焦れたように叫ぶ。

 麗華も同じ疑問を抱いていた。


 文月は鉄華の背後に立ったまま、戦闘へ加わろうとしない。

 両手を胸元へ構え、ただ傍観している。


(そして、鷹峰さんも妙ですわ……)


 普段の彼女なら、多少の傷などお構いなしに殴り合う。

 相打ち上等。被弾以上の一撃を返すのが、彼女の得意とする戦い方だったはず。


 だが今は違う。

 急所を守り、受け流し、必要以上に踏み込まない。


「これじゃ駄目だよ……!」


 ライラが唇を噛む。


「勝ち筋があるなら、一撃に賭けるしかないのに……。あれじゃ、ただ負けるのを遅らせてるだけだ!」


(……そうですわね。きっと、それが目的なのですわ)


 内心で頷いて、麗華は鉄華を見つめる。

 彼女がそんな戦い方を選ぶ理由があるとすれば、それは間違いなく『時間稼ぎ』だろう。


 ――ドスッ!


「がっ……!」


 エリオの拳が鉄華の腹へ深々とめり込んだ。

 身体がくの字に折れ、そのまま床へ崩れ落ちる。


「鉄華ちゃん……!」

「まず一人」


 エリオは一瞥だけをくれ、その奥にいる文月へ歩き出した。

 その足首を、ガシッと鉄華の手が掴んだ。


「……あ?」

「へ、へへ……」


 倒れ伏したまま、鉄華が笑う。


「三十秒は……かかってるんじゃねーの?」

「何を嬉しそうに――っ!?」


 その瞬間、膨大な魔力が噴き上がった。

 エリオも麗華も、同時に魔力の方向――文月を見る。


 彼女の手元に、一冊の本が浮かんでいた。


 虹色の光を纏った巨大な書物。

 誰も触れていないというのに、ページが凄まじい速度で捲られていく。


「何の魔法だ……!?」


 エリオが焦ったように呟く。

 文月は本に手を伸ばし、人差し指で触れる。

 高速で捲られていたページがぴたりと止まった。

 一枚が本から切り離され、淡い光を帯びながら宙へ浮かぶ。


「『叡智の書(アカシック・レコード)』――」


 麗華も、この魔法について詳しく知っているわけではない。

 ただ、聞いたことはあった。


 発動に時間がかかる。

 出力も精度も決して高くない。

 高難度のダンジョンで扱うには、あまりに不安定。

 けれど、それと引き換えに、彼女の魔法は無限の可能性を秘めている。


「――『天涯門(ホライゾン・ゲート)』」


 文月の身体は、宙に浮かんだ闇へ消えた。




------




「……ふぅ、お終いだな」


 最後の一体から影の槍を引き抜くと、体長三メートル超の機械人形――メカオーガは膝から崩れ落ち、そのまま派手な音を立てて床に転がった。


「こっちも終わりましたぁ」

「ふ……よゆう」


 振り返れば、朝比奈と夕凪の周りも似たような有様だった。

 二十体いたはずのメカオーガは、今や見る影もない。

 腕をもがれたもの、胴体をへこまされたもの、頭から壁に突き刺さっているもの。

 そこかしこで、ばちばちと火花が散っていた。


「あ、ああ……そんな馬鹿な……」


 壇上では、白衣の老人が腰を抜かしている。

 さっきまで高笑いしてたんだけどな。


「さて」

 

 俺たちは三人で科学者のもとへ向かう。

 ヒゲをたっぷり蓄えたその顔は、どんどん引きつっていった。


「さあ、洗いざらい吐いてもらおうか」

「ま、待て……!」


 科学者は後ずさりしながら、途中で何かに気づいたように動きを止めた。

 そして急に胸を張る。


「ふ、ふん! 勘違いするなよ!」

「……何がだよ」

「情報を持っているのはワシだ! つまり、この場で有利なのもワシということだ!」


 ……この状況で?


「ワシを殺せば、貴様らは何も知ることができん! だから何をされようと、情報など絶対に吐かんぞ!」


 言い切った博士を、しばらく眺める。


「な、なんじゃ……そんなジロジロ見おって……! 脅せば吐くと思っているなら大間違いだ!」

「……だってさ」


 隣で朝比奈と夕凪が、神妙な顔をして頷いた。


「ご……尋問するしかないですねぇ」

「ごう……じんもん、がんばる」

「お前ら意外と乗り気だな」


 まあ、他に手もないか。


「それじゃ、ごうも……拷問をしよう」

「言い直す意味ないですぅ」

「ぱぱ、ちょっきゅう」


「な、何をする気だ貴様ら!?」


 科学者が青ざめる。

 俺はひとまず無視して、朝比奈へ顔を向けた。


「朝比奈は施設の中を見てきてくれるか?」

「施設の中をですかぁ?」

「ああ。この広間が全てじゃないだろうからな。施設の奥に、麗華たちの手がかりがあるかもしれない」

「なるほどですぅ」


 朝比奈はてこてこ歩いていく。

 淡い長髪が揺れるその背に、俺はもう一度声をかけた。


「気を付けろよ、変な仕掛けがあるかもしれん。……あと迷子になるなよ」

「先生は私を何歳だと思ってるんですかぁ」

「二十一歳なんて、まだまだ子供だろ」

「むぅ……子供かどうか、後で確かめさせてあげますぅ」


 不穏な言葉を吐き捨てて、朝比奈は施設の奥へと進んでいった。

 

「さて、夕凪」

「うす」

「ちょっと手ぇ貸してくれ」

「いえっさー」




------




「く、こ、こんな……! こんなむごたらしい……!」

「大袈裟だなあ」


 床から生えた科学者の頭を見下ろす。

 別に埋めたわけじゃない。

 首から下は夕凪の魔法――『天涯門(ホライゾン・ゲート)』の向こう側だ。

 少し離れた天井から、首から下がぶら下がっている。


 人体……というか、魔法って不思議だな。

 見た目だけなら、ものすごく残虐なことをしているように見える。


「で、情報を吐く気になったか?」

「く……! 誰が吐くか……!」

「そうか……夕凪、やれ」

「えい」


 科学者の首を囲んでいる黒い穴が、ほんの少し縮んだ。


「う、うぅ……!?」


 さらに、じわじわと狭まっていく。

 首とほとんど同じ太さになったところで皮膚へ食い込み、ぷつ、と小さく血が滲んだ。


「~~~~~~っ!」

「早く吐かないと首チョンパしちまうぞ」

「しちまうぞ」

「こ、この外道が……!」


 えらい言われようだ。

 科学者は脂汗を浮かべながら、それでも引きつった笑みを作った。


「だ、だがな……殺せないことは分かっているんだ……! ワシを殺したら、情報が得られんからな……!」

「殺せないけど……まあ、半殺しくらいにはできるかな」

「うん。はんぶんくらい、きっても、だいじょうぶ」

「な、なに……!?」

「こっちには優秀な回復役がいるんでね」

「っ……!!」


 その言葉を聞いた夕凪が、何か思いついたように俺を見上げた。


「……ぱぱ」

「うん?」

「なおしながら、きったら……どうなる?」

「おー」


 言われてみれば。

 ちょっと気になる。


「確かに。やってみるか」

「――やめろォォォォッ!!」


 科学者の絶叫が広間中に響いた。


「分かった! ぜ、全部洗いざらい吐く! 吐くから解放してくれぇぇ!」


 俺はしゃがみ込み、床から生えた科学者と目線を合わせた。


「解放はしない」

「な……」

「その場で吐け」

「くっ!」


 科学者は悔しそうに顔を歪めたが、夕凪が無言で右手を掲げると、途端に大人しくなった。


「え、ええい……! 話すから魔法を動かすな!」

「最初からそうしてくれよ」


 科学者は荒く息を整え、しばらく逡巡したあと、観念したように口を開いた。


「ワシがあの二人と出会ったのは、七年前のことじゃった――」




------



「――それが、ワシとあの兄妹の全てじゃ」

「……耳を覆いたくなる話だな」


 唐突な両親の死。

 事故で奇病を患った妹。

 力を欲して人工魔法の実験台となった兄。

 随分と歪んではいるが、話は繋がった。


「つまり今回の件は、エリオたちの仕業で間違いないんだな?」

「……そうじゃ。ワシは頼まれて、あの子たちに協力をしただけなんじゃ。だから頼む……! どうか見逃して――ふべっ!?」


 床から生えた生首を、俺は片足で踏みつける。


「頼まれたのは事実かもしれんがな」

「か、かぺぺっ……!」

 

 体重を乗せ、顔面に靴底をめり込ませていく。


「まだ九歳のガキの不安定な心に付け込んで、歪んだ研究心を満たしてんじゃねーか。情状酌量の余地なしだボケ」

「い、いひゃい……! やめへふへ……!!」


 そのまましばらくグリグリと痛めつけてから、足を離す。

 科学者はくっきりと足跡のついた顔をこちらに向けた。


「ふ、ふう……これで全部話したぞ……! さあ、解放してくれ……!」

「まだだ」

「なぜじゃ――っつぅ!?」


 俺は床から鋭く影を立ち上らせ、科学者の鼻に突き刺す。


「お前、まだ何か隠してるだろ」

「な……」

「今の話が全部じゃないよな?」

「これ以上何を話せと……!?」

「特に気になるのは、エリオたちの両親についてだ。なぜ実の娘(セレネ)を実験台にしたのか。そして、エリオを世界ランク1位へけしかけたのか。お前、何か知ってるんじゃないのか」

「そ、それは……」


 明らかに口籠ったその時、背後で扉が開いた。


「――先生!」


 振り返る。

 そこに立っていたのは文月だった。

 息を切らし、顔から血の気が引いている。


「文月!? 月詠と一緒だったはずじゃ……」

「み、皆さんが……! とにかく、今すぐ来てください!!」


 必死なその表情を見て、ただ事でないと察した。


「夕凪! 科学者(コイツ)と朝比奈を頼む!」

「うん、きをつけて」


 俺は文月とともに駆け出した。

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