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第61話 オニイチャン・後編

本話の前半は『エリオ・ヴァレンティ』視点で進行します。

後半から『鳳城(ほうじょう) 麗華(れいか)』視点に移ります。





 そして、本当の苦しみはそこから始まった。


 エリオはセレネを連れ、診てくれる医療機関を片っ端から訪ねた。

 それでも返ってくる答えは、どこへ行っても同じだった。


 前例がない。

 原因が分からない。

 危険すぎて治療できない。


 中には、変質したセレネの腕を見るなり、診察さえ断る医者もいた。

 セレネの身体は日に日に弱っていった。


「お兄ちゃん……痛い……辛いよ……」

「大丈夫だ。次の病院なら、きっと治してくれる」


 何度そう言ったか分からない。

 自分でも信じられなくなっていた。

 それでも、セレネの前でだけは言い続けるしかなかった。


 そんな双子の前に現れたのが、科学者『ハリー・アルディーニ』だった。

 大学時代に両親が所属していた研究室の責任者であり、魔力工学の第一人者。

 彼はセレネを見ても、他の医者たちのような顔はしなかった。


「ふむ……ワシが診よう」


 その一言が、事故後のエリオにとって、初めて差し込んだ光だった。


 ハリーは寝食を惜しんでセレネの身体を調べてくれた。

 少しでも侵食を遅らせる方法を探し続けた。


 完治には遠い。

 だが、痛みは少しずつ和らいでいった。


「お兄ちゃん……今日ね、あんまり痛くない」

「っ……そうか……そうか……! 良かったな……!!」


 ベッドの上で久しぶりに笑った妹を見た時、エリオは泣きそうになった。

 助かるかもしれない。

 そんな希望を初めて持てた。

 だからこそ、父と母の最期の言葉も鮮明に蘇った。


 ――世界ランキング1位を探せ。

 ――事故の原因はソイツだ。


 エリオは1位を探すことに決めた。

 そのために、自分もダイバーになる。


 だが現実は残酷だった。

 エリオには、特別な才能がなかった。


 世界の頂点へ駆け上がれるような(まほう)を、持っていない。

 普通に努力したところで、S級へ昇格することすら難しい。

 そこでエリオは、ハリーに頼み込んだ。


「博士、オレに力をくれ」

「力じゃと……? 簡単に言ってくれるな」

「頼む。世界ランク1位を見つけるためなんだ」

「……方法が無いわけではないが」

「本当か!? 頼む! 何でもするから!!」


 ハリーはしばらく沈黙した。

 やがて苦い顔で、ひとつの可能性を口にする。


「……魔法を造る」


 ハリーが語ったのは、人工魔法による戦闘力向上の術だ。

 本来は自然に発現する魔法を、人間の身体へ人工的に植え付ける。

 もちろんそれはハリーの頭の中の絵空事でしかなく、人体へ施した例などない。


「成功する保証はない。……最悪、お前も死ぬぞい」

「いいよ」


 エリオは迷わなかった。


「セレネを助けられないなら、オレが生きてても意味ないから」


 こうしてエリオは、『太陽炉心(ヘリオス・リアクター)』を手に入れた。

 身体の内側にリアクターを宿し、自らの命を削って膨大な魔力を生み出す力。

 一方のセレネも、魔物化が進行するにつれて、人間離れした身体能力を得た。

 皮肉なことに、彼女を蝕む病は、同時に立ち上がるための力を与えたのだ。


 二人はダイバーになった。

 危険なダンジョンへ潜り、戦い、勝ち続けた。

 気づけば名前は世界へ広まり、ランキングも急速に上がっていった。


 100位から始まり、68位、29位、14位、そして――5位と6位。


 だが、どれだけ近づいても、どれだけ協会の奥へ食い込んでも、肝心の世界ランキング1位の情報が出てこない。

 そして、その間にも時間は残酷に過ぎていった。


「お兄……ちゃん……」


 ベッドの上で、セレネが身体を丸めている。

 全身を覆う黒い布の下では、魔物へ変質した部分が以前よりも遥かに広がっていた。


「痛い……痛いよ……」

「大丈夫だ」


 エリオは震える妹の手を握った。


「兄ちゃんが絶対に見つけるから」

「お兄ちゃん……」

「一位を見つける。そいつから治し方を聞き出す。だから、もう少しだけ――」


 そこまで言うと、セレネの指が強く絡んできた。

 縋るように。

 離さないでほしいと訴えるように。


「セレネが魔物になっても……ずっとそばにいてくれる……?」

「っ……!!」


 エリオは胸が締め付けられる思いだった。

 セレネから見えないように、ベッドの下に潜り込ませたもう一方の拳を血が滲むほど握る。


「当たり前だろ。兄ちゃんとセレネはずっと一緒だ」


 ――その時が来たら、一緒に逝こう。父さんと母さんのもとへ。

 そんな言葉を、内心で付け足した。


「へ、へへ……ありがとう」


 泣きながら微笑む妹を見つめ、エリオは何度目か分からない誓いを胸に刻んだ。


 絶対に世界1位を見つけてやる。

 どこに隠れていようと、必ず引きずり出す。

 例え、この世界の全てを敵に回すことになったとしても。


 エリオとセレネの指は、きつくきつく絡まり合った。


「大好きだよ……お兄――」




------




「――チャ、ン……」


 自らを呼ぶ異形化した妹を見て、エリオは、しばらく何も言わなかった。

 苦悶するように顔を歪め、ギリっと歯を食いしばる。


(理性が残ってる……もうお終いだと思ったけど、まだ、間に合うのか……!?)


 最愛の妹の屈託のない笑顔を、エリオが大好きだったあの笑顔を、もう一度見ることができるかもしれない。

 そんな一抹の希望に縋り、エリオは月詠を睨みつけた。


「……さあ、1位の情報を吐け」




------




「……さあ、1位の情報を吐け」


 エリオの発言に、未だ拘束されたままの鳳城 麗華は耳を疑った。


「あ、貴方……何を考えていますの!?」

「エリオ君、今はそれどころじゃないでしょ!」


 隣でライラも叫ぶ。


「まずセレネちゃんをどうにかしようよ! 皆で力を合わせれば――」

「黙れッ!」


 エリオの怒声が部屋を震わせた。


「どうにかするだと……!? できもしないくせに、無責任な事を言うな!! セレネを元に戻すには、1位の奴から聞き出すしかないんだ!」


 声を荒らげるほどに、その表情は追い詰められていく。


「この症状の治し方をな!!」

「……え?」


 ライラが絶句する。

 麗華も言葉を失った。

 世界第1位をエリオが探し続けていた理由は、それなのか。


(だとしたら、それは見当違いというものですわよ……!?)


 麗華はライラを見つめる。

 「1位(じん)は知っていると思うか?」と、視線で問うた。

 ライラはそれを察し、一瞬だけ考えてから、首を横に振る。


 目の前の少年は、なぜ1位なら治せると思い込んでいるのか。

 そもそも、セレネのこの姿は何なのか。


 問いただしたいことはいくらでもあった。


 ――ビュォオオオッ!


 だが、その機会を奪うように吹雪が巻き起こった。

 月詠の銀髪が冷気に揺れる。


「……『知らない』と、そう仰っている」

「は……!?」


 エリオが食いついた。


「お前、1位と連絡が取れるのか!?」

「取る必要はない」


 月詠は胸元へそっと手を添えた。


「私の心の中に、常にいらっしゃるから」


 一瞬の沈黙。


「――ふざけるなぁぁぁッ!!」


 エリオの全身から黄金の魔力が噴き上がった。


「埒が明かねえ! セレネ、アイツを倒すぞ!」

「……ウン」


 異形の右目が月詠を捉える。

 次の瞬間、エリオが正面から飛び出した。


「――『永久凍土(ニブルヘイム)』」


 月詠の前に分厚い氷壁が立ち上がり、その突進を真正面から受け止める。

 黄金の拳が氷を穿つが、砕くには至らない。

 だが――


「ァ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!」


 耳を覆いたくなるような不気味な咆哮とともに、巨大な腕が振り抜かれた。

 氷壁はいとも容易く粉砕される。


「――っ!」


 月詠の目が僅かに見開かれた。

 先ほどまでエリオとセレネを寄せつけなかった氷の防壁を、異形となったセレネは力任せに突破したのだ。


「く……!」


 月詠が片手を向ける。

 吹雪の中から無数の氷弾が生まれ、一斉にセレネへ殺到する。

 だが、その進撃は止まらない。

 巨大な腕を一度振るっただけで氷弾をまとめて薙ぎ払い、その破片を突き抜けて距離を詰める。


「――ッ!」


 鋭い爪が月詠のいた空間を抉った。

 月詠は寸前で身を翻し、初めてその場から大きく後退する。

 それを見て、麗華は息を呑んだ。


(雪禰が……動かされた……)


 月詠が後退したのを見て、エリオの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。


「行け、セレネ!」

「ア゛ア゛ア゛……」


 命令に応じ、異形が床を蹴る。

 巨体からは想像できない速度だった。


 月詠は振り下ろされた爪を半身でかわすと、その懐へ踏み込み、凍気を纏わせた掌底を脇腹へ叩き込む。

 甲殻が白く凍結し、セレネの身体が僅かによろめいた。


「硬い……」


 しかし、倒れない。

 返す腕が横薙ぎに迫り、月詠は腕を交差させて受け流す。

 床を滑りながら距離を取り、再び踏み込む。

 拳と爪、蹴りと肘が目まぐるしく交錯し、麗華の目にも互いに決定打を許さない攻防に見えた。


 そこへ黄金の光が奔る。


 ――バチン!


 月詠が顔を向けた時には遅かった。

 エリオの放った魔力弾が肩口で炸裂する。

 乾いた衝撃音とともに体勢が崩れ、間髪入れずセレネの拳が腹部へめり込んだ。


「っ……」


 月詠の身体が吹き飛ぶ。


「雪禰ちゃん!」


 ライラの悲鳴が響く中、月詠は空中で吹雪を纏って姿勢を整え、床へ着地した。

 口元から一筋の血が流れている。

 それを拭うこともせず、両手をセレネへ向けた。

 冷気が一点へ集まり、巨大な氷塊を形作る。


「……退()いて」


 放たれた氷塊が轟音を伴って突進した。


 ――ドガァン!


 セレネは両腕で正面から受け止める。

 巨体が勢いよく押され、床に二本の溝が刻まれていく。


「ア゛ア゛ア゛……!」


 それでもセレネは全身の力を込めて氷塊を持ち上げると、ついには横へ弾き飛ばした。

 その陰から、エリオが飛び出す。


「――もらった!」

「っ……」


 黄金の拳が月詠の頬を捉えた。

 月詠がよろめいたところへセレネが追いつき、今度は上から拳を叩きつける。


「カハッ……」


 月詠は氷壁で受けたものの、壁ごと押し潰され、片膝を床についた。


「……まずいね」


 ライラの声から、いつもの軽さが消えていた。

 麗華も同じ結論に達していた。


 異形となったセレネと月詠の実力は、今の攻防を見る限りでは拮抗している。

 そこへ、麗華やライラと同程度にまで強化されたエリオが加わればどうなるか。


「分が悪いですわね……」


 月詠は立ち上がろうとするが、エリオがそれを許さなかった。

 荒い息を吐きながらも黄金の魔力を拳へ集め、膝をついた月詠へ歩み寄る。


「終わりだ」

「……っ」


 振り上げられた拳が、凄まじい魔力を帯びて黄金に輝く。


「雪禰ちゃん! 逃げて!!」


 ライラが叫んだ、その瞬間だった。


 ――バチィンッ!


 横合いから飛来した衝撃波が、エリオの拳を弾き飛ばした。


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