第64話 やっぱコレだね
本話前半は『鳳城 麗華』視点で進行します。
後半から『御影 仁』視点に戻ります。
仁の足元から立ち昇った影が、その全身へ絡みついていく。
黒い奔流はまず脚を覆い、胴を伝って肩へと這い上がった。
やがて表面が硬質な光沢を帯び、幾重にも重なった装甲へと姿を変える。
最後に両腕を包み込むと、左手には分厚い盾が、右手には長剣が形作られた。
「……ふう」
仁が小さく息を吐いた。
黒一色。装飾らしい装飾もない。
武骨な闇の鎧で全身を覆った仁の姿には、麗華ですら一瞬言葉を忘れるほどの圧があった。
「あ、あんなの初めて見た……」
隣でライラが呆然と呟く。
「私もですわ。……本気、ということなのでしょうか」
「……私は、もちろん知ってる」
か細い声に振り向く。
倒れていた月詠が、痛みに顔を歪めながら上体を起こしていた。
「あれは、仁様が接近戦に特化した戦法を取られる時の御姿……」
「へえ」
ライラが感心した直後、不意に眉を寄せた。
「……それも心の中の仁くんが教えてくれたの?」
「何を言ってるの」
雪禰が怪訝そうに首を傾げる。
「かつて、ご本人からお伺いしたわ」
「そ、それはそうですわよね……」
麗華はモヤっとしながら相槌を打った。
まともな答えが返ってくる時と、ぶっ飛んだ答えが返ってくる時があるせいで、会話のキャッチボールが難しい。
160キロのストレートと151キロのフォークを同じモーションから投げられているようである。
「だけど、接近戦かぁ……」
ライラが前方を見る。
異形となったセレネは巨大な爪を床へ食い込ませ、エリオも黄金色の魔力を全身から噴き上げていた。
「あの二人、どう見ても近距離戦が得意なタイプだよね。大丈夫なのかな」
「ですわね」
麗華にも同じ疑問があった。
「仁ならば、何も相手の間合いへ入る必要はないでしょうに。遠距離から制圧することもできるはずですわ」
「あえてに決まってる」
月詠は即答した。
「相手が最も得意とする土俵に立って、そのうえで完全に上回るの」
「ああ……いつものやつね」
「まったく、こんな時までですの?」
呆れて尋ねる麗華に、月詠は当然のように頷いた。
「仁様は常に世界一お強いけれど、その中でも特別強い時が二つある」
人差し指を立てる。
「一つは、本気で怒っている時」
そして中指。
「もう一つは――」
そこまで聞いて、麗華は何となく察した。
ライラも同じだったらしい。
「「――説教する時」」
ほとんど同時に答えた。
「……そう」
月詠が満足そうに頷く。
ライラは笑いかけて、すぐに表情を曇らせる。
「でもさ、あの子たち半端なく強いよ?」
その言葉に、麗華も表情を引き締めた。
エリオだけではない。
あの姿になったセレネは、世界第2位の月詠と真正面から渡り合った。
そこへ命を削り、麗華やライラにも劣らないほど出力を高めたエリオまで加わるのだ。
「いくら仁くんでも、説教なんてできると思う?」
ライラの問いに、麗華は答えられなかった。
仁の力は疑いようがないが、今の双子は協力すれば月詠を倒せるほど強い。
ライラと麗華の視線は、自然と月詠へ向いた。
月詠は一瞬だけ不思議そうな顔をして、言う。
「――愚問」
あまりにも迷いがない。
麗華は思わず息を漏らした。
「……ですわよね」
「じゃあ安心だ」
ライラも苦笑する。
こんな状況だというのに、不思議と肩の力が抜けた。
改めて前を見る。
黒い鎧を纏った仁は、迫り来る二人を前にしても一歩も退いていない。
そして、最初にセレネが、その間合いへ踏み込んだ。
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最初に間合いへ入ってきたのはセレネだった。
「――ガァアアアアアッ!」
異形の巨体が床を砕き、真正面から突っ込んでくる。
振りかぶられた右腕は、人間の頭なんぞ軽く吹き飛ばせそうな太さだ。
だが、避ける必要はない。
俺は左腕の盾を前へ出した。
――ドゴォンッ!!
拳と盾が激突し、足元の床が円形にひび割れる。
「なっ……!?」
エリオの驚いた声が聞こえた。
セレネの力は馬鹿みたいに強い。
が、しかし。
「ふんっ!」
腕に力を込め、その拳を盾ごと押し返す。
セレネの巨体がぐらりと傾いた。
「グッ……!」
それでも踏み止まる辺りは大したもんだ。
すぐさま反対の腕を振りかぶり、五本の指先が鋭い鉤爪を造る。
横薙ぎの一撃。
今度は右手の剣で迎え撃った。
――ギィィンッ!!
耳障りな金属音とともに火花が弾け、鉤爪が大きく跳ね上がる。
両腕を弾かれ、セレネの胸元が完全に開いた。
「まず一発――」
「させるかぁッ!」
踏み込もうとしたところへ、横から黄金色の光が割り込んだ。
顔面目掛けて飛んできた拳を、盾で受ける。
――ぐにゃん
インパクトの瞬間、盾の表面をぐにゃりと歪ませた。
「なっ――」
光る拳が盾の中へ沈み込み、手首まで飲み込まれる。
「盾の形が……!?」
「まあ、盾ただの影だし……よっと!」
エリオの拳を捉えたまま、盾を振り上げた。
その身体が宙へ浮く。
「う、おおおっ!?」
「よいしょお!」
勢いをつけて床へ叩きつけ、べコリと床を陥没させる。
「オ、ニイ……チャ……!」
兄の危機を見たセレネが横から襲いかかってくる。
俺は瞳だけを動かして相手の位置を確認し、鎧に魔力を流した。
肩口の装甲が盛り上がり、一本の太い影となって伸びる。
――バチンッ!
「ァ゛ッ!」
セレネの顔面へ直撃する。
さすがに不意打ちは効いたらしい。
二メートル近い巨体が尻餅をついた。
よし、まず兄貴の方から片づけるか。
倒れたエリオの顔面へ、そのまま踵を落とす。
「っ!」
エリオは横へ転がって躱し、すぐに立ち上がろうとした。
「逃がすかよ」
俺のつま先から伸びた影が、足首を払う。
「ぐっ!?」
また転んだ。
その頭上へ影の剣を振り下ろす。
エリオは咄嗟に腕を交差させ、防御の体勢をとる。
けれど、斬るつもりなんて最初からない。
命中する寸前で、俺は剣身を柔らかく変える。
「な――!?」
黒い剣が蛇のように腕へ巻きつき、さらに肩から胴へ。
あっという間にエリオの上半身を縛り上げた。
「くそっ、ほどけ……!」
「悪いことしたら、まず謝る。基本だぞ」
俺は拳を固く握り、振り上げる。
「ふざけ――」
――ゴチィン!!
「っ……」
我ながらいい音がした。
エリオは白目を剥き、そのままぐったりと動かなくなる。
「オニイチャァァァァァッ!!」
と来たら、当然ブチ切れるよな。
セレネは尻餅をついた姿勢のまま、その両脚をぐにゃりと変形させた。
足先から伸びたのは、黒い触手。
左右から俺を挟み込むように迫ってきた。
「便利な身体だな」
だったら、こっちも合わせよう。
両腕を覆う装甲を解き、同じように細長い影へ変える。
セレネから二本、俺から二本。
計四本の触手が空中で絡み合った。
「ァ……!?」
「うし、捕まえた」
キュッと影を引き絞り、セレネの両脚を完全に拘束する。
俺はそのまま腰を落とした。
「せーのっ……!」
身体を捻り、ぐんと力強く引っ張る。
すると、セレネの巨体が宙を舞った。
「ガ――」
ぶんっ! ぶんっ! ぶんっ!
一回転、二回転、三回転。
どんどんセレネの身体を振り回していく。
「――ァアアアア゛ア゛ア゛ア゛…………」
なんか声が変わってきたな。
魔物になっても、三半規管は人間寄りなんだろうか。
「どっ……せい!!」
十分に勢いを乗せたところで影を解く。
セレネはものすごい速度で飛んでいき、そのまま壁へ激突した。
ズドォォンッ!!
建物全体が揺れる。
壁にめり込んだセレネは、右目をくるりと回して動かなくなった。
「……ふぅ」
終わりだ。
全身を覆っていた影をほどく。
振り返ると、なんとも言えない顔をした連中が俺を見ていた。
「ああ……流石でございます、仁様」
「雪禰ちゃんが敵わなかった二人を、大して苦労もせず……?」
「カッコよ――げふんげふん!! な、中々やりますわね、仁!」
「へ、へへ。それでこそアニキっす……!」
「これでよく『一位は俺じゃない』なんて言えますね……」
まちまちの反応だな。
まあ、ちょっとは良いトコを見せられただろうか。
俺は倒れている双子をもう一度視界に捉え、うんうんと腕を組んだ。
やっぱカミナリオヤジっつったら、ゲンコツとジャイアントスイングだよな。




