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第58話 NO!!

本話は『鳳城(ほうじょう) 麗華(れいか)』視点で進行します。





「――ふんっっっっっぎぎぎぎぎぎ……!!!!!」


 唸り声が無機質な部屋に響き渡った。

 床に座り込んだライラが、背中で拘束された両腕へ渾身の力を込めているのだ。

 白磁のようだった頬は真っ赤に染まり、細い身体を弓なりに反らす。

 ぎちぎちと拘束具が軋んだ……が、引きちぎるまでには至らなかった。


「っ……はぁ!」


 最後に大きく息を吐くと、ライラは力尽きて横へ倒れた。

 冷たい床へ頬をつけたまま、がっくりと項垂れる。


「無理だぁ……」

「あまり無茶をしないことですわ」


 麗華は壁へ背を預けた姿勢で、呆れ半分に言った。


「そのまま続けても、手首を傷めるだけですもの」

「でもぉ……」

「仕方ありませんわよ。(わたくし)たちは、魔力が使えなければ、ただのか弱い女子ですもの」


 世界ランキング第3位と第4位。

 二人で力を合わせれば、米国だって転覆させられるかもしれない。

 それが揃って床に転がされているのだから、世の中は分からないものだった。


「くっそー、きっとコレのせいだよね?」

「理屈は分かりませんけれど、感覚的にはそうですわね」


 二人の両腕には黒い拘束具が嵌められていた。

 手首から肘近くまでを一体化させ、背中側で固定している。

 足首も同様で、立ち上がることすら難しい。


 本来なら、この程度の金属など問題にもならない。

 麗華が指先を動かせば潰れ、ライラが力を振るえば跡形もなく吹き飛ぶ。

 だが、今は魔法の気配すら掴めなかった。

 体内にあるはずの魔力が、眠らされているかのように沈黙している。


 そして魔法だけでなく、魔力を肉体へ巡らせることさえできない。

 試しに何度か力を込めてみたが、返ってくるのは生身の身体が発揮できる範囲の膂力だった。

 拘束具に魔力を封じる仕掛けがあるのだろう、と二人は推測する。


「くぅ……ボク、こんなに無力なの久々だよ……」


 よよよ……と涙を零すライラを見て、麗華はくすりと笑う。


「泣き真似をする元気は残っているようですわね」


 麗華は室内を見回した。

 部屋に窓はなく、壁も床も天井も、鈍い灰色の金属で覆われている。

 頭上からは白い照明が、冷たく二人を照らしていた。

 地下なのか地上なのか、それすら判然としない。


 ――ぐぅううううう……。


 静かな室内に間抜けな音が響いた。

 麗華はゆっくりとライラへ目を向けると、彼女もまたこちらを見ていた。


「てへへ……お腹すいちゃって」

「無理もありませんわ」


 麗華は、目を覚ました時には既にこの部屋にいた。

 それ以前の記憶は途切れている。

 どのように運ばれたのか、ここがどこなのか、どれだけ眠っていたのか。

 何一つ覚えていない。


 ただ、身体の感覚からして、拉致されてから既に丸一日以上は経過しているはずだった。

 その間、水も食事も与えられていない。


「こんなことなら、誘拐される前にありったけのご飯を食べておくんだった……」

「……冗談ですわよね?」

「え? 何が?」

「どちらかというと、『食べなければよかった』ではありませんの……?」


 ライラが目を瞬いた。


「あ、確かに。それなら眠らされることもなかったか」

「……よくそれで(わたくし)より上の順位を保ってますわね」


 そんな呑気な会話を続けていると、ふいに、ガチャンと鍵の音がする。

 金属製の扉が横へ滑り、通路から二つの人影が現れた。


「――フン、仲良くお喋りか。随分と余裕だな」


 先に入ってきたのは、華奢な少年だった。

 長い睫毛に大きな青紫色の瞳。

 淡い金色の髪が顔の輪郭を柔らかく縁取っている。

 黙って立っていれば、可憐な少女だと思ってしまう。

 しかし麗華は、その顔を知っていた。


「エリオ・ヴァレンティ……!?」


 世界ランキング、第5位に位置する少年であった。

 そしてその一歩後ろに、もう一人いる。


「アレがエリオくん……じゃあ、あっちは妹のセレネちゃんかな?」


 ライラの言葉に、麗華はこくりと頷いた。


 頭から足元までを黒い布ですっぽり覆った少女。

 顔も髪も身体の輪郭も、ほとんど隠されている。

 世界ランキング第6位――セレネ・ヴァレンティ。

 エリオの双子の妹だ。


 彼女は何も言わない。

 ただ兄の背後に寄り添い、影のように立っていた。


「助けに来てくれた……って感じじゃなさそうだね」


 ライラが床へ頬をつけたまま見上げる。

 エリオは拘束された麗華たちを見下ろし、冷え切った声で告げた。


「お前たちをここへ連れてこさせたのは……オレだ」


 エリオの告白に驚きはなかった。

 麗華はむしろ、胸の内で一つ頷く。

 正体の見えない敵より、目の前に立ってくれた方がいい。

 動機も目的も、これなら聞き出せるかもしれない。


「……随分と手の込んだ歓迎ですこと」


 麗華は穏やかな笑みを崩さず言う。

 今は、相手に喋らせることが優先だ。


「本当は、もう一人いるはずだったんだけどな。金を払って三度も実行させたのに、全部失敗した。使えない奴らめ」


 忌々し気に舌打ちをするエリオを見て、ライラがそっと囁く。


「雪禰ちゃんの事かな……?」

「恐らくそうでしょう」

「薬、回避できたんだ。スゴイね」

「彼女は不気……超常的な力を使いますもの」


 小声での会話を終えると、麗華はエリオに向かって静かに問いかけた。


「貴方、自分が何をしたのか理解していますの?」

「……あん?」

「世界第3位と第4位が、同じ時期に消息を絶ったのですわよ。今頃は世界中で大騒ぎでしょうね」


 エリオは肩を竦めた。


「そんなこと、どうでもいいさ」


 その言葉に、麗華はわずかな違和感を覚えた。

 強がりなどではなく、本当にどうでもいいと思っているように見える。

 そんな事がありえるのだろうか。

 ダイバーとして築き上げた今の立場を失い、犯罪者として追われる未来がやってきて、世界を敵に回すことになったとしても。


「どうでもいいですって……?」


 麗華が呟くと、今度は代わりにライラが言う。


「大犯罪者だよ、キミたち。今なら許してあげるから、解放して――」


 ――バン!


「っ……」


 重い音が、二人の間へ叩きつけられた。

 エリオが床を踏み鳴らしたのだ。

 金属の床がわずかにへこみ、ライラの顔から軽い笑みが消える。


「そんなことはどうでもいい」


 エリオは低く言った。


「二度も言わせるなよ」


 部屋の空気が張り詰める。

 エリオの肩は、小さく上下していた。

 こちらの言葉を聞く余裕そのものが、失われつつある。

 麗華はその様子を見て、目をわずかに細めた。


(晩餐会の復讐……という線は消えましたわね)


 あの夜、エリオは明らかに麗華へ敵意を抱いていた。

 観衆の前でこてんぱんにやられ、強烈な羞恥を味わっただろう。


 だが、今のこれは私怨ではない。

 以前の彼には、尊大さの裏に年相応の未熟さがあった。

 今、目の前にいる少年から感じるのは、焦燥と切迫感。

 目的を果たすためなら、それ以外のすべてを投げ捨てる者の目だった。


(だとすれば、原因は恐らく……)


 麗華はエリオの背後へ視線を移す。

 黒い布に包まれたセレネは、兄の背へ隠れるように立っていた。


(ま、あくまでカンですけれど)


 そう心の中で呟いてから、麗華は再びエリオに問いかける。


「それほど切羽詰まってまで、何をなさりたいの? 貴方の目的を教えてくだされば、話し合いくらいはできますわ」

「話し合い? ……ハッ、冗談じゃない」


 エリオの口元が歪む。


「お前たちは、ただオレの質問に答えればいいんだよ」

「へえ……どんな質問かな?」


 ライラが声を挟む。

 エリオは二人を順番に見た。

 青紫の瞳が、鋭く細められる。


「――世界ランク1位の情報を渡せ」


 その言葉が落ちた瞬間に、麗華とライラの表情が消えた。

 長く空席とされてきた、世界ランキング頂点の座。

 世間はもはや、概念的なものとして認識している。


「……1位? それは空席のはずだけど?」


 ライラが首を傾げる。

 エリオは苛立たしげに睨み返した。


「とぼけるんじゃない! 1位は実在するだろうが!」

「もし仮に実在したとして……何を根拠に(わたくし)たちが知っていると?」

「うるさい! 質問しているのはオレだ!!」


 麗華の問いに対し、エリオが怒鳴りつける

 セレネの肩が小さく揺れた。

 それに気づいたエリオは一瞬だけ妹の方へ振り返り、すぐにこちらへ顔を戻す。


「……誰なんだ」


 焦りを押し殺すように、一語ずつ問いかけた。


「世界1位は、どこにいる」

「……それを知って、どうするつもりですの?」

「お前たちには関係ない」

「関係なくはないよ」


 ライラがいつになく真剣な表情で言う。


「ボクたちを誘拐してまで探してるんだ。きっと何か大事な理由があるんでしょ? それが分からないのに、はいそうですかって教えるわけないよ」

「いいから、とっとと吐け」

「嫌だと言ったら?」


 エリオの目に、暗い光が宿った。


「殺す」


 脅しではない。

 麗華はそう思った。

 今のエリオは、本気でその選択肢を持っている。


「別に、一人いれば充分だしな」


 エリオは続けた。


「どちらかが喋れば、もう片方は要らない」

「……始末すると?」

「そうだ。これで喋る気になったか?」


 麗華は隣へ視線を向けた。

 ライラも麗華を見る。

 言葉を交わす必要はなかった。

 互いの答えなど、最初から分かっている。


 二人は同時に、エリオへ向き直った。


「やだね!」

「お断りですわ!」


 声が綺麗に重なった。

 エリオのこめかみが引き攣る。


「お前ら……!」

「脅せば喋ると思ってるなら甘いよ、少年」

「まったく、淑女の扱い方から学び直すことですわね」

「っ……どうせ冗談だと思ってるんだろう!?」


 エリオの声が裏返った。


「自分たちは殺されない。オレにはできない。そう思ってるんだ!」

「そんなことは――」

「いいさ!」


 ライラの言葉を遮り、エリオが腕を振り上げる。

 青紫の瞳には、理性を焼き切るほどの焦りが浮かんでいた。


「まずは恨みのある麗華(キサマ)の方から――」


 ――バリバリバリィッ!


 甲高い破砕音が、その言葉を引き裂いた。

 全員の視線が扉へ向く。

 二人を閉じ込めていた分厚い金属扉。

 幾重もの錠を施されていたはずのそれが、内側へ大きくひしゃげていた。


「な……」


 エリオが目を見開く。

 次の瞬間、扉は粉々に砕け散った。


「ひゃっ、冷たっ!?」


 薄着のライラが肩を縮める。

 白い冷気が濁流のように部屋へ流れ込んでいた。

 床が見る間に凍りつき、砕けた金属片の表面へ霜が降りる。


(この力は……)


 麗華は目を細め、扉から上がる白煙の向こうを見据えた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 静かに靴音がなる。

 一切の焦りを孕まず、迷いを滲ませず、凍り付いた床を踏みしめていく。

 やがて、一人の女が煙の中から姿を現した。


 長い銀髪に透き通るような白い肌。

 人形めいた美貌には、感情らしい感情がほとんど浮かんでいない。

 けれど、その金色の瞳が二人を捉えた時――ほんの僅かに頬が緩んだ。


「二人とも、無事でよかった」


 彼女は、麗華とライラを一瞥する。

 それから、エリオとセレネの前へ静かに進み出た。


「後は私に任せて」


 ライラの表情が明るくなる。

 麗華も小さく息を吐いた。


 なぜ居場所が分かったのか。

 どうやってここまで来たのか。

 疑問はいくつもあった。

 が、それらは全て、「彼女だから」で片付けられてしまうだろう。


「くっ、お前は……」


 エリオが妹を庇うように一歩前へ出る。

 顔には驚愕と、隠しきれない焦りが浮かんでいた。


「世界ランク2位……月詠(つくよみ) 雪禰(ゆきね)……!」


 その口から、苦々しい声が漏れた。





――――――――あとがき――――――――

新作の連載を開始しました。

異世界で三十年サバイブした四十五歳の中年主人公が、現代日本の優秀な若者たちに「やれやれ」する作品です。

もしよろしければ、応援いただけると物凄く助かります……!


【以下、作品リンク】

魔王を倒した異世界勇者、三十年ぶりに日本へ帰還する ~今どきダンジョン攻略も科学の時代らしいけど、おじさんは昔ながらに剣と魔法で戦うよ~

https://kakuyomu.jp/works/2912051605598246153


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